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港のギルド

 港に大型帆船がずらりと並ぶラポートの町は、潮騒と異国情緒が混ざり合う貿易の中心地だった。


 目の色や髪の色、肌の色の違う人々が港湾沿いの市場通りを賑やかに行き交う。


 青白い顔をした北方系から浅黒い南洋人に、俺と同じ黒髪の東方系も見受けられた。


 職業も様々だ。ターバンを巻いた商人風やら職人風に料理人、金属鎧を着込んだ豪傑にローブ姿の魔法使いなどなど……。


 王都ではほとんど見ることのなかった亜人種も多い。魔法のかかった隷属の首輪で自由を奪われた奴隷が大半だ。彼らは商船から香辛料の詰まった積荷を降ろす作業に従事させられていた。


 鞭を持った男が頭領だろう。奴隷の足が止まれば容赦無く鞭打が飛んだ。


 先ほど同士討ちをさせた野盗たちの幻影がチラつく。


 馬車を襲ったのが亜人種だったから殺したのではない。


 あれが人間だろうと俺は同じ事をしただろう。


 余計な事に首を突っ込むほど長生きはできない。復讐を完遂するためには関わり合いなど持たない方がいい。


 だが、目の前で力が無いからという理由で虐げられる誰かを見てしまうと……救いを求める心を感じてしまうと、考えるよりも先に身体が動いてしまった。


「一度は死んだ身だ。自由にやるさ」


 俺は市場通りの奥へと歩みを進めた。




 酒場と宿泊施設が一つになった、小さな城ほどもある冒険者ギルドにたどり着く。自然と安堵の息が漏れた。人を殺めた罪悪感はなかったのに、些細な事でホッとする自分の心が不思議に思えた。


 受付カウンターで冒険者申請をする。登録料を支払うと財布が空になった。


 冒険者にも等級があり、虹の七階位に別れていた。赤から始まり紫が最高位だ。


 書類に記入する項目は多いが空欄でも構わない部分がほとんどだった。


「あの受付嬢さん、この登録で虚偽の申告をした場合はどうなるんだ?」


 濃い金髪のショートボブを揺らして、眼鏡の受付嬢はニッコリ微笑んだ。


「希に実力よりも低めで申請される方もいらっしゃいますね。概ね問題は起こっておりません」


「高く書いた場合は……?」


「あとで困るのはご本人様ですから」


 眉一つ動かさずそれ以上語らないのが逆に怖い。


 自分を大きく見せようとして要求レベルの高いパーティーに参加し、失敗の責任を負わされるなんてことはあるのかもしれないな。


「では、初めに登録名をご記入ください」


 名前は冒険者章に刻まれる。アルフレッドの名は捨てた身だ。


 そういえば考えていなかった。受付嬢の「どうかなさいましたか?」と、怪訝そうな表情に俺は――


「オメガだ」


 とっさに出たのは過去の自分と正反対の響きを持つ言葉だった。


「ファミリーネームはいかがいたしますか?」


「無しで頼めるか。親の顔を知らないんだ。それとも問題があるのか?」


「心配なさらずとも大丈夫ですよ。冒険者の中には訳ありの没落貴族や追放者の方もいらっしゃいますし、あくまで登録名ですから。本名がイマイチだからと、無駄にカッコイイ名前をつけて実力が伴わず後悔する方も……まあいたりいなかったりですけど」


 オメガというのも彼女の言う“カッコイイ名前”なのかもしれない。


 俺は書類の名前欄にペンで記入した。表情を引き締めて受付嬢は俺の顔をじっと見つめる。


「変更はききません。顔と登録名はこのあとギルドの情報水晶に登録されて、各地のギルドで共有されます。登録できるのは一度きりです。よろしいですね?」


 最終確認に頷いて返す。


「では、引き続きましてメインとなる職業についてと、もし資格や学位や従軍歴などありましたら、証明できるものを一緒にご提示ください。資格にせよ学位にせよ、冒険者登録後に取得したものについては冒険者章に情報が上書きされますから、こちらはあまり気にせずざっくりで構いません」


