第01話「10年気づきませんでした」
「あなたは死にました」
女神・田中明子(32)は何度目かわからない定型文を読み上げる。
「あなたには二つの選択肢があります。一つは元の世界の別の時代に生まれ変わる事。そしてもう一つは恩寵と引換えに異世界に転生する事です。」
目の前のニー……青年は死んだ目で明子を見て言った。
「あの、あなたは……」
慣れたとはいえ、明子は自分の境遇を呪った。
「め、女神ですが、何か?」
この仕事を始めるまで、実家で家事手伝いという名の腐れデブスニートの自分が『女神』を名乗らなければならないという生き地獄。
来る奴、来る奴、自分を見て、「えっ……」という顔をして、「あっ……(察し)」という顔をして転生していく。
なまじ傷つけられ慣れてる連中が多いせいか、ヲタどもの半端な同情が日々胸に突き刺さる。
先輩女神・セレステディアのミスにより、異世界に美幼女として転生するはずだった田中明子(22)は生前の姿のまま、腐れ魂を新天地に転生させる女神という、なろう小説・異世界転生ジャンルの根幹を支える存在に内定してしまった。
それから元の世界の時間で十年。
田中明子(32)は来る日も来る日も年老いた両親のすねをかじって、ぶくぶく太った腐れニートにトラックをぶつけては、転生者5点セット(健康、美貌、若さ、言語能力、無限アイテムボックス)と、恩寵目録から1点を持たせて、中世っぽい世界に送り込む事を繰り返してきたのである。
その目的は、いくつかある自分の管轄世界をポジティブな方向へ発展させる事だが、ぶっちゃけ、厳しいノルマのためにやっている感がすごい。
自分の管轄地域からネガティブな存在の代名詞であるニートをぶっ殺して間引き、ちょちょっと手を加えて異世界に放流する。
うまくいけば放流先の世界は世界平和とか、戦争の終結とか、ポジティブな結末を迎えて、管轄世界の総合ポジティブ度が上昇し、明子の成績になる。
なお、転生先の異世界が中世っぽいのは、唐突に人が増えても誰も不思議に思わない程度には戸籍の管理がずさんで、現代人がその知識で活躍しやすいからだ。
要するに、異世界転生は楽な割に費用対効果が高いのである。
そんな事を十年も続けていれば、いろいろできるようになるもので、特にトラックのぶつけ方について、明子(32)は一家言をもっていた。
まずは基本の『轢かれそうな誰かを救って』パターン。
これは外出可能なライトニート、猫好き、正義感や人助けができるメンタルを持つ主人公タイプのニート(?)に有効な初心者向けのトラック(?)だ。
とりあえずこれを使っておけば、転生後もいい仕事をするニートを見つける事ができる。正義感のある奴に容姿と実力を渡して転生させれば、十中八九、良い結果になる。
次も基本の『居眠り運転』パターン。
国道沿いを歩いているニートであればタイプを選ばず効果を発揮する、汎用トラックだ。
そして居眠り運転の応用でもある『自宅に突っ込む』パターン。
誰も載っていないトラックでも可。
外出しない引きこもりに効果を発揮する。
通称ヤクザトラック。
『脱輪したタイヤが激突』パターン。
ここまでの3パターンで八割のニートを屠れるのだが、残り二割の高層マンションや二階以上に住むニートをスナイプするために編み出したのがコレである。
コレの優秀な所は台風や竜巻などの気象条件を整えれば、ほぼどこに居てもぶつけられるという点にある。
仮に奥まった部屋のニートでもトイレに行くために廊下に出た瞬間を狙って、空中を飛ぶ間にバカみたいに加速したタイヤを窓から放り込めば何とかなる。
最後は『燃料や化学物質を積載したタンクローリー』パターン。
ここまでのトラックでも倒せない強豪ニートを倒すための禁じ手である。
