4-37 モンスター愛護活動
「次は、マヒでも試してみましょうか」
と、ホブミが言い、杖をプップに向けた。
暗黒賢者ホブミが呪文を唱えた、その瞬間。
おれは、とっさに、プップを守るため、全力で跳びあがった。
そう。おれは、プップを守るため、盾となり、ホブミのマヒ魔法を全身で受けとめたのだ!
おれは、地面にポトリと落っこちた。
「ニ…ニゲ…ロ……プ……プ……」
舌までしびれてしまって、まともに話せない。
おまけに、100年正座をしていたかのような痺れが全身に。チクチクチクチクチクチクチクチク。
痛いったらない!
「シ、シ、シビ…レ……」
(これが、状態異常マヒか! 甘くみていた! つ、辛すぎるぅ~……)
おれは、プップなんかのために、この身を盾にしたことを、激しく後悔した。
しかも。
「な、に、を、やっているのですか?」
ホブミが、超絶に怖い目で、地面でピクピクしているおれを見下ろしている。
(こ、これは。このままでは、暗黒賢者の拷問フルコースがはじまってしまうぅ……! いそいで、うまいこと言って言い逃れなければ!)
でも、マヒしてしまったおれの口は、うまく動かない。
「モ、モ、ン、スター、ギャ、ク、タ、イ、……」
リーヌがおれの言葉を聞いて、うなずいた。
「桃のスターがくちゃい? 星型の桃はくせぇのか。でも、くさくても、うまいなら許す」
(ちがーう! そんなこと言ってなーい!)
「そうですね。果物の王様といわれるドリアンキングは、くさいけれど、とてもおいしいそうです。たくさんの家来に囲まれているうえ、とてもくさいので、倒すのが少し手間ですが」
(そんなモンスターがいるの!?)
「それは、そうと。このゴブリンには、おしおきが必要です」
さっきまで、リーヌに笑顔を見せていた、ホブミが、こっちにふりかえって、すんごい怖い顔でおれをにらんだ。
(ギャーーー!)
その時、おれの口の付近に何かが落ちてきた。
「ク、クッサーーッ! しかもニガッ」
なんか臭くて苦い液体が、ちょっと、口に入ってしまった。なんか、むちゃくちゃ、臭くてべとべとして気色悪いものが!
「うむ。プップのウン〇だな」
と、リーヌが、おごそかに言った。
おれの上空に浮かんでいたプップが落としたらしい。
「ぎょえぇえーーーー! 最悪どぅわーー!」
おれは思わず叫んで、とび起きて、口をぬぐって、つばをペッペと吐いた。
するとリーヌが、おれを指さして叫んだ。
「おい、そこに、幻のモンスター、ペッペがいるぞ!」
「ペッペじゃないっす! ペッペとつばをはいている、ただのゴブリンっす。てか、おれっす! おれ!」
リーヌは、のけぞった。
「なに? おれおれ詐欺か!?」
「んなわけあるか! いつも一緒にいるのに、おれを忘れないでくれっす!」
リーヌは目を細めて、おれをじーっと見た。
「わかんねーぞ。ゴブヒコのふりをしたペッペかもしれねぇからな」
おれは、もう、リーヌを説得するのを、あきらめた。
「じゃー、もう、ペッペでいいっす。別に、ゴブリンでもゴブヒコでもペッペでも。おれにとっては大差ないっすから」
それを聞くと、リーヌはげんこつを天に突き出し元気よくジャンプした。
「よっしゃー! アタイはペッペを仲間にした! 新しいモンスターゲットだぜ!」
「んなわけあるか! サギっす! そんなんでレアモンスターをゲットしたことにしたら、あんたがサギ師っす!」
そこで、ホブミが、ぽつりと言った。
「マヒがなおっていますね」
おれは、それを聞いて、気がついた。
「あれ? そういえばー。もうぜんぜん、しびれてないな」
おれは元気よくゴブリン式ラジオ体操をしてみた。ふつうに動ける。
ホブミが言った。
「聞いたことがあります。プップが究極のいやし系といわれる理由です。プップは、もっぱら薬効のある木の実や草花を食べるため、排泄物すら、状態異常を回復する薬になるのだとか。特にプップのフンは非常に薬効が強いといわれます」
「フンが薬になるから、究極のいやし系だったの!? たしかに、究極だけど!」
「プップのフンは、かつては、とても貴重で高価な薬として知られていました。そのために、プップは乱獲され、絶滅寸前となってしまったといわれます。もちろん、あの、のんびりとした性格や身を守るすべをもたない点も、絶滅寸前となった理由ですが」
「いくら状態異常が回復できても貴重でも、やっぱ、フンは、イヤだなぁ」
と、おれが、ぼやいていると、ホブミはきつい声で言った。
「そんなことより、リーヌ様のプップ捕獲を邪魔した罪は、重いですよ」
そうだった。おれは、窮地にいたのだった。
おれは、がんばって自分を弁護した。
「おれは、無実だ! おれは、プップを破裂させようとする魔の手から守ろうとしてただけなんだからな!」
とたんに、リーヌが叫んだ。
「ぬわにぃ!? いったい、誰がそんなひどいことを! プップを破裂させようとするやつは、アタイがぶったおしてやるぜ!」
「あんたっす! とにかく、おれは、モンスター愛護活動をしてたんす。いいっすか、リーヌさん。プップをつかまえるなんてダメっす。野生モンスターは、野生の状態でいるのが一番幸せなんす。だから本当にモンスターを愛する人は、遠くから見守り、眺めて愛でるだけにするんすよ。プップを本当に愛するなら、そっとプップ・ウォッチングをするだけにしとかないと」
「な、なに!? そうだったのか!? 知らなかったぜ。アタイとしたことが」
リーヌは素直に反省している。
今回のは、我ながら、説得力があったからな。
「リーヌ様。そんなことを言ったら、モンスターを捕まえられなくなってしまいます。テイマーはモンスターをつかまえて育てるのがお仕事では?」
と、ホブミのやつが言うので、おれは、適当に言っておいた。
「だいじょぶ、だいじょぶ。こういうものは、好感度さえあげとけば、むこうから仲間になってくるっす」
リーヌは地面に座って、背伸びをしながら、宣言した。
「よし。じゃ、アタイは、プップが仲間になってくれるまで、ここで眺めていることにするぜ。よし、ここに家を建てよう」
どうやら、おれの適当な発言が、妙な事態を引き起こしつつあるようだ。
「家? いやいや、しばらくしたら、あきらめて、帰らなきゃっす。しつこいと、プップに迷惑がられるだけっす」
「んなことねぇよ。プップはアタイのことを大好きにちがいねぇ。そっくりだからな」
「なにその根拠のない自信。リーヌさんとプップなんて、どこにも共通点ないっす! ……あえていえば、一日中なにもしないのが好きってとこくらいっすかね」
「ほらな。そっくりだろ。あー。こんなに、いやされる生き物は見たことがねぇ。百年は眺めていられそうだぜ。アタイは、プップが仲間になってくれるまで、ここで、のんびり暮らすぞ」
リーヌはのんびりとした口調で言った。もうゴロゴロ寝っ転がって、動かなくなるモードだ。
たしか、リーヌは、9日後に、シャバーと合流する約束してたはずだけど。すでに忘れているようだ。
ホブミは、ため息をついて、言った。
「ゴブヒコさん、責任取って、百年もつ家を建ててくださいね。私は、手伝いませんから」
「えー? 本気でここに住むんすか? ここで、のんびりスローライフ? ま、おれは、それでもいいっすけど」
おれとしては、特に困ることはないしな。




