4-27 荒野の夜
おれ達は、結局、日暮れまでに町にたどり着くことができなかった。荒地で野宿することになった。
ちなみに、リーヌのモンスターに嫌われる能力せいか、襲われることは一度もなかった。
地面にすわってリラックス中のおれ達の前には、大きなたき火が燃えている。
近くにあった立ち枯れた木を、シャバーが大剣でぶった切って、リーヌが素手で粉砕して、ホブミが魔法で火をつけて作った、たき火だ。
たき火の向こう側では、あいかわらずリーヌとシャバーが昔話とか、最近起こったことの話とかを、ふたりで仲良くお話している。
おれは、たき火のこっち側で、ひとり寝っ転がり、ネックレスを指でつかみ、小さな声でひつじくんに話しかけた。
「ひつじくん、ひつじくーん。起きてる?」
『どうしたの? ゴブヒコさん』
「あ、起きてた。なぁ、ひつじくん、あいつ知ってる? 今、リーヌとおしゃべりしてる、シャバーってやつ」
『うん。知ってるよ。シャバーはリーヌちゃんのお友だちだよ』
おれは、ひつじくんに、聞いてみることにした。
「あいつ、どういうやつなの?」
『シャバーはリーヌちゃんのお兄ちゃんみたいな人だよ』
とりあえず、彼氏とか恋人って返事じゃなかったことに、おれは少し安心した。まぁ、そういう相手だったら、リーヌは、はじめっからはっきりそう言っただろうけど。
でも、やっぱり、ちょっと、気になる。
「お兄ちゃんみたいな友達って……どういうこと?」
おれがたずねると、ひつじくんはくわしく教えてくれた。
『だいぶ前にね、リーヌちゃんが12才か13才くらいの時かな。シャバーと会ったんだよ。リーヌちゃんがシャバーを気に入って、ずっといっしょに旅をしてたんだ。シャバーは、リーヌちゃんより3つか4つ年上で、しっかりしてるから、お兄ちゃんみたいなんだ』
「へぇ」
リーヌとシャバーの関係はわかった。でも、なんか、まだちょっとひっかかる。
おれはもう、はっきり聞いておくことにした。
「ひつじくん。はっきり言って、リーヌはシャバーのこと、どう思ってるのかな?」
ひつじくんは、即答した。
『リーヌちゃんはシャバーが大好きだよ』
「はっきり言ってくれちゃったー!」
おれは思わず叫んでしまった。
「おれが、はっきり言ってって頼んだんだけど。はっきり言われると大ショーック!」
即座に、ホブミが、本を置いて、ぴしゃりと言った。
「ゴブヒコさん、しずかにしてください。読書の邪魔です」
「す、すんません」
おれは、ホブミに謝り、また小さな声でひつじくんに話しかけた。
「だだだだ、大好きって、どういう意味で?」
『どういう意味って?』
ひつじくんは、意味が分からないといった感じで聞き返してきた。
そりゃ、「大好き」の意味は「大好き」しかないよな。
おれは、別の聞き方をしてみた。
「じゃあ、リーヌは、シャバーについて、どんなことを言ってた?」
そこで、ひつじくんは、なぜか、困惑したような調子で言った。
『シャバーニ? ぼく、シャバーニのことは、よくわからないよ。でも、昔、リーヌちゃんは、「シャバーニのヨメにだったらなってもいいかも」って、言ってた気がするよ? だいぶ前だけど』
「嫁どぅわってぇーーー!」
おれが思わず叫ぶと、ホブミがまた、ぴしゃりと言った。
「ゴブヒコさん。これ以上さわぐようなら、沈黙魔法をかけますよ」
「やめてくれ。おれから、おしゃべりとツッコミを取ったら、もうほんと、いいとこないんだから」
ホブミはにっこりと笑って言った。
「安心してください。新しいチャームポイントが出現します。カウントダウンの数字が頭上に浮かぶ、おしゃれな沈黙魔法ですから」
なんか、そんな魔法、ゲームで見たな。うん。頭の上の数字がカウントダウンされていって、ゼロになると、死ぬ魔法……。
「それ、沈黙魔法じゃなくて、『死の宣告』だろ!」
「ちゃんと沈黙しますよ?」
「殺してるから! それ、殺して沈黙させてるから! この暗黒賢者!」
ホブミは、本に視線を落としながら言った。
「私の抹殺リストはまだ更新されていませんので。それに、騒音は、リーヌ様のお邪魔にもなりますから」
「ならないから。リーヌは、いつも人の話なんて聞いてないから」
それにしても、「嫁になりたい」って……。好きとか超えて、結婚したがってるじゃん!
あとはシャバーがリーヌのことを好きだったら、あすこにいるのは、すでに完ぺきに両想いの、結婚秒読みいちゃいちゃカップル以外のなにものでもないぞ?
ていうか、最初からいちゃいちゃカップルなのか? ひつじくんはお兄ちゃんみたいな存在って言ってたけど、「兄」と書いて「かれ」と読み、「兄妹」と書いて「ふうふ」と読むのか?
あぁ、なんだか、あの二人、恋人同士にしか見えなくなってきた……。いや、むしろ、もう新婚さん?
来年には子どもが生まれて3人家族になってそう……。
おれがそんなことを考えていたら、ひつじくんがおれに話しかけてきた。
『ゴブヒコさん』
「なに? ひつじくん」
おれは鼻をすすりながら、ひつじくんに返事をした。
『昔、先生が言ってたよ。他の子のことを気にするより、自分が全力をつくすことを考えた方がいいんだって』
「え? どういうこと?」
ひつじくんは言った。
『ゴブヒコさんは、全力を出した? 思ってるだけじゃ、ダメなんだよ。いろいろ考えるより、勇気をだして、ぶつかっていったほうがいい時も、あるんじゃないかな?』
「え? どゆこと? おれ、特攻攻撃とかしたら、まちがいなく、死ぬけど? しかも敵に与えるダメージゼロで」
ひつじくんは、おれを諭すように言った。
『ゴブヒコさん。ぼく、思うんだ。世界のこととか、他の人のこととか、ぜんぶわかってるような気がしても、本当はちがった、ぜんぜん知らなかった、ってこと、よくあるんじゃないかなって。たぶん、みんな、わからないのがふつうなんだよ。他の人のことも、自分のことも』
「え? うん? そだね?」
おれは、ひつじくんが、何を言っているのかわからなかったので、相づちをうっておいた。
ひつじくんは、しゃべりつづけた。
『昔、どこかのキツネくんが言ってたらしいよ。「たいせつなものは目には見えないんだ」って。でも、見えないものを見るのって、たいへんだよね』
「そりゃ、見えないんだもんな」
『うん。だから、じぶんがもってても気がつかなかったりするんだよ。どこにもないと思ってほしがっていたら、実はずっと前から、もらってたり。どんなにたくさんもらってても、気がつかなくて、足りないってさびしがってたり。たいせつなのに、目には見えないものだから』
「……ひつじくんって、哲学的な小学生だよね」
ひつじくんの発言の意味がよくわからなかったおれは言った。
『ただの、なぞなぞだよ』
と、ひつじくんは言った。
「なぞなぞ? 難しいなぞなぞだな」
『ゴブヒコさん。じぶんをごまかしてないで、はやく答えをみつけた方がいいよ。いつまでも時間があるわけじゃないんだ。永遠には、つづかないんだよ』
「え? なぞなぞ、時間制限があるの? でも、おれ、もうギブアップだよ。答えは?」
だけど、ひつじくんは、
『じゃあね。おやすみ』
と言って、眠ってしまって、答えは教えてくれなかった。




