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☆新人と先輩

 道具袋には森で倒した角ウサギの角が三つ残っていた。


 金策のためギルドの保管庫へと足を運ぶ。


 講堂ほどある受付スペースは本館よりも冒険者でごった返しており、四つ並んだ買い取りカウンターはどこも長蛇の列だ。


 どうやら冒険者の一団を乗せた遠征船が今朝、戻ったばかりらしい。


 一角霊馬の角や単眼巨人の目に、黒邪竜の逆鱗といったお宝と金貨の山がトレードされていた。


 遠征団に所属する冒険者たちは、四碧から五蒼の冒険者章を下げている。一団のリーダー格は六藍だった。


 俺からすれば雲の上の連中だが、行列の前の先輩冒険者に訊けば、あれでも王宮に呼ばれるほどではないという。道のりは険しそうだ。そうこうしているうちにエレナの婚姻が進められてしまうかもしれない。


 エレナを取り戻したいのだろうか? いや、もともと俺の恋人ではないのだし、焦ったところでどうにもならない。


 待ち時間がもどかしい。


 列に並んで十五分、俺の番まであと少しというところで――


「おっと、ご苦労さんご苦労さん」


 俺の前に太った男が割り込んできた。身長二メートルほどで、金属鎧と大盾に戦斧という重戦士だ。使い込まれた兜と胸当てはくすんだ鉛色で、手入れもろくにされていない。


「オレっちのために順番待ちしてくれてサンキューな」


 あるかないかわからないような首には、二橙の冒険者章が下がっている。


「横入りするのはルール違反じゃないのか?」


 にらみ返すと巨体の背後から、細身の頬のこけた斥候風の軽戦士と、弓を背負った上半身だけやたら筋肉質な弓使いが俺を左右から挟むように囲んだ。


 軽戦士が俺の肩をむんずと掴む。


「うっさいなドケよ。ジャニア様は急いでるんだぜ」


 弓使いがフンと鼻を鳴らした。


「一紅如きが二橙のジャニア様にイキってんじゃねぇぞコルアッ!」


 そう言う弓使いも軽戦士も、俺と同じ一紅の章を首から提げていた。ボロボロで年季が入った章をみるに、冒険者家業は長いが階位は上がっていないようだ。


 二橙のジャニアは口元を汚らしく歪ませた。


「なんだぁ? 礼儀を知らない新米君さぁ。先輩が優しくルールを教えてやってるのに、いい気なもんだなぁ? とっとと場所を空けて最後尾にイケって」


 俺を押しのけシッシと手で払うようにする重戦士に、溜息すら出ない。


 ゴタゴタで後ろに並んでいる連中からは冷たい視線が俺に集まり、降って湧いた騒動に遠征団の腕利き冒険者たちもヤレヤレ顔だ。




「またジャニアの新人いびりかよ」


「先月、二橙になったのがよっぽど嬉しかったんだろうね」


「あたしが冒険者になった時もジャニアが絡んできたけど、もうすっかり名物って感じ? 誰よあんなの二橙にしたのは」


「まあアイツの理不尽な要求に対応するのも、新人の試練みたいになってるよな」




 どうやら誰も助けてはくれないようだ。これくらいのトラブルを自力で解決できなくては、冒険者として立ち行かないということか。


 憑依の力を得たくらいから、こういった連中とすっかり縁ができてしまった。


 このまま黙って引き下がれば、延々こいつらにカモられ続けるだろう。


「わかった……」


 そう呟いてから俺は弓使いに意識を集中した。憑依能力を発動させる。


 視界が変わる。憑依は一瞬で完了した。


 あまり悠長にしてはいられない。俺は弓使いの口を動かした。


「ジャニア様って心が狭いよな。オレらもそろそろ大人になろうぜ。つーかさ、なんで二橙がデカイ顔してるわけ? ここにはもっと上のランクの冒険者もたくさんいるのに。あーそうそう、その上のランクの殿上人な皆様方も、いくらギルド名物だからってクズの存在を黙認してるのはどうかと思うんだよね。いや、関わり合いになりたくないのはわかるよ。雑魚の相手なんて時間の無駄だし」


 ちなみに、俺の本体はというと「あばばばばばあっひゃあ」と口からヨダレを垂らして天井を見上げたまま棒立ちである。


 ジャニアが俺の――弓使いの襟首を掴み上げた。


「言ってくれんじゃねぇかよ。ここまで面倒みてやったってのに……表出ろや」


 軽戦士が泡を食って「ちょ! ジャニア様落ち着いて! つーかお前も急にどうしたんだよ!」と仲裁に入った。


 俺は一旦、元の肉体に意識を戻すと、今度は軽戦士に憑依する。


「けどコイツの言うことも一理あるっていいますかね、前々から自分もジャニアちっちぇーなぁって思ってたんですよ。そろそろ反省して悔い改めた方がいいですって」


「な、ななななんだってんだ!? オマエまで……許せねぇ……兄弟同然でかわいがってきたじゃねえかああああ!」


 首根っこを掴まれた状態の弓使いは気を失っていたが、ジャニアがガクンガクンと揺らすと、ハッと目を覚ました。


「く、苦しいッ! あれ? ちょ、ジャニア様なんでブチ切れてんです?」


 軽戦士になった俺は溜息交じりで返す。


「お前が本当の事を言うもんだから」


「本当もなにもジャニア様はサイコーだろ?」


 これを皮肉と受け取ったのか、ジャニアは丸太のような腕を振るって弓使いを投げ飛ばした。さらに軽戦士――俺の顔面にも岩のような拳が叩きつけられる。


 寸前のところで俺は元の肉体に戻ると、あとはもう三人が乱闘するのを横目に、カウンターで角ウサギの素材を換金した。


 さすがに騒ぎが大きくなり、ギルドの衛兵がやってきて新人いびりの三人組を外へと連行する。


 予想外の展開に遠征団員たちの一部がざわついた。




「ありゃ一ヶ月は出入り禁止だな。最悪、冒険者章剥奪からの野盗崩れコースってとこか」


「無い無いそんな度胸。ジャニアは図体だけデカい小物だからね。連中きっと平謝りだよ。しかしまあ、ちょっと刺さったかも。あいつらを放置してる責任の一端は俺たちにもあるかもって」


「気にするなって。それより黒髪の新人君、途中で変な笑い方してたけど大丈夫か? よっぽど怖かったろうな」


「怖がってるようには見えなかったぞ。ともあれ笑いっぱなしで何もしてないのに、洗礼を乗り越えちゃったわね。ラッキーボーイって感じかも」




 端から見れば三人組の内輪もめ。幸運にもトラブルの方から避けてくれたおかげで、俺は事なきを得ることができた。


 因縁をつけられたくらいで殺してしまうのは騒ぎを大きくする。処罰はギルドにお任せしよう。




 その後、しばらくして三人組が「方向性の違いからパーティーを解散した」という話を耳にした。軽戦士と弓使いの行方は知れず、唯一ラポートの冒険者ギルドに残った二橙のジャニアは、三黄のパーティーで荷物持ちとしてコキ使われているそうである。


 徒党を組まなければなにも出来ない、小心者のつまらない小悪党だった。

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