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1-9 寄付

 いまにも崩れそうなボロ家の、雑草ボーボーな庭に朝日がふりそそぐ。

 がたついた木のテーブルのところに、この世のものとは思えないほどの美女が座っている。

 やわらかい金髪が朝の光でかがやき、寝起きの気だるそうな表情すら、神秘的に見える。


(遠目にながめてるだけなら、ほんとに美女なんだけどなぁ)


 そう思いながら、おれは朝食を運び、リーヌの前に皿をおいた。

 リーヌはいきなりブーブー文句を言った。


「おい、ゴブヒコ。トーストが半分しかねぇぞ? それに、ジャムとバターはどこだ?」


「ないっす。このトーストが最後の一枚だったんす。バターは2日前になくなっちゃったっす。忍びこんできたノラネコ1世になめとられちゃったんす。ベリベリジャムは、昨日、リーヌさんが、なぜかベリーダンスをしながら、ビンをベロベロなめて、きれいに空にしちゃったじゃないっすか」


「あんだよ。ちゃんと買い物行けよ、ゴブヒコ」


「買うお金がないんす! リーヌさんがあのお店を吹き飛ばしちゃったせいで! 損害賠償で有り金全部ふきたんじゃったんすから!」


 リーヌはのんびりと言った。


「あー。んなこともあったなぁ」


「あったなぁ、じゃないっすよ。どーすんすか。また食べるものにも困る貧乏生活っす」


 リーヌは口をとがらせた。


「うっせー。乙女は恥ずかしがり屋なんだよ」


「乙女は恥ずかしいからって、爆破しないっす」


 おれの言うことを無視して、リーヌは言った。


「そうだ。大家のジャムをいただこう」


 大家さんは、このぼろ家の一階に住んでいて、キッチンは共用だ。

 でも、キッチンには、「他の人の食べ物を食べるの禁止!」って貼り紙が貼られている。おどろおどろしい赤い文字の貼り紙が。ちなみに、部屋を借りているのは、リーヌしかいない。


「ダメっす。こっそり盗んでも、絶対、バレるんすから。あとがこわいっす。大家さんを怒らせたりしたら、おれが何されるかわからないっす。おれは、たんぽぽの綿毛なみにか弱いゴブリンなんすから。ある朝起きたら、おれのバラバラ死体が綿毛のように風にふかれてる、なんてことになりかねないっすよ?」


 リーヌはあわてて叫んだ。


「ななななにぃー! ゴブヒコバラバラ殺人事件だと!? 名探偵はどこだ? 名探偵を呼べ!」


「なんで探偵呼んでんすか! おれが死んだ後で謎を解かれたって、意味ないっす。てか、最初から犯人わかってるし。だいたい、名探偵なんてきたら、第二第三の殺人事件が起こるっすよ?」


「そうなのか?」


「そうっす。名探偵って、そういうもんなんす。だーかーら、大家さんのジャムをいただこうなんて悪いことは考えちゃだめっす」


「でも、ジャムなしじゃ、やーだー。ジャムなしのトーストなんて、やーだー」


 だだっ子のように言いながら、リーヌがフォークで皿をつつくと。皿はもちろん、テーブルにまで、穴があいた。


「んな、わがまま言わないで、パンがあるだけありがたくおもって、とっとと食べてくれっす」

 

 そう言いながら、おれが食べだすと、おれの足の下にノライヌ1号がよってきた。

 この家には柵はないから、ノライヌもノラネコもかってに入ってくる。

 そして、おれが庭で食べていると必ず数匹のノライヌがおれにからんでくる。


 おれのひざの裏を、もふもふしたノライヌ1号の頭と背中がこすっていった。

 おれの足下に落ちているパンくずを食べているっぽい。


 反対側から、ノライヌ2号もやってきた。強気のノライヌ2号は、おれの足にあごをのせて、「おい、そのパン、よこせよ」と、目でおれを脅してしている。


「あげないぞ。これしか食べ物ないんだから」


 おれがノライヌ2号と視線を戦わせていると、リーヌはおれに言った。


「いーなぁ~。アタイに、モフモフ1匹よこせ」


 リーヌはとにかく動物に嫌われる。

 なのに、リーヌはノライヌ1号のもふもふした背中にさわろうと手をのばした。

 ノライヌ1号は、その気配をさっして、跳びあがるように逃げだした。

 

 そして、逃げようとしたノラ犬1号の体は、おれの足に激しくぶつかった。

 その衝撃で、なんと、おれの手からトーストが、スポーンと飛んでった。


「あーーー!」


 ノラ犬2号が、空中で華麗にフリスビーをキャッチするように、おれのトーストをキャッチして、走り去って行った。


「おれのトーストがーー! もうパンはないのにぃーー!」


「モフモフがーー! 2匹ともいなくなっちまったぁーー!」


「それより、おれのパンがぁ……。あ、リーヌさん。ジャムがないといやなら、そのトーストはおれが……」

 リーヌはペロリとただのトーストを飲み込んだ。


 さて、そんな感じで一日が始まったある日。

 おれは部屋でごろごろしているリーヌに言った。


「あーあ。おなかへったなー。それに、寒いし。テイマーだったら仲間モンスターの衣食住くらい保証してくれっす。だいたい、ぼろの腰布一枚とか、色々と寒すぎるし。見た目的にありえないっす。もっとおれに紳士的な服を着せてくれっす」