下準備として無関係な住民の退去誘導が必要になるなど、多くの手間を要するが、その威力は他のトラックの追随を許さない。
下手すると転生によるメリットより、トラックをぶつけるデメリットが上回りかねない最終手段。
なお、タンクローリーのローリーとはトラックとだいたい同じ意味らしいのでセーフ(?)。
――といった具合だ。
こうしてニートばかりを狙ってトラックをぶつけてばかりいると、ニートに恨みでもあるのかと思われるかもしれないが、どちらかというとトラックをぶつけるニートは『優秀な人材』として選ばれている。
異世界転生させる対象としては、死者として元の世界を去った人間や、元の世界から居なくなっても影響の少ない人間であれば、誰を転生させても問題ないのだが、老人の相手は面倒くさい、犯罪者は転生先の世界にとってマイナスになりかねない。若くして死んだ成功者は理想的な人材だが、そもそも数が少なすぎて戦略上あてにできない。元の世界で充実した生を謳歌していた一般人は異世界転生に関する前提知識が少ない事が多く、また生き返りたいと駄々をこねる奴も多い、ただでさえノルマに追われて忙しいのに、そういう事態に陥る可能性は極力排除したい。
異世界転生物語に逃避しており、現世に未練がなく、精神年齢が幼く、悪人ではない、無駄に知識が多い、自信と実力さえあれば成功をつかみたいという下心がある奴を転生させるのが効率が良く、その点ニートはこの条件を満たしている事が多い優秀なリソース、という事になるわけだ。
視点や立ち位置が変われば『優秀』の基準も変わるわけだ。
そんなわけで、今日も女神・明子(32)はトラックでぶっ殺したニートの前でこのセリフを復唱するのだ。
「あなたは死にました」
さて、明子(32)の普段の生活は人間であった頃とはだいぶ違っていた。
最も大きな違いは、時間の概念が消失しているという点だ。
つまり、人間であれば、1秒、1分、1時間、1日、1週間、1か月、1年、1世紀といったサイクルで活動が計画されるが、女神にはそういう時間の概念が存在しなかった。
人間が別の場所に移動するように、女神は別の時間に移動する事ができる。
今日2043年のニートをぶっ殺したら、明日は2011年のニートをぶっ殺す、といった具合だ。
では時間の概念もないのにノルマとは何か、というと、『一千万件転生させよ』とか『三千世界を平和に』とか、無駄に数が多い課題が、一つ終わらせるたびに次々と自分の意識に浮かび上がってくるものだ。
時間という概念が無いため、放っておいても問題ないし、実際『無理をして』人の時間で二か月ほど放っておいても何も起こらなかったのだが、このノルマのタチが悪いのは、一定の量の『焦燥感』が後から後から明子(32)の意識に湧き上がってくる点にある。
この『焦燥感』を消すためには、主観上の感覚でかなり頑張る必要があり、それゆえに『厳しいノルマ』と感じるのである。
別に辛くはないのだが、エンドレスノルマの存在、というかそういう状況を押し付けてくる『誰か』には割とヘイトを感じている。明子(32)はいずれ、『神殺し』系統の武器を選んだ転生者の転生前に武器を借りて、このノルマを自分に課している『誰か』をぶっ殺してやろうと思っているのだが、今のところ『神殺し』系統の武器を選択するニートは現れていない。
まあ、目の前の女神からその女神をぶっ殺せる武器を与えてもらうというのは、転生者にしてみれば空気の読めない選択になるので、空気を読む事にトラウマを持つニートたちは無意識に敬遠しているようだが、可能性がゼロではない以上、時間はいくらでもあるのだから待てば良い。これも一つのモチベーションというわけだ。
