☆恐喝の告発
三時間後――
冒険者ギルドの買い取りカウンターでクレイジープリンスが本日の集荷物を提出する。
部下たちがドサリと籠を置いた。
俺の集めたクリープリーフが籠に一杯と、まだ新芽で成長しきっていないグリーンリーフが籠に半分ほどだ。
買い取り業務を行うのは、先日俺に「期待している」と言ったギルド職員の男だった。
職員の男は籠いっぱいの方の薬草を一枚手に取ってじっと見据える。
「おや、これは……クリープリーフですか」
「鑑定査定ばっちりヨロシク! 見た目は悪いけどちゃんと薬草だから」
「ええ、確かに。よくこれだけの高品質な物を集められましたね」
「んーまぁオレちゃんにかかれば余裕余裕ってね」
俺は買い取りが行われる部屋の壁際で背中を預けるように寄りかかる。視界にはクレイジープリンスと分け前目当てのハイエナのような部下たちが七~八人。クレイジープリンス以外は冒険者章をつけていないチンピラだった。
ふと、クレプリが俺に気づいてニンマリ嗤った。
集めた薬草を奪われたと俺が訴えようものなら、ギルドの敷地を出たところで手勢で囲むとでも言うつもりだろう。
それに告発しようにも証拠がない。まあ、クリープリーフの件について知っているギルド職員に説明すれば、事情を理解してくれるかもしれないが……。
そんなまどろっこしい事をする必要は俺に限っては存在しないのだ。
俺は「憑依」の能力を発動させた。
「ま、余裕なんだけどね。なあみんなそうだろ? オレちゃんたちは仲間だ!」
クレイジープリンスは振り返ると手勢に告げた。一同が「そうだぜプリンス!」やら「あんたに一生ついていきますぜ!」と、まるで犬のように尻尾を振る。
クレプリは続けた。
「で、他の連中は?」
「プリンスさん何言ってるんですか。クレイジーファミリー全員揃ってますよ」
「そっかそっか。じゃあさ……買い取りのおっさんにお願いがあるんだけど」
再びその場で身を翻すとクレイジープリンスは買い取りカウンターに身を乗り出した。
職員の男が淡々とした口振りで訊き返す。
「なんでしょうか?」
「ちょっち衛兵呼んでくんない? できればたくさん」
「はい?」
「いやさ、あのね……こいつら犯罪者だから。オレちゃんね、実は罪の告白をしようと思うんだよ。アラヤの森の薬草で一儲けしようと思って色々とね、新人ちゃんとかに脅しをかけて、今日だって集めた籠の中の薬草は全部、森で必死になって集めてきた一紅の連中から巻き上げたやつなわけ」
職員の男性がちらりと横目で詰めていた衛兵の一人に無言の指示を出す。すぐにも応援が駆けつけるだろう。
クレイジーファミリーの面々はキョトンとした顔のまま固まっていた。
「詳しくお聞かせ願えますか?」
「全部言うからオレちゃんの二橙の冒険者章だけは剥奪しないで! オナシャッス!」
クレプリの背後で怒声が巻き起こった。
「オイてめぇ! なにとち狂ってんだよ!」
「おれたちは捨て駒だったのか!?」
「ふざけるんじゃねぇぞ! クソガキがぁ!」
クレイジープリンスに部下の一人が掴みかかろうとしたところで、別室からやってきたギルドの衛兵が間に入る。暴れた数人は即座に取り押さえられた。
そこに――
黒髪の少年が飛び込んでくる。
「あばばばあひゃひゃひゃあああああああ!」
クレイジープリンスはすかさず少年の前に立つと、胸ぐらを自ら掴まれにいった。
「おいやめろってマジで落ち着け話し合おう! つーか、ホント静かにしててくれよ」
買い取りカウンター前の騒乱にに乗じてクレイジープリンスの部下とおぼしき数名が、ギルドの建物から逃げていった。
残った連中や抵抗した者は全員捕縛され、クレイジープリンスに抱きついた黒髪の少年は「きひゃあああああああああああああああ! きしょひょえう゛ぉおおおおおおおおおおおええええええええ!」と奇声を上げた。
クレイジープリンスが声を上げる。
「衛兵さんちょっとこいつを押さえといて! でないと重ねた罪を自白できないから! オレちゃん捜査に協力的だから!」
黒髪の少年も衛兵に取り押さえられ、そこからクレイジープリンスによる犯罪の数々――脅迫や狩り場荒しに恐喝などなどが告白された。
一通り罪を言い終えるとクレイジープリンスは意識を失った。
