三人と独りと一匹
連中と出会ったのは四件目の古びた地下酒場だった。
テーブルを四人で囲み、いつのまにやら俺は酒を酌み交わすことになっていた。
「いや本当にマジですか? 冒険者登録一週間で二橙って!? オレなんて一紅から上がるのに二年半かかったし! すっげぇなぁ」
色素の薄い茶髪の青年剣士が、目を丸くして俺の顔をのぞき込む。
「嘘みたいだが本当なんだ。冒険者ギルドで調べればわかることだよ」
「別に疑ってないって! つーか呑んで呑んで! 今日はこっちのおごりだから!」
王都の酒場で店主におごられて以来の麦酒だが、同じようなものなのに、あの日よりも温く感じた。
剣士の連れらしき細身の黒魔導士風の青年が、開いた手で自身の顔を覆うようにする。
「クックック……よもやこのような場所で付与術士と出会うとは……これも天啓」
どうやら変わり者のようだ。
もう一人は聖職者風の装いをした白髪交じりの紳士だった。
「付与術士殿は大変優秀なのですな。もしよろしければ次の探索に是非お力添えしていただけまいか?」
剣士と黒魔導士は二橙で、この聖職者風の男は三黄の白魔導士である。
酒場の掲示板で依頼探しをしている俺は彼らにスカウトされたのだ。
「俺をパーティーに加えてくれるのか?」
紳士風は麦酒の泡でヒゲを作ると「ちょうどこちらは三人揃っておりますし、付与術士殿が四人目に加わっていただけば、これまでの戦術や陣形を維持したまま戦力を強化できるという寸法でしてな」
黒魔導士風が両腕を翼のようにガバッと広げた。
「おお! 我が漆黒の魔力に付与術士の祝福あれ!」
いちいち芝居がかった口振りだ。
人なつこい犬のような剣士の青年が目を細めた。
「ま! なんでもやってみなきゃわかんないし、もしオレたちと組んでみて合わないって思ったら、抜けてくれても恨まないからさ」
すると黒魔導士が吼えた。
「恨むぞ呪うぞ逃がしはせぬぞ我が魔力の増幅器よ!」
聖職者風の紳士が眉尻を下げた。
「こやつの言うことは気にせんでくれ。しかしまあ、こんなことなら冒険者ギルドで求人告知を出せばよかったのぅ」
紳士の言葉に剣士の青年が腕組みして何度も頷く。
「そうそう。どっかにはぐれ付与術士がいるかもって、しばらくずっと町の酒場の掲示板巡りしててさ。盲点だったぜ」
どうやら俺と同じ事を考えていた連中だったようだ。ある意味、運命的な出会いだな。
剣士風が麦酒のジョッキを追加注文した。
「さて、今夜は呑もう呑もう」
俺が付与術士だと言っただけで、実際に力を見せてもいないのにあっさり信用されてしまったのだが……世の中に俺よりも世間知らずでお人好しな冒険者がいるとは知らなかったな。
連中のおごりで久々に楽しい夜を過ごした。
剣士はケニィ。黒魔導士はノートクロ。聖職者風の紳士はオキナルという名で、新大陸から流れてきたとのことだ。
もし良ければ明日、日の出の時刻にラポートの町の入り口で合流して魔物狩りに出ようと誘われてしまった。
受付嬢のヒルダはギルドを通さない仕事は危険と俺に教えてくれたが、何事にも例外はあるらしい。
地下酒場を出て別れると、俺は独り冒険者ギルドの宿舎に足を向けた。今夜は早めに眠るとしよう。
酒のせいか、新しい仲間を得ることにあれだけ抱いていた不安が嘘のように消えていた。
明朝――
ラポートの町の入り口となる大手門に向かうと、昨日の三人が俺を待っていた。
が、剣士魔導士聖職者風に加えて、もう一人増えている。
昨晩、地下酒場で訊いた話では彼らは三人組の冒険者で、俺を四人目に加えるということだった。俺は五人目という扱いなのだろうか? 六人程度までで組むのは冒険者パーティーでも一般的だが……。
四人目はぼろきれのようなフード付きの外套を纏った小柄な少女だ。
目深に被ったフードの切れ間から赤い髪が揺れていた。聖職者風の男の横に侍り、小さな肩を落としている。背丈に見合わぬくらい胸元は大きく盛り上がっていた。
首輪をしている。ラポートの町に初めてやってきた時に、港で積荷を運ぶ獣人族の奴隷がしていたのと同じものだ。
パーティーの仲間には思えなかった。
細身の黒魔導士ノートクロが俺を指さす。
「ついに現れたか我が力の器よ!」
このノリにはどうにもついていけそうにない。
「おはようございます」
「ふはははは! 今まさに大魔導時代の夜が明ける!」
黒魔導士の後頭部を軽く小突いてから、剣士のケニィが「朝からごめんなオメガさん」と苦笑いで返した。
「いや、いいんだが……そちらの方は?」
俺はもう一度、聖職者風――オキナルの隣に立つ少女に視線を向けた。
