4-36 プップ
翌朝、おれたちは山頂に向かった。
実のところ、おれは、まったく、レアモンスターにあえるとかいう期待はしてなかったんだけど。
「あ、あれは!」
山頂付近で、おれたちは、妙な生き物を発見してしまった。
水色の、まん丸な物体が空を「プップッ」と鳴きながら、のんびりプカプカ、浮かぶように飛んでいる。
ホブミが叫んだ。
「幻の3大レアモンスター、パッパ、プップ、ペッペの内の一つ、究極のいやし系モンスター、プップです!」
「いないはずの3大モンスターがいるの!?」
おれは思わず、他の誰にもわからないことを叫んだ。
出てきたのが、ピッピやポッポじゃなかったのは、まぁ、当たり前だけど。パッパ、プップ、ペッペって……。
このプップというモンスター、また、珍妙な生物だ。
鳥のような大きな翼はなく、ほとんど空を飛ぶのにはつかえなさそうな、ちっちゃな翼がまあるい胴体にくっついている。ちょっと緑がかった水色で、もふっとしていて、どこまでも丸い、ほのぼのした感じの生き物だ。
見ているだけで、こっちまで、ぼーっとした気分になってくる。
たしかに、いやし系の見た目なんだけど……。どうにも、気になることがあるんだよなぁ……。
「なんか、あれ……。『プッ』って音が口じゃなくて、モンスターの後ろ側から聞こえてくる気がするっす。どうもその後部から出てくる風圧で前に進んでいる気がしてならないっす」
おれが婉曲表現でつぶやいていると、リーヌがはっきりと言った。
「すげぇぜ。オナラで飛ぶなんてな。おい、ゴブヒコ。おまえも、オナラで飛んでみろ」
「飛べるわけないでしょ!」
「ゴブヒコさん、なんでも下ネタにするのはやめてください」
と、ホブミは、リーヌじゃなくて、おれに注意をした。
「おれは、はっきり言わなかったのにぃ。でも、やっぱり、どう見ても、オナラで飛んでるっすね。まぁ、いいや。無事レアモンスターにあえたし。リーヌさん、気がすむだけみたら、帰るっす」
ところが。リーヌは目をかがやかせて叫んだ。
「あの風船っぽいかわいいの、仲間にするぞ!」
「オナラで飛んでるのに!? たしかに、見た目はいやし系っすけど、オナラで飛んでるとしたら、アレが部屋にいたら、部屋ん中、臭くなりそうっすよ?」
「おい、プップに失礼だぞ」
と、リーヌは言った。
「あ、そうっすね。おれたちが勝手にオナラだと思ってるだけっすから。実は『プッ』って鳴き声なのかもしれないっす」
と、おれが、反省すると、リーヌは、ちからづよく言った。
「プップのオナラは、さわやかリフレッシュでフローラルだ!」
「オナラは否定しないんすか!? ……でも。どっちにしろ、仲間にするなんて、ムリっすよ」
リーヌはジタバタした。
「あの、もふもふオナラ風船、ほーしーいー! ほーしーい!」
「だだっ子か! あれは、たしかに、もふっとした風船っぽいけど、風船じゃないんすから。ほしいったって、買ってあげられないっす」
ところが、そこで、ホブミが、リーヌにたずねた。
「リーヌ様。モンスターを仲間にするためには、まず瀕死にすればよろしいのですね?」
「え?」
おれは、ぎょっとした。おれは、重大なことを見落としていたのかもしれない。
「では、まずは」
と言って、ホブミが、杖をひとふり、さらりと睡眠魔法を唱えた。
プップは空中に浮かんだまま、眠ってしまった。
ホブミは言った。
「HPが22と非常に少ない上、防御力もとても低いモンスターですから、瀕死にとどめるのは、かなり、むずかしいかもしれませんが、私がぎりぎりまで体力を削ってみましょう」
おれは、はっきりと悟った。
ホブミは、攻撃できる……てことは、おれの攻撃力がゼロなままでも、リーヌは、モンスターを捕まえられるってことだ。
リーヌは、モンスターを仲間にできない、世にも奇妙なダメ・テイマーのままだと思っていたんだけど。
だけど、実は、賢者ホブミが仲間になった時点で、リーヌはすでに、モンスターを仲間にできる状態だったらしい。……たぶん、リーヌは気づいていなかったんだろうけど。
だって、リーヌは、モンスターを仲間にすることとかすっかり忘れて、ホブミとスィーツ巡りとかばっかりしてたからな。
にしても、うっかりしてたぁ。これじゃ、おれが、強かろうと弱かろうと、「最強美女テイマーのハーレム伝説」が実現可能だぞ?
