4-29 オホシミ山の夜
さて、夕食後、すっかり暗くなり、頭上には星空が広がったころ。おれは一人パラパライトをリリースしていた。
ホブミが言うには、この山には人型モンスターを襲うような生物はいないっぽい。……あいつの言うことだから、いまいち信用おけないけど。
全体がほんのり赤く光るパラパライトの背中のキノコでは黄色い星形の光がいくつも光っていた。パラパライトの光はゆっくりと草むらを移動していき、その先にはいくつも光が揺れ動いていた。
あのあたりには何匹もパラパライトがいるらしい。
おれは、ふと夜空を見上げた。いろんな色の星がたくさん夜空に輝いていて美しい。
この世界の夜空の星には、赤も青も黄色も緑もある。そして、おれが元いた世界では見たことがないほど、たくさんの星がきらめいている。
「オホシミ山っていうだけあって、星空がきれいだな。サイゴノ町でもけっこうきれいだったけど、ここは段違いにきれいだ」
おれがひとりでつぶやいていると、ひつじくんの声が聞こえた。
『そうだね』
「あ、ひつじくん。起きてたの?」
『今、きたんだけど。ゴブヒコさん、あの岩のところで星をみていこうよ』
「いいけど?」
ちかくに大岩がある。その先に、おれ達のたき火のあかりがチラチラ見えた。。
岩に座って、後ろの木にもたれかかると、星空がきれいに見えた。
「ひつじくん、天体観測好き? おれ、この世界の星座とか全く知らないんだけど、ひつじくんは知ってる?」
おれがたずねると、ひつじくんは、きっぱり言った。
『しゃべらないで。ぼく、しずかに見たいから』
「そ、そう? おれ、じゃま?」
『うん』
というわけで、おれが黙って、夜空を見上げていると、たき火のほうから声が聞こえてきた。
この距離だと、リーヌとホブミの会話がよく聞こえた。
「なぁ、ホブミ。ちょっと、話していいか?」
リーヌの声は、聞いたことがないほど、しんみりしていた。
リーヌは、おれと話している時は、いつも、ものすっごく、あほっぽい口調なんだけど。今はなんかシリアスな感じで、まるで真城さんみたいな声だ。
「はい、よろこんで」
と、ホブミが返事をした。
リーヌは長い話をはじめた。
「その、アタイの知り合い……いや、ドラマの話なんだけどさ。こことは違う世界の。
ある女がいてさ。そいつには、出会った時から、ずっとあこがれてて、すっげぇ世話になって、大好きだった男がいたんだ。
その男が助けてくれてなきゃ、あの女は、きっと、今、まともに生きてねぇ。居場所も、家も仲間も、ぜんぶ、あいつが、わけてくれたんだ。
あいつは、いつも、危ない時には絶対に守ってくれて、超かっこよくて、強くて。あこがれだった。
あいつの嫁になら、なってもいいなって思うくらい……つーか、そいつとバージンロード歩くのが夢、ってくらい、大好きだった。
だけど、その頃、あの女は、まだガキだったんだ。
4つしか、ちがわねぇんだけど。成長期がおそくてさ。女として見てもらえなかったんだ。
あの野郎、『こいつは髪の長ぇ弟だ』とか言ったんだぜ? ひでぇやつだよ。速攻シメてやったけど……。
ま、んな感じで、家族みたいに楽しく暮らしてたんだ。
でもさ。3年くらい前。その女を、ガキを、だまして脅してヤろうとしたロリコンじじぃがいてさ。あの男は、そのガキを守ろうとして、ロリコンじじぃをボコって、パクられて豚箱にぶちこまれちった。
ぜんぶ、ロリコンじじぃが悪いのに。ハニートラップだとか18才だと言ったとか、ありもしねーこと言いだして、むこうはおとがめなしで……。
だから、ふたりは、ずっと離れ離れになってた。だけど、最近、その男が帰ってきたんだ。で、女は告られた。
半年前だったら、大喜びで抱きついて、速攻、結婚式の予約をいれてたぜ。だって、ずっと、あいつのことが大好きで、ずっと、あいつのことを待ってたんだ。でも……」
リーヌはそこで黙りこみ、ホブミがたずねた。
「今は、別の方がお好きなんですね?」
リーヌは、ふたたび、しゃべりはじめた。
「うーん。……どーなんだろな。その、ドラマにはさ、もうひとり、男が出てくるんだけどさ。
この、もう1人の男ってのが、どうしようもなくダメなやつなんだ。
まぬけすぎて、見てておもしれーんだけどさ。
だって、レジで千円渡されて、おつりに5千円渡すんだぜ? しかも、まちがえたのに気づいてねーし。
客に、おでん頼まれたら、コンニャクぶつけるし。
商品の陳列したら、なぜか、ペットボトルの棚にパンをつめこんで、牛乳のとこにはアイスを置いて溶かすんだ。んで、アイスのケースに、おにぎりをいれるんだぜ? 『アイスじゃなくてライスだろ!』って言ってほしかったのか?