次に、体力的な問題が解決されていた。つまり、女神になった事で物理的身体に由来する問題から解放された。病気、疲労など起こりえないし、欲求についても受容するも排除するも自由自在だ。
ただ、自分の外見を見るに歳だけは取るらしく、この点だけが納得がいかない。というか、この点だけが女神になった自分という存在に残された『矛盾』、というか自分に対するいやがらせのような気がしてならない。
ともかく、疲れないし、集中力切れなんて事態にもならないので、いくらでもぶっ続けで仕事ができる。
そう、女神業は間違いなくブラックである。
ほかにもいろいろと変わった点はあるが、原則的に『神』らしい事はなんでもできる。
ティータイムに好きなお茶とお菓子を出す事もできるし、ダラダラとテレビを見る事もできる。ぶっ殺すニート探す時は女神専用のなんでも調べられるパソコンでググればいいし、なんなら不可視化して自ら適当な世界に降り立って探すこともできる。物理的干渉など受けないので、世界の秘密ものぞき放題である。
そんなわけで、たぶん、やろうと思えばイケメン侍らせて爛れた生活を送る事もできるかもしれないが、ぶっちゃけイケメンなんか出した所で何を話したら良いかわからない。っていうか他人のリアクションもどう思ってるか想像するのも怖い。無理。
そんな事ができるくらいなら生前、レンタル彼氏なり、女性用風俗なり、ホストクラブに行くなりできている。
明子(32)は転生者と違って、美貌も能力も与えられていない。本質は女神になる前のデブスニートから変わっていないのだ。
異世界転生の流れは次の通りだ。
まず、転生させるニートを探す。
生きている連中に女神の力で奇跡を起こすのは手間がかかる割に効果が限定的なので、この転生対象者の選定が重要なのだ。
世界と時代をざっくり決定し、『過去に参照した時代を除く』オプションを付けて『若くして死亡した異世界転生小説を持っている者リスト』を作成し、これから処理していく。
しかし、この条件に合致する人間は少ないので、早々に人材が枯渇してしまう。
次に同じ世界と時代で『家庭で肩身の狭い思いをしており、暴力をふるったり器物に八つ当たりした事のないニートリスト』を作成する。
女神の検索機能は概念を明確化できさえすればどのような調査依頼にも答えを返してくれる。『善良なニート』という検索条件は主観によって対象が大きく変わるため有効な検索条件ではない。
そこで『肩身の狭い思いをしているニート』という条件が役に立つ。
肩身が狭い思いをするという事は、現状を良しとしていない、多少マシなニートが引っかかる可能性が高いからだ。
そして『暴力をふるったり器物に八つ当たりした事のないニート』という条件でダメ押ししておく。
そこまでしても、弱者相手に態度が大きくなるタイプのニートが混じるが、そこは数打ちゃ当たる理論で目をつぶる。
女神は別に正義などには興味ないのである。そんな事よりノルマである。
ここまでやっても人材が枯渇したら、今度はニートを在宅率90%以上(いわゆる引きこもり)に変えて同じ手順を踏む。
それでも枯渇したら世界と時代を変える。
この女神の検索機能という能力でわかったのは、石器時代にもニートが存在したという事だ。
だが、彼を転生させても原始人だし、活躍する見込みはなかったので、転生対象者には選ばなかった。
彼には石器時代のニートという貴重な事例を後世に伝える可能性を残すため、引きこもり続けて頂く事にした。
転生させる対象を選んだら、対象者の人格を自分の目の前に『召喚』する。
この時、生前の肉体も同時に生成して与える。肉体なしでも首から上だけでも呼び出す事は可能だが、下手にパニックになる恐れがあるので、生前のベストコンディションで呼び出す。もちろん、膀胱と直腸も空にしておく。
