最初の仕事
お金がなかった。ウサギの角の買い取り価格は二束三文で、最低限の食事を摂ったら泡と消えてしまった。
ギルド本館で業務中のヒルダに相談に行くと――
「オメガさんは付与術師ですから、パーティーに参加されてみてはいかがですか?」
パーティー募集掲示板とクエスト募集掲示板には、参加者を募る張り紙がいくつも重ねて貼り付けられていた。
「できればまずは一人で安定して稼げるようになりたいんだが……無理だろうか」
ヒルダ嬢は人差し指を立てると、自身のあご先のあたりに添えて小さく首を傾げさせた。
「うーん、そうですね。一紅のルーキーが始めるソロ狩りの定番と言えば、薬草集めなんですけど」
「採取の仕事か。それなら俺にもできるかもしれない」
魔法学園では魔法薬の精製を授業で行うため、薬草学の基礎知識も学んでいる。それが役に立ちそうだ。エレナが得意な科目の一つだったな……そういえば。
ヒルダは浮かない顔だ。
「何か問題でもあるのか?」
「問題といいますか……その……」
妙に歯切れが悪いな。
「はっきり言ってくれ。何が問題なんだ?」
受付嬢は手を丸めるように握ると、コホンと咳払いを挟んだ。
「当ラポートギルドでは、冒険者は船でありギルドは港と考えております。港の中で問題を起こせば処罰の対象になりますが、一度出航した船がどこでなにをしても……例えば、船同士でぶつかり合うようなことがあっても、それは当事者同士の問題というスタンスなんです」
察しろという眼差しに俺は溜息で返した。
「たちの悪い海賊船でも出没してるみたいだな」
「これ以上は勘弁してください。私たちが関与できるのはギルドの建物内だけなんです」
ぱしっと両手のひらを合わせてヒルダは俺を拝むようにした。右も左もわからなかった俺に、あれこれ親切に教えてくれた恩人を困らせてしまった。
たとえそれが彼女の仕事だったとしても、俺は助けられたのだし、今もこうして“忠告”してくれている。
「なあヒルダさん。そういう海賊まがいな連中は、いない方がいいんじゃないか?」
「も、も、もちろんそうですけど……冒険者の自主独立性を尊重するのが当ラポートギルドの方針なんです……取り締まるようなことは……その……私個人の意見をこの場で言うわけにはいきませんごめんなさいオメガさん。だけど、早まったような真似はしないでください。新人はただでさえ狙われやすいですから」
少女は肩を落として深く溜息をついた。俺とて冒険者という仕事柄、お行儀の良い人間ばかりとは最初から思ってはいないし、自分自身も例に漏れない。
「無茶はしないから安心してくれ。俺はソロじゃ弱い駆け出しの付与術師だからな。相談に乗ってくれてありがとう。また、わからない事があったら教えてもらえると助かるよ」
「くれぐれも本当に無理はなさらないでくださいね」
念押しされてしまった。が、仕事をしなければ今晩は空腹を抱えての野宿である。
すぐにも仕事を始めたいところだが、その前に情報を集めよう。
「そうだ。この近隣の魔物が出る地域について、調査レポートが読める場所ってあるか?」
「でしたらギルドの資料室がうってつけですけど……オメガさん、本当に初心者なんですか?」
ヒルダはきょとんとした顔になる。
「初心者だよ。というか、資料室で情報を確認するのが普通じゃないのか?」
金髪のショートボブを左右に揺らして受付嬢は「そういう方は珍しいです。一紅だとなおさらです」と目を丸くした。
午後の日射しは汗ばむ陽気で、ラポートの北西にあるアラヤ森林まではちょっとしたハイキングだった。
街道が整備されていて見通しも良く、森に到着するまで魔物と出くわさず道中は順調だ。
薬草収集クエストは初級の後衛職がソロで行うことのできる安定した金策である。
腕力自慢の前衛職なら、港湾の積み卸し作業や城壁補修など、戦闘の絡まない働き口はいくらでもあった。仕事をした分だけきっちり報酬が出るのが羨ましい。
薬草収集では雑草をいくら刈ってもびた一文にもならないのだ。
さて、わざわざこうして町から足を伸ばして森を探すのかというと――
魔法薬の原料となる薬草は基本的に栽培ができないためだ。
薬草の採れる森というのは大気中の魔法力が他よりも濃厚なのである。
薬草を栽培できないのは、魔物が出る森でしか生育しないという理由によるところが大きい。
ギルドの資料室にあった“アラヤ森林の調査報告書”を確認したところ、アラヤ森林はその森奥深くまで踏み込まなければ、比較的安全とのことだ。それでいて大気中の魔法力濃度も高く、薬草の自生地になっていた。
出てくる魔物はバブルドロップという水滴かゼリーのような魔物か、角ウサギ程度。群れに出くわさなければ、俺一人でも十分に対処可能だ。
さっそく薬草を探すことにする。と、森の入り口近辺で、すぐに異変を感じた。
一般的な傷薬の元になるグリーンリーフが、その若い芽まで刈り尽くされていたのだ。
育成してから摘み取れば、すぐに育ってまた収穫できるのだが、これでは立ち枯れてしまいかねない。
この森で採取クエストをこなしている同業者は、薬草採取の基本を知らないのだろうか。
そのくせ、グリーンリーフの亜種であるクリープリーフは手つかずだった。ちりめん状にくしゅっとした葉だが、これもグリーンリーフと同じ効能を有している。
薬草収集クエストというだけで、グリーンリーフのみと指定はされていなかったので、俺は十分に生育したクリープリーフを摘み取ることにした。
クリープリーフはくしゅっとシワのようになっていて、若い葉にはほとんど薬効がなく、また生育しすぎたものはすぐに枯れ落ちてしまう植生だ。
また薬効のない似た見た目の植物もあるため、素人目には気づかれないこともあった。
きちんと見極めをしながら二時間ほど作業を続ける。日が西に傾き始めた頃には、クリープリーフはギルドでレンタルした篭にいっぱいになった。
「よし。今日はこれくらいにしておくか」
森の入り口まで戻ると――
「へっへっへ~収穫ご苦労さ~ん」
日焼けした肌に長い金髪の青年が、いきなり俺の肩を組んできた。
その胸には二橙の冒険者章が揺れている。
「キミさー新人だよね。魔法使い系? みたいな」
「まあ、そんなところだ」
「あ! いいよいいよその感じで。ほら、敬語っつーの? オレちゃんさーあーゆーの苦手なんだよね。タメでいいから。ほら、一紅とか二橙とかさーカンケーねーし」
気さくというよりは無礼な男だな。まあ、俺も大概だが。
少々歪曲した考え方かもしれないが、こいつとしては“二橙で冒険者の先輩である自分に敬意を払わなくてもいいよって言えちゃうオレちゃんカッコイイ”とか、思っているのかもしれない。
もしくは“それでも二橙のオレちゃんが上だから”とでも言いたいのだろうか。
「名前なんつーの?」
「オメガだ」
「へー。オレちゃんはクレイジープリンスだぜ。ま、魂の名前ってヤツね」
登録名でやらかしたなコイツ。こんなのでも二橙になれるのか、はたまた問題児は二橙止まりなのか。
実力的には魔法学園卒業の俺は、少なくとも三黄からのスタートだ。冒険者としての経験は無いが、ギルドの能力査定ではこちらが格上である。
最初から三黄の冒険者章で始まっていたら、この手の連中には絡まれずに済んだのかもしれない。




