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反応と反抗

 港町ラポートは王都のお膝元だが、比較的安全とされる街道を外れればそこかしこに魔法力の湧き出す地帯が点在した。


 冒険者といえども容易に入りこむことは死を意味する。俺たちが向かった化石の森もその一つだ。


 木々はずっと奥の方まで灰色に石化している。まるで彫刻の中に迷い込んだように錯覚する不思議な森だ。


 調査は進んでいない。が、この森を徘徊する銀狼という魔物がケニィたちの標的だった。


 群れで動く銀狼をケニィが引きつける。二匹までなら剣士の青年に任せられるが、三匹四匹と増えた時には、俺が付与術でケニィの能力を強化した。


「うっひょー! 付与術サイコーすげぇやオメガさん!」


 すかさず俺はケニィから、黒魔導士ノートクロに付与術の対象を切り替える。一瞬、ケニィが押し込まれるが、ノートクロの詠唱はちょうど終わった所だった。


「焔獄に抱かれて塵となれッ!」


 ケニィの目の前で火柱が吹き上がり銀狼を燃やし尽くした。負傷したケニィにすかさずオキナルが回復魔法を準備する。


 が、聖職者風の背後の茂みから潜んでいた銀狼が飛び出して牙を剥いた。頸動脈を食いちぎろうとする巨大な狼に、少女が体当たりをする。


 奴隷盾である。柔らかい頸動脈を狙っていた狼の顎が、割って入った少女の前腕をかみ砕いた。


「――ッ!?」


 声にならない悲鳴を上げる獣人族の少女に、続けて銀狼がのしかかる。今度は少女が左腕を差し出した。


 俺は黒魔導士風に叫ぶ。


「早く彼女を助けてくれ!」


「我は大魔導の発動によっていささか疲れたのだ」


「付与術でもう回復しているはずだ! くそっ! ケニィ! 剣で銀狼を追い払ってくれ!」


「だいじょーぶだって心配性だなぁオメガさんは。内臓食い破られたってギリギリ死ななきゃオキナルさんが魔法で回復させてくれるんだから。んなことより、他に潜んでるやつがいないか警戒しないと」