このノウハウが確立する前は、全体の一割はすかしっ屁、二割はトイレ申告、酷い時などは30分ほどトイレから出てこず、ブッチッパ!をこだまさせる奴まで居る始末だ。
自分は何もしていないみたいな顔でメタン臭漂わせてくる奴に笑顔で『恩寵目録(低品質版)』を渡すより、そもそもそういう奴を自分の力で排除した方が効率が良い事に気づいたのは人の時間で一年目の中盤を過ぎた頃であった。
転生対象者には原則的には必要最低限の5点セットと恩寵&目録の話しかせず、転生者が恩寵目録から獲得する恩寵を選択したら、すぐに明子(32)が選んだ適当な世界に送り込んで終わり――なのだが、中にはイレギュラーな質問を投げかけてくる奴が居て、その対処を円滑に進めるルール作りは割と早い段階に確立する必要があった。
実は、5点セットと恩寵1つというサービスは女神に課せられた義務、というわけではなく、『必要最低限で文句を言わせない』事を目的とした定型対応に過ぎず、やろうと思えば十でも二十でも恩寵を与える事もできるのだ。
なので、イレギュラー対応の基本方針は『飴』と『鞭』という事になった。つまり、こちらを納得させる事ができた転生対象者にはそれを叶えてやり、ただのワガママや非常識な要求には5点セットを削ると脅して黙らせる事としたわけだ。
先輩・セレステディアのように忙しそうな様子を見せるのも明子(32)は控える事にした。こちらに余裕がないと付け込んでくる奴がウザいからだ。
例えば、死んだとき足が臭かったA君の場合は、異世界転生モノ小説の影響でこう質問してきた。
「『決して』、『絶対に』、連れていきたいって意味じゃないんですけど、女神様を連れていく事も可能なんですか?」
打消しを強調する副詞を二回重ねたあたりにイラっときたのは事実だが、初めてこの質問を投げかけられた明子(25)は、確かに興味深い質問だと思った。
ただ、それを決めるのは自分であり、自分にノルマを課している存在が不明である事を考慮すると、小説のようにはいかないな、という結論に達した。
怖いのは、転生者に連れていかれてもノルマが消えなかった場合だ。
転生者に付き合って異世界で生活しつつ、ノルマも消化しなければならないとか考えたくもない。まあ、それ以前に人付き合いとか無理。
そんなわけで明子(25)のA君の問いに対する回答は次のようなものになった。
「目録に私は載っていないですから無理です」
――で、A君の発展型、口からザリガニ臭がするB君の事例。
B君は明子(30)が転生させてきた転生対象者の中でも特に聡明な部類のニートだった。
A君と似たような質問をした上で、最後のサインのために渡した万年筆と、直前まで見ていた目録を手に、何かを思いついたB君は明子(30)に尋ねた。
「じゃあ、目録にこの万年筆で欲しいものを書き込んだらどうなるんですか?」
「君、なんでニートしてたの?」
それはそれとして、明子(30)は質問の答えを考えた。
確かに『目録に書いてあるものを与える』と伝えているだけで、加筆してはいけないとは言っていない。それが強制力を伴う契約なら履行しなければならないだろう。
だが、目録を渡すのはぶっちゃけ説明が面倒だからだ。更に言えばこちらで勝手に選んでも問題ない。もっと言えば『規定に反するモノ以外ならなんでも与える』とでも言っておけば与えたくないものは与えずに済む。だが、そうして考え込まれたり、『なんでも』の範囲について質疑応答を繰り広げるより、あらかじめある中から選ばせた方が楽だし、時間の節約にもなる。更に選んでる間に別の仕事をしていられるのだ。時間が関係ないとはいえ、二者間で意思疎通が必要になるようなイベントはその完了までノルマをこなせないので手間に感じるのだ。