 おれにファッションの知識やセンスはほとんどないけど、この腰布一枚ファッションがありえないってことだけはわかる。

 ていうか、前の世界でこれだったら通報されちゃう。


「もう強い装備とか言わないっすから。せめて、はずかしくなくて、寒くない、ふつうの服を入手してくれっす」


リーヌは、ベッドの上から、ごろんとおきあがった。


「しかたねぇなぁ。じゃあ、ちょっと待ってろ。アタイが集めてくるよ。いい考えがあるんだ」


 予想外にリーヌが素直にベッドから立ちあがったため、おれは逆に不安になった。


「え? いい考えってなんすか? なぜかいやな予感しかしないんすけど」


「ないしょだ。ヒントは、昨日の大家だ」


 大家さんは昨晩、家賃の取り立てにきてたけど、特に思い当たることはない。

 おれが考えていると、リーヌは言った。


「じゃ、行ってくるぜ。おまえは邪魔にしかならないから、部屋で掃除でもしてろよ」


 そう言ったリーヌは自信に満ちていたので、おれはますます不安になった。


(おれはいかなくていい?)


 いつもやたらとおれを連れ歩こうとするリーヌが。

 おれは、ますます不安になった。


 リーヌはふだん、やたらと、おれを連れ歩きたがる。

 こんなに醜くて弱くて、おれだったら、いっしょにいるのが恥ずかしいゴブリンなのに。

 リーヌはいつも、「だって、おまえがいないと、テイマーのくせに仲間モンスターがいないって思われるだろ」とか言って、おれを連れて行くのだ。

 なのに、今日は、おれに、家にいろ、と言う。 

 あやしい……。


 さすがのリーヌも、過去の戦いから、おれが手まといにしかならないことを理解したのかな?

 それはそれで、さみしいような感じもする……。


 でも、リーヌと外出して死にたくないので、なんだか違和感を感じつつ、おれは素直に家に残ることにした。


「じゃ、リーヌさん。お願いするっす。適当にお金をかせいで、おれに流行シルエットのオシャレ服でも買ってきてくれっす。フツメンでも服装で雰囲気イケメンになれるっていうっすから。おれでも、いい服を着れば、雰囲気フツゴブくらいになれるかもしれないっす」


「おう。まかせろ。いい服ゲットしてやるぜ」


 なんだか違和感と不安を感じつつも、おれはリーヌを見送り、家に残った。



 数時間後、リーヌは大量の装備をもって、家に帰ってきた。部屋の中に小山ができてしまうくらいに大量だ。

 だけど、おれがたのんだメンズオシャレ服はない。

 うす汚れた冒険者の装備っぽいものばかりだ。防具がほしかったんだから、これはこれで、いいんだけど。どう見ても新品ではない。


「リーヌさん。これ、どうしたんすか? 古着屋行ったんすか?」


「道でゲットしたんだ」


「道? いやいや、道にアイテムなんて落ちてないっすよ?」


 この世界はゲームみたいな経験値やレベルの概念はあるけど、ゲームと違って、アイテムや装備が道におちていることはない。


「だから、もらったんだよ」


 リーヌは当然のことのように言った。


「道で装備をもらえるんすか?」


 おれが知らないだけで、そういう場所があるのか? 

 まぁ、この世界について、おれはたいして知らないもんな。

 素直にそう思ったおれは、馬鹿だった。


「おう。寄付のお願いをしたんだ。通りがかる冒険者たちに、『かわいそうなゴブリンに装備の寄付を』ってお願いしたら、みんな心よくおいてってくれたぞ」


「寄付?」

 

 そういえば、昨夜大家さんは、家賃と一緒に寄付を取り立てようとしていた。家賃すら払えないから寄付なんて無理って、おれが説得したんだけど。

 リーヌはそれで「寄付のお願い」を思いついたらしい。


 うーん。リーヌはあくまで、寄付のお願いだという。

 自分のために寄付のお願いをすること自体、どうかと思う……というか詐欺だと思うけど。

 おれの脳内には、リーヌの「寄付のお願い」の光景が浮かんだ。


~~~


 道に仁王立ちして、冒険者たちにむかってリーヌが怒鳴っている。


「おらー、装備おいていけー! かわいそうなゴブリンに装備よこせー!」

 

 冒険者たちは、とまどっている。


「え? なに? とつぜん?」

「なんでゴブリンに寄付?」


 すると、ドカーンと一発、リーヌが地面やその辺のものに大穴をあけた。

 そして、ふるえあがった冒険者パーティーは、ありったけの装備を道において逃げていった……。


~~~


 うーん。これって、寄付? 

