仲間とトラウマ
クレイジープリンスファミリーが瓦解した結果、薬草集めのクエストはずいぶんとやりやすくなった。俺も二橙に上がったが、しばらくは草むしりだ。
同じ駆け出し冒険者とも何人か顔なじみにはなったが、パーティーを組むまでには至らなかった。
調べてみると、人気のある後衛職は回復魔法が使える白魔導士である。
剣士や戦士といった前衛職にとって、即座に傷を治癒できる白魔導士は心強い相棒だ。
報酬も二人で山分けなら悪くはない。
が、これが三人四人となると初級のクエストでは割に合わなくなってくる。
付与術士が活躍できるのはパーティーが揃ってからというのは皮肉だ。
前衛、中衛、後衛と揃った所に加われば、戦況に応じてそれぞれを自在に強化をすることができた。
盾役が押され気味なら盾役を。全員が傷を負ったなら白魔導士の回復魔法を範囲化……なんて芸当は付与術士の得意分野である。
今日もギルド内にある酒場兼食堂で、俺は独りカウンター席にて芋がゆをすすっていた。
このまま独りでは二橙で頭打ちだ。ギルドの掲示板に付与術士のパーティー募集も一件あったが、三黄以上の階位が必要とあった。募集している連中は四緑と三黄の混成チームだ。
今のままでは中級冒険者の仲間入りはできず、かといって初級冒険者たちには見向きもされない。
魔法学園卒の肩書きさえあれば三黄スタートだった……と、頭を抱えていると、左隣の席に眼鏡の少女が座った。
受付嬢のヒルダだ。時刻は午後二時。遅めの食事休憩といったところか。彼女の昼食はサンドイッチとポタージュスープだった。
「さっきから暗い顔して、どうしたんですかオメガさん?」
「生まれてくるなら付与術士よりも黒魔導士になりたかった」
同じ後衛でも多彩な攻撃魔法を使う黒魔導士なら、単身でこなせるクエストをバリバリ積み重ねていける。
思えば「憑依」の力にしても、俺は誰かに寄生しっぱなしだ。あまり自分を卑下したくはないが、ともかく誰かとともに戦うのが怖いくせに、独りではほとんど無力という有様だった。
ふと、過去の栄光を思い出す。俺が後衛でエレナが中衛、ジェームスが前衛で戦った学園のトーナメント戦――
優勝杯を手にしたあの瞬間が、思えば人生の絶頂期だった。
憎いはずなのに思い出を甘く感じるなんて、どうかしている。
どんよりとした俺に愛想を尽かすこともなく、ヒルダは明るい笑顔で告げる。
「黒魔導士の冒険者はいっぱいいますけど、付与術士は希少価値があるんですから胸を張って堂々としていればいいんですよ」
「薬草摘みばかりして待ってるだけじゃ階位も上がらないだろ」
ヒルダは大きく口を開けるとサンドイッチの端っこをパクついた。飾らず気取らない仕草が、どことなく赤毛のエレナに似ている。
「美味そうだなそれ?」
「あげませんよ~。うふふ♪」
本当に幸せそうに彼女は食べる。俺も残りの芋がゆを腹に流し込むことにした。
食べながらヒルダは俺を見つめる。
「オメガさんは薬草摘みで二橙になったじゃありませんか。しかも異例の早さで。……けど、心配なところもあるっていうか……。冒険者登録してからずっと生き急いでいるみたいで……何か理由があるんですか? あ! も、もちろん言えないことならその……ギルド職員としては中立を守らなきゃいけないのに、ごめんなさい」
しょんぼりうつむく眼鏡の少女に俺は笑いかけた。
「今は休み時間で、受付嬢じゃない普通のヒルダだろ? パーティー参加に積極的になれない俺が悪いんだ。いっそ自分で結成するくらいじゃないとな」
するとヒルダはサンドイッチを手にしたままシュタッと立ち上がった。
「すぐに申請用紙をご用意いたしますね!」
「いやいや待った! ごめん! あくまで気持ちの上での問題で、やっぱり無理だ」
リーダーの責任は持てないし、俺の復讐に他の誰かを付き合わせるわけにもいかない。
空気の抜けた紙風船のようにヒルダはへなへなと着席し直した。
「そうですか。また、気が向いたらいつでもお申し付けくださいね。それにパーティーだって方向性の違いで解散したり、それじゃやっぱり回らなくて再結成したりなんてことは普通にありますから」
なるほどそういうものなのか。
「なあヒルダ。なら……傭兵みたいな仕事はないかな? 臨時でパーティーの穴を埋めるみたいなやつだ」
人差し指を立ててあご先に添えると眼鏡の少女は首を傾げた。
「うーん、付与術士の代打ってあんまり聞きませんね。元々がそれほど多くはない職業ですし、ひとたびパーティーに参加して活躍すれば、それはもうお姫様のように丁重に扱われてパーティーのお抱えになる人が多いですから」
「活躍できなければ?」
「パーティー全滅ですね」
怖いことをさらりと言うな、この子は。
ヒルダは一度小さく咳払いをしてから、俺に耳打ちした。
「ギルド職員の手前あまり大きな声では言いたくないんですけど、ギルドを通さないお仕事が町の裏通りとかにある酒場で募集されたりしてるんです。犯罪の温床にもなっているので、オススメはしません」
じゃあなんで教えてくれるんだと思ったが、まあ俺が困ってあれこれ調べていれば、そのうち裏の仕事にもいきつくとヒルダは知っているようだった。
「ありがとうヒルダ。俺の事を心配してくれるのに危険な情報を教えてくれるんだな」
「いいですかオメガさん。危険と知らずに飛び込むのと、危険と知った上で虎穴に入るのとではまったく別なんです。それに結局の所、冒険者はその呼び名の通り危険を冒して進む者ですから。私はオメガさんに無事でいてほしいですけど、冒険者として応援もしたいんです」
「忠告痛み入るよ」
安全な冒険などないというわけだ。今夜は町にくり出して何軒か酒場をハシゴしてみるとしよう。