 オキナルに至っては、かすり傷のケニィに回復魔法を使っていた。


「――ッ!!」


 少女は銀狼にのしかかられ、腕や肩を鋭い牙でメッタ刺しにされながら抗い続けている。


 怖い。死にたくない。助けて。助けて……ご主人様。


 彼女の感情が俺の心に流れた。


「やりかえせッ! 俺がお前に力を貸すからッ!!」


 付与術の対象を獣人族の少女にしたが、彼女は急所を守るばかりで銀狼に反撃はしなかった。


「どうして……戦わないんだ?」


 オキナルが目を細める。


「これには反撃せぬよう調教を施してありますのでな。ケニィ。そろそろいいじゃろ」


 獣人族の少女の首に噛みつこうと牙を剥いた銀狼。その首を剣士の青年は刎ね飛ばした。


 返り血は光の粒子と溶けて消え、銀狼牙という素材に変わる。


 ズタボロにされて立ち上がることさえできない獣人族の少女に、オキナルは回復魔法を施した。傷が閉じて行くのだが、痛みまでは消えない。


 ご主人様。ありがとうございます。ありがとうございます。


 感謝の気持ちが獣人族の少女からわき上がる。


 これがケニィたち新大陸帰りのやり方だった。


 黒魔導士が俺の顔を指さす。


「付与術士よ。もっと我に力を与えよ。今の戦い、我に対象を変更するタイミングがあと三秒早ければ、殲滅速度は上がったぞ」


「それだとケニィが銀狼四匹に押し込まれる時間が長くなるだろ?」


 すると俺に反論したのは意外にも剣士の青年だった。


「あーその時はさ、一匹わざと注意をオキナルさんに向けさせるから。奴隷盾を有効利用しない手はないし。心配しなくってもオメガさんには指一本触れさせませんって!」


 戦いに快勝して三人の冒険者の意気は上がる。


 今日中に銀狼牙を二十本集めれば、ラポートの宝石商から多額の依頼料が入るらしい。


 オキナルが獣人族の少女に手を差し伸べた。


「立て。私は貴様の命をまた救ったのだ。その恩に報いなさい」


 手を取らずに少女は膝をガクガクと笑わせたまま立ち上がる。


 オキナルはそれが気に入らないのか、差しのばした手を開くと彼女の頬を叩いた。


「……はいです。めいっぱいつくすです。ご主人様」


 初めて聞いた彼女の肉声は、か細く今にも消え入りそうだった。




 ノルマの銀狼牙が二十本手に入ったところで、俺は提案する。


「そろそろ町に戻らないか?」


 ケニィが笑いながら首を左右に振った。


「せっかくだしもうちょっと狩ってこうよオメガさん! つーかさ、付与術ってほんとすごいのな?」


 肩を組んでくる剣士の青年がうっとうしいことこの上ない。


 実際、俺の付与術抜きであれば全滅しかけたヒヤリとする場面が幾度とあった。


 俺の力を分け与えるのが付与術だが、大まかに言えば付与を受けている最中、対象者の戦闘力は二倍以上、魔法系の職業であれば三倍にも四倍にも膨れ上がる。


 黒魔導師もご満悦だ。


「素晴らしい働きだ。我が盟友オメガよ!」


 実力以上の力を発揮できて剣士も黒魔導師も俺を……いや付与術をすっかり気に入ったらしい。俺自身はと言えば巨大イノシシに命からがらという弱さである。彼らがいなければ化石の森で生き残れないのも事実だった。


 俺はそっとオキナルに視線を向ける。


「オメガ殿のおかげでこちらも消耗はしておりませぬ。しかし、このあたりはあらかた狩り尽くしてしまったようだしのぅ」


 顎をさする聖職者風に剣士ケニィが「あとちょっとだけ先に進んでみようぜ! 大丈夫大丈夫! 今のオレらなら魔物があと2ランク格上でもやれるって」と、鼻の穴を膨らませた。


 俺が心配しているのはお前たちじゃない。


 獣人族の少女のぼろきれのようなマントは自身の流した血に汚れ、赤黒く変色している。


 立ち上がり銀狼の牙と爪にその肉を切り裂かれ、血しぶきを上げても声を殺して耐え忍び、回復魔法で傷を塞がれては、また同じことを繰り返す。


 苦痛を与え続けるだけの拷問だ。


「もう彼女が持たない。目的を遂げたのだから撤退すべきだ」


 ケニィが俺の肩をパンパンっと叩いて離れていった。


「悪いんだけどパーティーのリーダーはオキナルさんだし、なんなら多数決でもとってみる?」


「なら俺はここで降りさせてもらう」


「あっ! なにそれズルくね? もっと大人になってくださいよオメガさぁん」


 揉み手で甘えた声を出すな気持ち悪い。


 オキナルの視線が鋭く俺を射貫いた。


「報酬を放棄するというなら構いませんが、仲間を見捨てて独り逃げ帰ったとなれば、たとえ冒険者ギルド非公式の仕事とはいえ臆病者のそしりは免れませんな」


「俺がいなきゃ先に進もうなんて思わないだろ?」


 俺と彼らの対立は決定的なものとなった。


 が、その時――


 震えながら獣人族の少女が声を上げた。


「大丈夫です。おつとめを果たすことができるですから……ご主人様に力を貸してください」


 赤毛を震わせ青紫色の瞳を潤ませて少女は俺に訴えた。


 オキナルの腕がスッと上がる。平手が少女に放たれる前に――


「わかった。あと一戦だけ手伝おう」


 オキナルは平手を軽く開いて獣人族の少女の頭を撫でた。


「だめじゃあないか勝手に人間の言葉を話しては」


「も、申し訳ございませんです」


「今回は特別に許してやろう」


 聖職者風の男の言葉は獣人族の少女にというよりも、俺へと向けられていた。

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