そして、その野望の第一歩として、今、まさに、プップが仲間にされちゃいそうだ。
まぁ、レアモンスターだから、「仲間にする」の成功率低いかもしれないけど。
それに、プップは、仲間になっても、問題なさそうだけど。
むしろ、プップとおれは、うまく共存できる気がする。なんとなく、同系統のモンスターな気がする。
あの物体が庭に浮かんでたら、きっと、癒されるもんな。
おれの脳内に、「プップのいる生活」が映し出された。
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「あー。今日も、こきつかわれて、大変だぁー。なんで、洗濯機がないんだよ」
と、文句を言いながら、おれは洗濯物を庭にドサッと置いた。
「もう、ストレスマックスだぞ。なんだって、異世界なのに、こんなストレスフルな毎日なんだよー」
と、文句を言いながら、ふと、おれは空を見あげた。
よく晴れた空に、プップがのんびり、ぷかぷか、浮いている。まんまるで、ぼーっとした顔で。
「あー、なんか見てるだけで、リラックスゥー。心がいやされるぅー」
家事労働に追われるおれのストレスが解きほぐされて消えていき、おれの心がぽかぽかしてきた。
「あー。いいなぁー。プップがいる生活ぅー」
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うん。これはいいような気がする。
よし。プップは仲間にしとこう。
おれが許そう。
おれが、そんなことを考えている内に。
「プップッ」
と音がした。
プップはもう目を覚ましたようだ。
でも、プップは逃げない。ぷかぷかのんびり、お空に浮いている。
「プップ、なんで逃げないんだ?」
と、おれがつぶやくと、ホブミが解説した。
「プップは、とてものんびりとした平和的なモンスターだと聞きます。ちょっとした風でふきとぶほど軽い体ですが、飛行能力はとても低く、攻撃力が皆無な上に、逃げる速度もとても遅いのです」
「おれ並みの弱さっす! そんなモンスターが野生で生きているなんて、信じられないっ!」
おれは、プップに親近感を感じた。やっぱり、おれたち、いい友達になれそう。
「ゴブヒコさんのように、ブサイクではありませんが」
と、ホブミは言ったけど。
「たしかに~。プップは、まぬけだけどかわいい感じの顔だもんな。だけど、そんな、かよわいモンスター、リーヌさんが触れたら、パーンとはじけとぶことまちがいなしっす。仲間にして大丈夫っすか?」
おれは激弱でも、リーヌの動きを先読みして、すばやく、逃げてるからな。おれのステータス上の素早さは、すんごい低いみたいだけど。
頭脳派モンスターであるおれは、この頭脳でリーヌの怒鳴り声や、うっかり攻撃を華麗によけているのだ。……まぁ、一度、死んだけど。
頭の中も空っぽで危機感ゼロっぽいプップに、おれの華麗な回避行動はまねできないだろう。
おれは、リーヌに言った。
「プップは、けっこう、飼うのむずかしいと思うっす。リーヌさんが、まちがえてプップをけとばしたり、どなり声という名の爆風攻撃を当てたりしないように、毎日すんごい気をつけないと殺しちゃうっすよ。プップはもふっとしているから、リーヌさんがふれるだけで謎の攻撃『もふる』が発動しそうだし」
ところが、リーヌは、だだっ子のように言った。
「アタイは、プップを抱っこして空にうかぶんだい!」
「絶対ダメっす! リーヌさんがプップを抱っこしたら、プップが破裂するっす!」
即座にホブミが言った。
「問題ありません。すぐに私が蘇生しますので」
「だめっ!」
おれの脳内に、「プップとリーヌのいる生活」が再生された。
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おれは、ボロ家の庭で洗濯をしていた。
お庭の空には、のんびりほのぼの、プップがうかんでいる。
「うん。プップはいつ見ても、いやされるなぁー。あのぼーっとした顔とまんまるな体ぁー。見るだけで、なんか、リラックスできてぇー、ほんわかしてくるなぁー」
と、おれは、つぶやいていた。
そこへ、リーヌがあらわれた。
リーヌは、びょーんと、お空のプップにむかって、ジャンプし、プップを抱きしめた!
空に飛び散る血しぶき、空気が抜けてつぶれた風船のようになったプップの皮……。
そして、庭に響く、ゴブリンの悲痛な叫び声。
「ギャーーーー!」
~~~~~
「絶対ダメっす! 蘇生可能でも、あんな、かわいい平和的なモンスターがブシャッとつぶされるところを毎日見せられたら、おれのせんさいな精神がもたないっす! プップのいやし度がそのままトラウマ度に変換されたっす!」
「だいじょーぶだぜ。アタイは、そっとだっこするから。アタイだって、手加減くらいできるぜ」
自信満々にリーヌがそう言った時、おれは、思い出した。
「……リーヌさん、こないだ、大事にするからって言って、かわいいマグカップを買ったじゃないっすか」
「おう。クマさんマグカップだな」
そう。あれは、とてもかわいいクマ型マグカップだった。
「でも、翌朝、朝ごはんの時。リーヌさん、さっそく、マグカップを握りつぶして粉砕しちゃったじゃないっすか」
そう。こいつは、手加減なんて、できない。いや、できる時もあるんだけど、2回に1回くらいは失敗する。
「うっ……んなことねーよ。あのマグカップ、ちゃんと、1週間前まで、家にあったぜ。もっと前に買ったのに。ゴブヒコ、忘れたのか? ボケボケだな」
「たしかに、家に、クマさんマグカップは、しばらく、あったっす。でも、おれはちゃんと、おぼえてるっす。リーヌさんが、粉砕しちゃったその日に、あんたがむっちゃ泣いてたから、ホブミが新しいの買ってくれたんでしょ!」
「あんがとな、ホブミ」
と、リーヌはホブミにお礼を言った。
でも、話はここで終わらない。
「だけど、リーヌさんは、そのカップを、その日の夜にまた割っちゃって。その翌日、またホブミに泣きついて、買ってもらったっす。で、それを、また、割っちゃって。それを、繰り返して、ついにお店からあのマグカップがなくなっちゃったのが、1週間前っす。あんた何個破壊したと思ってるんすか! おれは毎日毎日、あんたが粉砕したマグカップの破片を『あぁ。ごめんよ。クマちゃん』って、謝りながら、かたづけてたんすから!」
「こまけーこと、気にすんなよ」
と、反省する気配もなくリーヌが言った時、おれは決断を下した。
やっぱり、プップを仲間にするわけにはいかない。
こいつ、絶対、毎日、プップを粉砕する。
プップのためにも、おれのためにも、リーヌのわがままは、実現させちゃいけない!




