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ダンスパーティーの夜

 今夜はまるで宮廷の晩餐会のようですわね。とは、俺の級友――エレナが漏らした言葉である。


 楽団の優雅なワルツに合わせて、卒業式典を明後日に控えた男女たちが楽しげに踊っていた。


 さながら、講堂の中心は人生の主役を自負する者のみが上がることを許されたステージだ。


 名門魔法学園メイティスの生徒の大半は、貴族の子息令嬢やら豪商の家に生まれた“選ばれた者”ばかり。


 俺とエレナは壁際で中央ステージの華やかさに目を細めつつ、卒業記念を祝して用意されたパーティーの料理を、それぞれ皿に山盛りにしていた。


「ああいうのとは三年間無縁だったな、お互いに」


 視線を下げると、小柄な少女は料理の皿を手にコクコクと頷く。


 そばかすに黒縁眼鏡。チリチリと縮れた赤毛で、そのくせ口振りは王女様チックなこともあり、つけられたあだ名は“好学の王女”と、色気も素っ気もない。好学とは名ばかりで下々の言葉で言えば、要はガリ勉ということだ。


 事実、エレナは三年間、試験において常に一位をとり続け、王女というよりも女王的に学業の頂点に君臨した。俺も試験前には幾度となく彼女の指導に救われてきたものだ。


 級友にして恩人の少女は、冷菜のサーモンをパクつきながら「無縁もなにも誘ってくださる素敵な殿方がいませんでしたから」と、俺に微笑みかけた。


「悪いがこちとら素敵とはほど遠い外見の人間なんだ。他を当たってくれたまえ」


 素敵というのは金髪碧眼の王子様のようなヤツのことであって、少なくともくすんだ茶髪に鳶色の目という庶民の標本を指したりはしない。


 エレナは眉尻を下げると「誘ってくださるお気持ちが素敵なのであって、見た目は関係ありませんわよ」と、口を尖らせた。


 それからふと、思い出したようにエレナは俺の顔をのぞき込み上目遣いで訊く。


「それにしてもアルフレッドが大学に進むのは意外でしたわね」


 メイティスには付属の魔法大学があり、しかるべき学位を修めれば教師(メンター)の資格を得ることができる。


 一介の教師なんて、ステージでダンスに興じる将来を約束された連中には無縁の進路だ。


「何を隠そう俺は勉強が大好きなんだ」


「初耳ですわね。その割りに毎期の試験でヒーヒー言ってましたけど」


 料理の載った皿をテーブルの端において、フフンと笑うとエレナは右手の薬指で眼鏡のフレームを軽く押し上げた。


 これが“好学の王女”のクセだ。出会った頃から三年間変わることなく、彼女が薬指に嵌めた指輪の宝石は、入る光の角度によって様々な“色”になる。


 化粧っ気のない才女だけに、常に身につけているこの指輪が毎度のこと妙に浮いて見えた。が、訊いてみれば祖母の形見でお守りなのだとか。


 神秘的な輝きに何か秘密の匂いを感じていたが、結局は解らずじまいだったな。


「好きと得意は別の話さ。エレナのおかげで、こんな俺でも単位を落とさず卒業できる。ありがとうな。本当に感謝してるよ」


「どういたしまして。将来は先生ですわね。大学にわたしがいなくても、ちゃーんと勉学に励みますのよ?」


「はいはいエレナ先生」


「んもう、すぐそうやって茶化して……けど……」


 思い詰めたように伏し目がちになると、彼女は小さく溜息をついた。


「アルフレッドがどうして先生になりたいのか、結局最後まで教えてはいただけませんでしたわね」


 何度か訊かれたが、その度にはぐらかしてきた。


「ほら、付与術師(エンチヤンター)の才能があっても独りじゃ食っていけないだろ? 資格があればメイティスは無理でも、他に魔法学校の教師の仕事なんて王都にはいくらでもあるんだし」