 ペンを手にしたまま手を止める。


「たとえばそうだな……王都の名門魔法学園を卒業した程度だとどうなるんだ?」


「そうですね。卒業時の成績にもよりますが、王都で名門と言えばメイティスかセシャートですよね。実戦経験が無い場合でも、三黄か四碧でのスタートといったところでしょうか」


 受付嬢の瞳がキラキラと輝いた。


「い、いや、俺じゃないんだ。知り合いに卒業生がいてさ」


「あら、そうでしたか。え、えっとオメガさん、普通でもいいんです。がんばって功績を積めば階位もきっと上がって行きますから。まずは一紅からの出発ですね!」


 仕事とはいえ励ましの声、痛み入ります。


 職業は付与術師と記入した。ここで偽ってしまうと冒険者パーティーに参加できない。


 流派は無し。自己流である。幸い、人の出入りが激しいラポートなら付与術師の登録というのも、他の地域に比べればそこまで珍しくはない……とは、俺の勝手な分析だ。


 何より顔と形が違うのだから、もし俺をアルフレッドと見抜く人間がいるとすれば、変身の指輪の秘密を知るエレナくらいだろう。


 用紙にペンを走らせる俺の右手に受付嬢の視線が落ちた。


「とっても綺麗な宝石ですね」


「あ、ああ。大切な人から預かったお守り代わりなんだ」


「恋人さんですか?」


「……」


 言葉に詰まると受付嬢は「あ! す、すみませんつい。普段はあんまり込み入ったこととか訊かないようにしてるんですけど、オメガさんの目がなんだかすごく寂しそうに見えちゃって。余計なお世話はせずに、サポートはしっかりさせていただきますので、今後ともラポート冒険者ギルドを末永くごひいきによろしくお願いします!」と、ちょこんと頭を下げた。


「こ、こちらこそお世話になります」


 お喋りだが悪い人ではなさそうだ。あまり人を疑ったり勘ぐってばかりだと、疲れる一方だしな。気負わず行こう。




 書類の提出が終わり、受付処理の順番待ちで二十分ほどロビーで潰したあと、オメガと名前が呼ばれた。俺はギルドの建物の地下へと通される。そこに鎮座する情報水晶に触れた。


 透明な六角柱の水晶に、映った俺の顔と登録名が刻まれる。


 生まれ変わった気持ちだ。


 ギルドの係員の話では、この水晶は各地の拠点となる大きな町の冒険者ギルドにあって、どこか一カ所で書き換えられると、他の地域にある水晶にも反映されるという魔法がかかっているのだとか。


 儀式を終えて地上に戻ると、手続きカウンターの受付嬢に呼ばれた。


 片手で握り込めるくらいの小さな紅い金属片が手渡される。


「こちらが冒険者章になります。チェーンを通して首に掛けたり、腕輪にはめ込んだりするのが一般的ですね。魔物から得た素材の買い取りや、宿泊施設に飲食施設も使用できるようになりました。おめでとうございますオメガさん」


「……ん、あ、ああ。ありがとう受付嬢さん」


 オメガという呼ばれ方にまだ馴れなくて、反応が遅れてしまった。が、気にせず受付嬢は続ける。


「これからはヒルダとお呼びください。冒険者章を首からかけるチェーンはサービスしておきますね。内緒ですよ」


「いいのか? そんなことして」


「一番安いものですし、これは私からのお祝いです。遠慮せず受け取ってください」


「わかった……いや、ありがとうヒルダさん」


 受付嬢――ヒルダは満足そうに微笑んだ。


 早く馴れないといけないな。新しい名前にも、冒険者の暮らしにも。


 親切なヒルダに一瞬、ジェームスへの復讐心を忘れそうになってしまった。

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