それからすぐに略式裁判が開廷されたのだ。
俺も傍聴人席でクレプリの最後を見届けた。
冒険者ギルドによる裁定はクレイジープリンスの一紅降格処分と罰金である。
これまで被告人が溜め込んでギルドバンクに預けていた大金が没収された。二橙にしては高額であり、不正な手段で集めたと言われて納得のいく額だ。
それらはアラヤの森の環境保全に役立てることとなった。
本来であればクレプリは冒険者章の剥奪及び追放処分が妥当な量刑だったのだが、自ら悔い改めて自白したため赦されたのである。
略式とはいえ裁判ということもありクレイジープリンスの本名も合わせて公開された。ポチだ。
犬のように愛らしい名前だった。もはや彼をプリンスと呼ぶ者はいない。
ギルドの簡易裁判所の被告人席でポチが鳴く。
「違うんだ! これは何かの間違いだって! つーか自白なんかしてねぇから! な、なんでオレちゃんが……もうすぐ三黄になってもっとビッグになるはずだったのに、一紅に落とされなきゃなんねええんだよおおおおおおお!」
今さらキャンキャン吼えたところで裁定は覆らない。
それに――
元クレイジープリンスファミリーの半数以上は騒乱罪で捕縛されたが、逃げた連中はラポートの町のどこかに潜伏しているのだ。
ポチは全てを失い自由の身になったが、その命を常に狙われてもおかしくはなかった。
恐らく「自分はそんなことをした憶えはない」とポチは思っているだろう。
三日後――
若い冒険者の死体がラポート港に浮かんだ。町を離れていればこうもならなかっただろうに。
そして俺はというと、大捕物になった“ポチ自白事件”の現場にいて、クレイジープリンスことポチに掴みかかった事を咎められるところだったのだが、ギルド職員の男性の証言で俺が被害者であることが証明された。
集めたクリープリーフは俺がポチ一味に奪われたものだということも確定し、買い取り分の報酬を得たのだ。
加えて――
「おめでとうございます! というかすごいですねオメガさん!」
冒険者ギルドの総合受付カウンターでヒルダが俺に拍手した。
「急に呼び出されて驚いたよ。いや、この前の騒動で乱闘に加わって迷惑かけてすまないヒルダ。今日の呼び出しもそのことかと思ったんだが」
「事情はみんな知ってますからオメガさんは悪くないですよ! けど、良かったですね。集めた薬草もちゃんと買い取ってもらえたそうですし。ただ、人間、魔が差すって言葉がありますけど、急に悪人が自白することもあったりするんですねぇ」
眼鏡のレンズをキランと光らせヒルダはしみじみ呟いた。
「あ、ああ、そうだな。それで俺に用件っていうのは?」
「はい! 昇級のご案内です。私も受付の仕事を始めてまだ日が浅いですが、登録から一週間で二橙に昇格される方なんて初めてですよ」
「昇級だの昇格だの、いったい何を言ってるんだ?」
ヒルダは鼻歌交じりで申請書を天板に置いた。
「もちろん実力と自己判断して今回の昇格を辞退することもできますが、二橙になれば一紅よりも選べる仕事が増えますし、ギルド酒場の定食で一品おかずが増えたりとかラポートの町にある提携のお店で割引きサービスを受けられるんですよ!」
地味に優遇されるんだな。だが、なんでまた急に。
「俺は薬草集めしかしていないんだが」
人差し指をピンと立てて、あご先にそっと触れながらヒルダは言う。
「タイミングの問題もあるんですよね。絶対数が定められているわけじゃないですけど、先日の騒動で二橙の席が一つ空いたのが一つ。それともう一つはギルド職員の推薦です。誰かはお教えできませんけど、オメガさんの昇格を二人の職員が推薦しました。ラッキーな部分もありますけど、信頼できると思われているんですよ。財宝や秘宝に強い魔物の素材を持ち帰るのももちろんですけど、こういう昇級昇格もあるんです」
二橙に上がるには早すぎる気もする。目立ちすぎは良くないが、俺には王宮に登り詰めるという目的があるのだ。
足踏みしている間にエレナが……。
俺はペンを取った。
「わかった。そういうことならこの昇格、謹んで受けさせてもらうよ」
こうして俺は一週間と立たずして二橙冒険者にランクアップしたのだった。ジェームスの背中がほんの僅かに近づいた気がした。