ともかく、そういうわけで、こればかりは『内容による』としか言いようがない。
「ちなみに、なんて書きたかったの?」
明子(30)はB君に尋ねる。
「それが可能なら『この目録の全て』とか『自分の転生を担当している女神と同等の力』とでも書けばすごい事になるかなと思って」
「君、なんでニートしてたの?」
B君の恐ろしい所は、『神の力』のように曖昧な指定ではなく、一意に特定できる表現を選んでいる点にある。『神の力』と書くと、明子(30)が適当な世界に居る自称『神』な教祖様の能力を与えても間違いではないという理屈をこねる事ができるが、『自分の転生を担当している女神と同様の力』なら明子(30)の力を与えるしかない。
頭の回転力にあきれるばかりだが、賢い奴は嫌いじゃない。
ノルマに追われる日々に意外性という娯楽を与えてくれるB君のような奴は貴重な存在だ。
というわけでボーナスを与える事にする。
「それは無理だけど、面白い発想で楽しませてくれた礼に、『この中から三つを選ぶ権利』を与えます。私が適当に決めたルールで適当にやってるから、言葉遊びで私を論破しても私の考える『三つ』以上は得られないと知りなさい」
「さすが、女神様ですね。選びなおしてきます」
B君は万年筆を明子(30)に返却すると、目録を持ってソファに戻った。
先ほど選んだ恩寵が掲載されているページの付箋を抜き取った所を見るに、3つの恩寵の相乗効果を含めて再検討するつもりなのだろう。
時間はあまり意味を持たないが、これは時間がかかりそうだ。
明子(30)はうめくようにつぶやいた。
「ザリガニくせえ」
B君ではないが、B君以外の方法で明子(31)から複数の恩寵を手に入れた者は存在した。
獲得した恩寵数の最高記録は、足と口にくわえて脇も臭いC君だった。
自分で気づかないのだろうか?という疑問と共に、元ニートとして、生前自分の口や足や脇がどんな異臭を放っていたかが気になる所だが、女神となった今となっては物理的身体に由来する問題は年齢と容姿以外は消滅してしまったので知る由もない。
いや、なんで年齢と容姿はそのままなんだ?
いやいや、今はC君の話だ。
C君は心配性で、転生先の世界の事や、転生した先で獲得する自分の体の事をよく知りたがった。
「転生しても腋臭なんでしょうか?」
「ファッ!?」
実は、それまで健康は5点セットに含めていたが、体臭みたいに自分の健康には実質的に影響のない要素については深く考えたことがなかった。
女神の力はそういう意味でも割と万能で、自分が考慮していない部分はうまい事処理されていた。
ただ、この『うまい事』というのは女神・明子(31)にとって『うまい事』であり、転生者にとってもそうであるかどうかはわからなかったのである。
「なるほど、では健康な体に加え、コンプレックスになるような体質も解消する事にします」
この時から、膀胱と直腸に加え、口と足と脇の臭いも除去しておく事となった。
「ありがとうございます」
じゃあ、サインしてね、とばかりに万年筆を渡そうとすると、C君が「あっ、そうだ(唐突)」と割って入ってきた。
「転生したら服とか生活用品とか、お金とかはどうなるんですか?」
面倒なので、標準的な衣服と1か月分の生活費を与える事にする。
基本的に女神が転生先で持たせるものは全て恩寵だ。おそらく、衣服は過去の転生者たちにも『うまい事』与えられていたはずだが、明示的に与えたのはC君が初であった。
「あと、魔物とか居るなら、遭遇して死んじゃうとアレなんで、ステータスとか底上げしてもらうわけには?」
はいはい、『運』以外上げておきますよ。
「魔法のある世界を希望したいんですが」
それは遠回しに魔法スキルをよこせと言っているのか?