聖職者風が軽く咳払いを挟む。
「これの事はお気になさらずに。ワシの装備品ですからのぅ」
オキナルは目を細める。口振りはさも当然と言わんばかりだ。
「どういうことだ?」
「おや奴隷盾が珍しいですかな? 大切な仲間を危険にさらすよりも、これのようにただ頑丈なだけの囮を使うのは、新大陸では珍しいことではありませんぞ」
オキナルが“これ”と呼ぶ少女のフードを剥くように脱がせると、手入れもされていないボサボサの赤毛が溢れた。
窮屈そうに収まっていた長い獣耳がぴょこんと立つ。微動だにしない少女の瞳は、青紫色の神秘的な輝きを讃えていた。
愛らしい顔つきだが、いかんせん水浴びさえもろくにさせてもらっていないような小汚しらしさだ。
「この通り人間ではありませぬから」
「仲間じゃないっていうのか?」
聖職者風は眉尻を下げた。
「おや、何か気に障ったようですが、まさか奴隷を仲間だなどとは……付与術士殿は冗談が苦手とみえる」
男の目は笑っていなかった。光の神に仕えし者にとって、獣人族は祝福の輪の外にいる動物なのかもしれない。
ケニィが俺とオキナルの間に割って入った。
「まあまあ。オメガさんは馴れてないのかもだけどさ、旧大陸は遅れてるっつーか、未開獣人が多い新大陸じゃわりと普通なんだよね」
剣士の青年も罪悪感など欠片も持っていないようだ。
わかり合えない。そう感じた。昨晩消えたと思った不安は、不快感に変わっていた。
「こいつがオキナルさんを守るから俺がノートクロのやつをつきっきりで介護できるってわけ。それに怪我してもオキナルさんの回復魔法でちゃんと治療すればいいだけだし」
赤毛の獣人族の少女を見つめると、彼女そっと俺から視線を外した。
「言葉は解るのか?」
「…………」
オキナルが落ち着いた口振りで俺に返す。
「これには許可した時のみ発言を許しております。まさか付与術士殿……奴隷がいるなら行けないなどとは言うまいな?」
聖職者風の言葉に黒魔導士が「ならん! 貴様は我が野望の礎となるのだ! 裏切りは不許可だっ!」と声を上げた。
捨て子同然で孤児院に預けられた俺は幸運だ。学ぶ機会を与えられたのだから。奴隷商人に売られていれば、今の自分はなかっただろう。
王国では奴隷の所有が当然の権利として認められている。奴隷が果たす社会全体の役割や必要や必然性があるのかもしれない。
だが――
幼い少女を盾にすることに嫌悪感を抱いた。所有者の好きにしていいはずがない。
オキナルが目を細める。
「付与術士殿はお若い。が、冒険の過酷さを知ればいつか解っていただけるでしょう。それに“これ”は行き倒れて死にかけていたところを、私の回復魔法で命を救ってやったのです。命を救ったものに忠誠を誓う……そうじゃな?」
オキナルの質問に赤毛の獣人少女は「……は、はいです」と弱々しい声で応えた。
俺は憤りを抑え込んで冷淡な口調で訊く。
「じゃあなんで奴隷の首輪で縛ってるんだ?」
瞬間――
獣人族の少女の神秘的な青紫色をした瞳が大きく見開かれた。
一方、俺の質問に先ほどまで饒舌だったオキナルは黙り込む。
「…………」
ケニィが頭を抱えた。
「んあーもう! 今日はオメガさんが一緒に来てくれるっていうから、難しい依頼だけどやっと攻略の目処が立ったのに! このままじゃ納期やばいって! オレらなんかオメガさんに失礼なことした? ちゃんと仲間として迎え入れるつもりでいたのにさぁ」
「たしか……なんでもやってみなきゃわかんないし、もしオレたちと組んでみて合わないって思ったら、抜けてくれても恨まないからさ……って話だよな?」
茶髪を振り乱してケニィが怒気混ざりに言う。
「そりゃやってみてからって意味だよ! 奴隷盾くらいでヘソ曲げるなんて思わなかったし!」
どうやらケニィもオキナルと同じ考えのようだ。
黒魔導士はと言えば、両腕をガバッと開いて空に吼えた。
「盾の素材が鉄か木か骨と皮と肉かの違いに、なんの問題がある? むしろオキナルの回復魔法で修復も容易とあらば使わぬ方が愚かではないか!」
獣人族の少女は両手の拳を握ったまま、じっと耐えるようにうつむいていた。
ここで俺が立ち去って良いのだろうか。
「わかった。そう怒るなって。俺もちょっと面食らったんだ。悪かった謝るよ。新大陸のやり方を知らなくってさ」
途端に三人組から敵意と緊張感が消え、獣人族の少女からはかすかに落胆が見えた。
俺がそう感じ取ったことは恐らくこの場の他の誰にも気づかれていないだろう。
相手の感情に敏感な付与術士特有の感覚なのだから。