利権と権利
「では、急いでいますのでこれにて失礼いたします先輩」
「あ! アレアレェ急にかしこまっちゃってさー。別にいいって言ったのに。つーかね、うん、単刀直入に言うとさ、オメガっちの草分けてくんない? 急な支払いでちょっと懐が寂しいんだよねぇ。ここは先輩を立てて、半分でいいから」
なるほど、こういう輩がいるからヒルダも薬草収集を俺に勧められなかったわけか。
「いいですよ。品物をみますか?」
「おっ! わかってんじゃーん。どれどれ……ってさぁ……オメガっちこれ雑草だよ。薬草じゃないって、葉っぱしわっしわでおばあちゃん状態だし」
クレイジープリンス先輩は森の木の陰に向けて、腕で×印を作ると首を左右に振った。
なるほど。言うことを聞かない初心者冒険者を取り囲む仲間もいるってことか。最初から大勢で脅しを掛けると警戒されると踏んで、交渉役はクレプリなのだろう。
彼らは薬草の知識こそないが、こういった事には気が回るようだ。
俺はわざとらしく驚いてみせた。
「ええッ? これ全部雑草なんですか?」
「はぁつっかえ……あ、いやほんとさー頼むよ新入りクン。ただでさえ最近は薬草が採れなくなってきてるんだし」
採ったモノ勝ちだからと乱獲した結果だ。しかし、誰も指摘しないのは不思議なものだ。
クリープリーフの事にせよ、乱獲すると採れなくなることにせよ。
上の階位の冒険者は薬草収集なんて眼中にないのだろう。ギルドがクレプリのような連中を野放しにするのは、冒険者の自主独立性の尊重……という名の事実上の放置だ。
いくら取り締まろうが、いたちごっこなんだろうな。
「ああ、もう行っていいよ」
俺の本日の稼ぎがゼロと判断した途端、組んでいた肩を外して野良犬でもおっぱらうように、クレイジープリンスはシッシと手ではらうようにした。
おかげさまで、今夜はまともな食事とベッドにありつけそうだ。
買い取りカウンターのギルド職員の男が貨幣のつまった革袋を俺に手渡した。
「しかしよくご存知でしたね」
「なんのことだ?」
「クリープリーフですよ。私もこの仕事を十年続けていますが、見極めが難しく専門的な知識が無ければ気づくことさえできません。しかもオメガさんの集めたクリープリーフは品質が素晴らしい。葉の選び方から摘み方まで完璧でした。いったいどこでこのような知識と技術を?」
「え、ええと……まあ色々とな」
「仮に独学だとしたら驚きです。クエスト難易度で言えば三黄以上の成果ですよ。がんばってください。期待しています」
口ごもる俺を察してギルド職員は質問を切り上げた。
冒険者登録をしてささやかな手数料を支払うだけで、ギルドの販路を使わせてもらえる。持ちつ持たれつってやつだな。
翌日も、そのまた次の日もクリープリーフを集めることにした。
薬草の相場は俺が供給することで下がり始める。同じ分量でも買取額は下がっていったが、それでも高めである。
薬草摘み三日目――
今日もクリープリーフを摘み終えたところでアラヤの森の入り口まで戻ってくると、金髪のチャラい男が道を塞ぐように立ちはだかった。
この前、絡んできたクレイジープリンスだ。今日は最初から手下とおぼしきガラの悪そうな連中を二人引き連れている。
「あのさぁ~新人のオメガっち。ちょっといいかなぁ?」
「なんですか先輩?」
「ん~! タメで良いって言ったじゃん。オレちゃんとオメガっちの仲だろ? で、タントウチョクニューなんだけど、その集めたもの全部置いてってくれるかな? 雑草ならいいよね?」
どうやら俺にしか集められない薬草の存在にクレプリ一味は気づいたようだ。
ヘラヘラと口元は緩いがクレイジープリンスの視線には敵意があった。
「断ったらどうなるかお利口なオメガっちならわかるっしょ? 最近さぁ薬草相場が誰かさんのせいで下落しちゃっててねぇ」
後ろのチンピラみたいな連中がロングソードの柄に手をかけた。この二人は冒険者章を身につけていない。どうやらチンピラみたいな……ではなくチンピラそのもののようだ。
俺はクレプリに訊ねる。
「もしかして……森を荒らしてグリーンリーフの供給を減らしてるのか?」
「ん~オレちゃんわかんなーい。なにその言いがかり? そんな証拠ないじゃん」
ゲス野郎が。ギルドの敷地の外であれば冒険者同士での争いは自由だ。
「おっ? なにその目? オレちゃんにケンカ売っちゃうわけ一紅の新人クン。しかも付与術だっけ? あれって仲間がいなきゃカスなんだろ。ま、使い物になるなら薬草集めなんてしないよなぁ」
俺の背後側にじりじりとクレプリの部下が回り込んだ。
下調べまでつけてくるあたり、見た目より慎重さはあるようだ。勝てる相手と踏んだから脅迫してきたわけだ。
「そっちの要求、呑まなきゃどうなる?」
「冒険者ってのは命がいくつあっても足りない仕事じゃん。言わせるなってハズいなぁ」
そうして何人が犠牲になったのだろう。ただの脅しだったとしても命のやりとりをしようというなら、こちらもやられる前にやり返さなければならない。
この場で部下の一人に憑依して殺すか、クレイジープリンスに憑依して引かせるか。
俺は背負っていた籠を降ろした。
「わかった。こいつは置いて行く」
クレイジープリンスが目を細め、顎で部下二人に合図した。部下たちは剣の柄から手を離す。
「そっかーだよねーオメガっちはさぁ。これからは収穫物の三分の二を出してくれればいいから」
俺に近づくと正面に立って、クレプリは両肩をパンパンっと叩いた。
「金で渡した方がいいんじゃないか?」
「したらさーオレちゃんたちが納入した実績になんないじゃん? まー最初はしんどいだろうけど、オレちゃんが三黄に昇格したら縄張り譲ってあげるから。しょーじき悪い話じゃないっしょ?」
実力も無いのに昇格して新しいクエストをこなせるとは思えない。が、この手の連中は冒険者章の色を誇示することが全てなのだ。
実力以上に見られることで、実際に厚遇されたり知らない人間からは讃えられもするだろう。
虚構の繁栄。クレイジープリンスと名乗るこの男にとって大事なのは、まさにそれだ。
「もう行っていいか?」
「いいよいいよ~オメガっち。あと何人か新人が森に入ってるんで、マナーとルールを教えとかなきゃだし、オレちゃんたちはザンギョーすっから。んじゃ、明日からもよろしくね!」
上機嫌のクレプリに見送られて、俺はラポートの町に戻った。