「せっかくの付与術がもったいないですわ!」


 他の誰かに力を与え、その能力を最大限に引き出す系統の魔法。それが付与術だ。


 冒険者としてパーティーを組んでこそ才能を発揮できるのだが、そういう世界への憧れは一切無い。


 とはいえ付与術の才能を持つ人間は、割合的にそう多くもないらしい。だから俺みたいなやつが名門の誉れ高いメイティスに入学を許されたのである。


 こればかりは才能なので、もったいないという意見も理解できる。付与術師として産んでくれた両親のおかげだが……。


 エレナはその場でピョンと跳ねる。ふわりと花弁のようにドレスの裾が膨らんだ。


「でしたら、わたしと冒険者になりませんこと?」


「お前は実家に戻って家業とやらを継ぐんだろ」


「そうですけれど、まだもう少し先のことですし」


 しゅんと少女は肩を落とす。ちょっと冷たい言い方になってしまったが、なにぶん彼女も実家の事となると、口を貝のように閉ざしてしまいがちだ。


 お互いあまり深く干渉しあわない適度な距離感が、俺とエレナの三年間の友情を存続させた。


 こんな風に話せるのも卒業式典が執り行われる明後日までか。


「なあエレナ。俺が先生になりたい理由を本当に知りたいのか?」


 しょぼくれていた少女の眼鏡のレンズがキラリと光る。


「あら! ようやく教えてくださるのね? これで今夜から疑問が解けて安眠できそうですわ」


 そこまで気にしてたのかよ。


「ここだけの話にしてもらえると助かる」


 コクコクと二度頷いて「お約束いたしますわ」と、彼女はアッシュグレイの瞳を輝かせた。


「実は俺、孤児なんだ。王都の端っこにある小さな孤児院の出身で……教師の資格をとったら、そこで勉強を教えてやりたいんだよ。ほら、ちゃんとした教師がいれば孤児院じゃなくて、学校として認められるっていうし。そうなれば国からの補助金も増えるって話なんだ」