だが、与える事にする。それも恩寵になる事とか、説明するの面倒くさい。
「あと、可愛い妹とか、幼馴染が居ると最高なんですけど……」
「さすがにそれは……」
因果の操作は面倒くさい。いわゆるアフターケアという事になるので、転生先の過去に干渉して転生者の両親の住む場所の近所に女児の誕生を誘導したり、妹の誕生を誘導したりしなければならない。
面倒くさい。
「ですよね、ごめんなさい。……でも、自分、そういうのにずっと憧れてて」
グチグチとつたない語彙で熱意を語るC君。
わかった、臭い口でここに居座られるよりマシだ。
「わかりました、ただし、幼馴染だけです。妹は自分でねだりなさい。」
「ちなみに――」
何が『ちなみ』なのかわからないが、まだ続けるつもりか、いい加減、衣服ごとはく奪して二丁目に転生させるぞと思い始めた所で、C君は最後の望みを口にした。
「食事がおいしいとありがたいのですが」
明子(31)は唸った。
ごはんがおいしいのは基本的人権だよね。日本人だもの。
とはいえ、幅広く食材の食味の優劣に介入するのは幼馴染や妹を作るより面倒くさい。その世界の過去にさかのぼって、食されている植物や動物すべてに食味が良い形質を優性遺伝させる、みたいな対処が必要になる。
絶対やりたくない。
しかし、すぐにある手法に気づいて方針を変更した。
「わかりました。おいしい食材にあふれる世界に転生させます。」
つまり、自分の管轄している世界全部の食材をおいしいものにマージしてしまえばよいのだ。生物の多様性とか、女神の気にする事ではない。
各世界の最も食文化が発達している時代に移動し、おいしいといわれている食材をリストアップする。
同種の食材にざっくり分類し、仕事の合間に食べる食材をこのリストの上から順に毎回変更していき、特においしい食材の進化の歴史をそのまま別の世界の同種の食材にも上書きする。この時、元の食材情報を『手を抜いて飼育した場合の食味』として残す事で、万が一、『まずさ』が必要になった自体に備える。
これで『おいしい食事』ができる世界を要求されたらどこの世界に送ってもOKという事になる。
手間と言えば手間だが、自分もおいしい食事ができて、自分の管轄世界全ての人もおいしい食事ができるのだからWin-Winのプランと言えるだろう。
そんなこんなで、C君は実にたくさんの恩寵を獲得して転生する事になったのであった。
さて、そんなこんなで人間の時間で女神として十年目を迎えた明子(32)の前に立ったニート、名を鈴木裕也(通称・裕くん)と言ったが、彼は女神・明子(32)にとってマイルストーンとなる問いを彼女に投げかけたのであった。
彼は異世界転生という事態が自分に訪れた事を早々に受け入れ、また、それをこの上ない好機と認識したらしく、最初からテンションが高かった。
ニートのくせに内に秘めたるウェーイの素質を開花させた彼は、スカした口調で明子(32)に絡んできた。まあ、基本的には自分に好機をもたらしてくれた明子(32)に好意的なウェーイだったので、明子(32)も軽く流したが、明子(32)がいつも通り、死んだ事、これから異世界に転生する事、転生により5点セットと恩寵を得られる事を説明した上で、同意書類にサインを求めたところ、裕くんは唐突に『ある疑問』を投げかけてきたのだ。
これまでもイレギュラーな質問をしてくる者は存在したが、彼の質問は彼に関係ないという意味で異質だった。
つまり――、
「なんでそんなブサイクなんスか?」
「は?」
あまりにもド直球で、殺意を通り越して意表を突かれた。
「いや、だって、神様って万能なんスよね?だったら見た目を変えるくらいできるんじゃないんスか?ブサイク煽ってるとか?(笑)」
「えっ?えっ?」
無邪気に明子(32)にブサイクと言い放つ裕くんの問いかけは明子(32)にしてみれば青天の霹靂だった。
そう、完全に盲点だった、というか、先入観に囚われすぎていたのだ。
『異世界転生の定型から漏れた自分の容姿はそのまま』だと思い込んでいたし、それまで歳を取るのが当たり前だったから『歳をとる事を否定した事がなかった』のである。
「あ、もしかして、わざとブサイクにしてるんですか?綺麗だと一緒に連れていかれちゃうとか(笑)」
楽しそうな裕くんを前に、明子(32)は素直な気持ちを吐き出す事にした。
「ウェーイ……」
「えっ?なんスか?」
明子(32)は両手を上げて雄叫びよろしく叫んだ。
「ウェーーーーーイ!」
「なんスか?なんなんスか?なんでテンション上がってんスか?マジ意味わかんねえんスけど(笑)」
明子(32)は両手を下ろし、楽しそうに困惑する裕くんに真顔で答えた。
「10年気づきませんでした」