あとで陳列なおすの、いつも、すっげー大変だったんだぜ?
おまけに、あいつは、小学生にも負けそうな、へなちょこで。見た目も、ブサイクっつーか、超ダッセーかっこしてて、とにかくダッセーんだ。
ほんとにいいとこのねぇやつなんだよ」
「それでも、お好きなんですね?」
「……たぶんな。なんか、いっしょにいると、ほっとすっし。ついつい、あいつ、なにやってるかなーって、気になっちまうし。それにさ、あんなにドジでバカなことやってんのに、なんか、かわいーな、って思っちまうんだぜ?」
ホブミは重々しい口調で言った。
「それは、重症ですね。ソレがかわいく思えるということは。悔しくてなりませんが、危篤レベルの重症です」
リーヌも、重苦しい声で言った。
「あぁ。そうだな。重症だな。ありえねぇな」
「残念ながら。あぁ、それにしても。私がそのドラマを見ていたら、きっと、心から嘆き、叫んでいたでしょう。『あの二人目の男が出てこなければ、とても美しいラブストーリーだったのに! なぜ、あの二人目が出てきてしまったのか! あの男、いますぐ、消し去りたい!』と」
ホブミが嘆くと、リーヌも嘆くような調子で同意した。
「まったくだぜ。ありえねぇよ。なんで、あそこで出会っちまうんだよ。あいつが出てきたら、一気にコメディーだぜ」
それから、リーヌは、ちょっと、さびしそうな声で言った。
「でもさ、その2人目の男ってのが、その女のことを、どう思ってんのか、わからねーんだ。
なんつーか。住んでる世界がちがう、みてーな感じがする奴でさ。
なに考えてんのか、ぜんっぜん、わからねぇんだ。
でも、きっと、あいつは、あの女のことなんて、どうも思ってねぇんだよな。
電話もかけてこねー。会いに来ることもねー。そこにいても話しかけてくることすらねぇ。
じつは、すげぇ嫌ってんのかも。
びびってんのは、まちがいねぇし。
あんな危なそうな女とは、ぜったい関わりあいたくねーのかも。
つーか、あの女といっしょにいたら、ほんとに、危ない目にあうからな。
あんな、へなちょこまぬけ野郎、なんかあったら、すぐ、へたうって死にそうだ。……だったらさ、むりに巻きこむわけには、いかねーだろ? 危ない目に、あわせたくねぇから」
「それで、迷ってらっしゃるんですね?」
「ああ。だって、決めなきゃいけないんだ……。その、あれだ。前回の話の最後が、その女が、告られたとこだったんだよ。で、次回、その、返事をするとこだから、あの女はどういたらいいのかなって……。次回はどうなるのかなって……」
ホブミは、リーヌのことばをさえぎって、言った。
「リーヌ様。私は、そのドラマの世界のことは知りません。けれど、もし私が、そのドラマの主人公の友人だったなら、私は、こう言います。
『あなたがどのような選択をしても、私はあなたの望みがかなうよう、全力でお手伝いをします。私が望むのは、あなたの幸せだけですから』。
そして、きっと、私は黙ってみてられず、かげにひなたに、こっそりその恋が成就するよう、お手伝いをするでしょう。
ただ、本音では、私はこうも思っているでしょう。
『その二人目だけは、やめた方がいいです。お願いだから、やめてください』と」
「そ、そうか……」
そこで、二人の会話は、いったん終わった。
おれに、ひつじくんが話しかけてきた。
『今の聞いた? ゴブヒコさん』
「あ、ああ。おどろいたよ」
『これで、わかったでしょ?』
「ああ。まさか、リーヌのやつ、ひとりでテレビドラマを見てたなんて!」
『え? テレビ?』
「ずるいぞ。どこで見てるんだろなー。おれもテレビ見たいのにぃー。おもしろそうなドラマだったなぁ。ヒロインは重病で死にかけてるから悲しい話みたいだけど。おれより、ずっとドジな男が出てるコメディーらしいからな」
いまいち、悲劇とコメディーがどうくっついているのか、わからないんだけど。
なぜだか、しばらく沈黙したあと、ひつじくんは、ぽつりと言った。
『ぼく、今、ちょっと、ホブミさんが、ただしいのかもって思っちゃったよ』
「え? どういうこと?」
ひつじくんは、つかれたような声で言った。
『なんでもないよ。だいじょうぶ。先生が言ってたよ。みんなちがって、みんないいんだって。そういう詩があるんだって』
「え? なに? 国語の話? おれ、国語はあんまりとくいじゃないんだけど。特に国語のテストの聞き取りとか、全然ダメだったんだよなぁ。0点とかしょっちゅうだったぁー」
『うん。たぶんそうだろうなって、ぼく、もう、よくわかってるよ。……だけど、人は、みんなちがって、得意なこともダメなとこもあるから、いいんだよね。ぼく、今日はちょっと、自信がなくなっちゃったけど。じゃあね。ゴブヒコさん。おやすみ』
ひつじくんは、そう言って、また眠ってしまった。