 エレナは驚いたように目を丸くした。


「ど、どうしてもっと早く打ち明けてくださらなかったの? わたしが言いふらすとでも思っていまして?」


 ほっぺたが風船のように膨らみ、腰に手を当て平らな胸を張るエレナはえらくご立腹だ。


「俺が孤児院出身だってわかると、エレナには逆に気を遣われそうだったからな。在学中は普通の友人として対等に接してもらいたかったんだ。自分勝手な理由でごめん」


 少女の肩から力が抜けた。


「口は悪いですけれど、アルフレッドって意外なところで紳士で謙虚ですものね。それに、わたしみたいなへちゃむくれにも、こうしてお相手してくださるし」


 滅多なことでは自虐などしないエレナが恥ずかしそうに呟く。


 俺もエレナも学園内に居場所がない者同士。いや、エレナを仲間にするのは気の毒か。


 ともあれ煌びやかな貴族社会の風が吹くメイティスは、学ぶには良くても孤児院出身の俺には居心地の悪い場所だった。


 さて、俺の秘密を教えたのだから、ダメ元でエレナの実家の事でも訊いてやろうかと思った所で――


 ワルツが終わった。


「お二人とも壁際で並べられた料理とにらめっこですか?」


 と、一曲踊り終えて金髪碧眼の美少年が颯爽と講堂の中央から戻ってくる。


 試験では万年学年二位のジェームスである。が、それは筆記試験だけの話で、魔法の実技や戦闘訓練といった身体を動かす科目においては、名実ともに本年度の首席だった。


 純白のタキシード姿も眩しい。彼は先ほどから女生徒たちにダンスの相手をさせられていた。


 俺とエレナが目を細めていたのも、その堂々たる踊りっぷりを眺めていたから――というのが本当の所だ。


 実家は大貴族。美形で成績優秀。卒業後は宮廷に仕官が決まっており、エレナ皇女殿下の護衛隊に配属されるなんて噂で持ちきりだ。


 この国の王女様は奇しくも、我が友人の赤毛でチンチクリンな“好学の王女”ことエレナと同じ名前だった。


 エレナが女王ではなく“王女”と揶揄された理由でもある。


 さらに我が校のエレナにも、侍る騎士が存在していた。


 女生徒の憧れの的にして学園の王子様たるジェームスその人だ。


 彼は三年間ずっと、エレナについて回った。


 当初はジェームスの度を過ぎた博愛主義かと思っていたのだが、どうやら数多の女子と噂こそ立てど、交際する事が無かったジェームスの本命はエレナなのかもしれない。


 と、思う一方で、そこまでして尽くしてくれるジェームスにエレナは少々冷たかった。時折、疎ましそうにしているところを何度も見かけたものだ。


 正直、二人の関係が俺にはよくわからない。


 エレナが上司でジェームスが部下というと、しっくりくるのが不思議だった。


 ともあれ、学園の王子様であるジェームスを邪険に扱える女子は、世界中探してもエレナくらいなものだろう。


 それが他の女子たちの不興を買って、エレナは一年生の夏を待たずしてすっかり孤立してしまった。


 独りぼっちになった彼女に声をかけたのがきっかけで、俺とエレナの友情は始まったのである。


 エレナに付き従うジェームスとも自然とよく話すようになり、平均以下な成績の俺は学年主席と次席に挟まれてしまった。


 そんな三年間は正直……悪いものではなかった。二人が身分や立場を抜きにして、俺の居場所になってくれたことは紛れもない事実だ。


 俺は金髪碧眼の美少年に告げた。


「モテる男は大変だな。このまま学年の女子全員と思いで作りでもするのか?」


 金髪を揺らして少年はハハハと笑う。


「僕の身体が持ちませんよ。それより次の曲が始まります。お二人とも一曲踊ってきてはいかがですか? せっかく借りたタキシードとドレスが泣いてますよ」


 貸し衣装でパーティー参加だなんて、この会場じゃ俺とエレナくらいのものだ。


「いちいち言わないでくれよ。いじわるだな学年総合首席殿は」


「君だって僕を首席殿と他人行儀に扱うじゃないですか。おあいこですよ」


 楽団の準備が整い、燕尾服のコンダクターが指揮棒をスッと振り上げた。


 エレナが俺の手にしている料理の皿を取り上げて、テーブルに置くと腕を引く。


「せっかくですから一曲踊りましょうアルフレッド!」


「うわっと、まだ肉が……」


「お料理ならたくさんありますもの。心配なさらなくても大丈夫でしてよ」


 孤児院育ちに社交ダンスなんてできるわけがない。が、腕を掴まれぐいぐい引っ張られる。


 一度こうと決めると王女様は止まらない。


 意外と言っては失礼だが、エレナは優雅な足取りでステージの真ん中に陣取った。一番注目を浴びる場所で実に堂々としたものだ。


 曲が始まった。小柄なエレナが背筋をピンと伸ばす。


「足下はわたしに合わせてくだされば結構ですわ」


「いきなりやれと言われてできるほど、俺は器用じゃないんだが」


「他の誰かならともかく、アルフレッドならできますわよ。身も心も開いてわたしによりそうように、付与術を使うつもりで……さあ」


 いつの間にか彼女の手をとり、腰の辺りに腕をまわして、俺は導かれるまま初めてダンスのステップを踏んだ。


 楽団が緩やかな三拍子を奏でる。


 エレナの歩幅に合わせるよう意識して呼吸も彼女に同調させる。付与術の延長線上にあるつもりでなんとか彼女についていく。


 最初はおぼつかない足取りだったが、次第にエレナの次の動きがわかるようになってきた。呼吸を読まずとも、自然と身体が動く。


 俺とエレナの境界線が失われて、まるで俺の身体をエレナが、エレナの身体を俺が動かしているように思えてくる。


 付与術を使うと時折同じような感覚に陥ることがあった。まさに今、俺はエレナになって、エレナの気持ちで……。


 次第に視界が広がって、気づけばステージの中心を俺とエレナが支配して、一曲踊りきってしまった。


 曲が終わった時に、ふっと心に残るものがあった。


 エレナは俺を……好き?


 いや、なにを考えているんだ俺は。そんなことあるわけ……ないじゃないか。

本日はこのあと深夜1:00にもう一度更新します~!

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