 強盗っぽいけど? 追いはぎみたいだけど? 


 もちろん、これはおれの勝手の想像だ。

 でも、リーヌがかわいい声で「寄付をおねがいしまーす♡」なんて言ってる姿は、どうやっても想像できない。

 おれは、リーヌにたずねた。


「リーヌさん、ひとつ聞いていいっすか? なんでおれをつれていかなかったんすか?」

 

「そりゃ、あれだ。今朝、大家から、『寄付のお願いは、かわいい子がすると効果UP!』って聞いたからだよ」


「なんすか? その身も蓋もない説」


「大家はかわいいから、募金が集まるらしいぜ」


「うわー。大家さんのそのあふれ出る自信。すこしわけてほしいっす」


 大家さんは、たしかに、そこそこきれいな女性だけど。リーヌほどは美人じゃない。


「だからさ、おねがいする時に、おまえがいたら、効果ダウンするかもしれねーだろ?」


「うわっ、ぐさっときた。でも、たしかにー。おれを見たら、誰もゴブリンに寄付なんてしてくれないかも。いや、でも、あまりにかわいそうな顔すぎて、むしろ効果UPするかも? って、言ってる自分がかわいそうになってきたっす。じゃあ、ほんとうに、ほんとーに、リーヌさんは、装備をください、というお願いをしただけなんすね?」


「おう」


 おれはリーヌを疑って申し訳なく思った。

 リーヌはおれのために、わざわざ道行く人に頭を下げて装備をもらってきてくれたのだ。

 それを疑うなんて。


「疑って悪かったっす。じゃあ、ありがたく試着してみるっす」


 おれはリーヌが持ち帰ってきた装備をみわたし、防具を探した。

 そこで、おれは驚いた。


「ちょっ、リーヌさん。なんで『水色たてじま模様のトランクス』があるんすか!?」


 道行く人が、下着を持ち歩いていたのかな……。まぁ、旅の途中だから、持ってても不思議はないけど……。


 リーヌは、苦い顔をした。


「なんかさ、パンツ脱いで、まっぱになって走っていったのがいたんだぜ。あれって露出狂ってやつだよな? こえーな」


 うら若い美女を襲う露出狂は許せない。

 でも、おれの頭の中には別の絵が浮かんでいた。


「リーヌさん。おれのまちがいだったら、悪いんすけど。なぜか、おれの頭の中には、『みぐるみ全部おいていくので命だけはー』と叫びながら、股間をおさえて逃げていく冒険者の姿が、浮かぶんす……」


「たしかにそんなこと言ってたな」


「やっぱりそうか! やっぱりあんた強盗してるじゃないっすか! なにが、『露出狂、こえーな』っすか! あんたがパンツもぎとってるんじゃないっすか! てか、そんな生あたたかい取り立てほやほやのパンツもらっても着用したくないし!」


 おれは、そのままリーヌに説教しようと思った。

 だけど、その時、視界に別のものが入った。

 そこには、『とてもいえないほど色っぽい女性用下着』があった。


「あ、こっちは女性用の下着だ。すんごい色っぽい。まさか、これも、はぎとりたて……?」


 おれが、それを手にとろうとすると。リーヌはすかさずおれから、『とてもいえないほど色っぽい女性用下着』をうばいとった。


「ちょっ! なにするんすか! ……まぁ、別に。そんなの、おれは、興味、ないっすけど?」


 リーヌは、おれをバカにしたような目で見ながら言った。


「なら、いいじゃねぇか。エロヒコ。言っとくが、これはちゃんと、もらったんだぜ。80歳くれーのばあさんが、『それじゃ、わしの秘蔵の下着を、かわいそうなゴブリンにくれてやろう』って言って、くれたんだぜ? 感謝しろよ?」


「あ、そーだったんすか。それじゃ、おれはほんとーにそれには興味ないっす」



 さて、なんやかんやで結局、おれはリーヌが持ってきた装備の中から革の防具一式を装備した。

 鉄の装備は手にしただけでも重すぎて、動けそうになかったからだ。


「いやぁ、皮膚がかくれるだけでもだいぶ安心感が増すっす。じゃ、次は武器をっと」


 おれは、近くにあった鋼の剣を手にもった。

 だけど、すぐに手から落とした。


「あれ? おかしいな」


 おれはふたたび剣を手にとった。

 だけど、すぐに剣が手からすべり落ちてしまう。重たいというより、なにか不思議な力でするっと落ちていく。


「ひょっとして……」


 耳元で、例の声が響いた。


「そう、装備にはレベル制限がありまーす!」


「あ、青い妖精! レベル制限だとぉ!」


 おれの声を聞いて、リーヌが叫んだ。


「なにぃ! レベルセーゲンだとぉ! ……それはなんだ? どこの町だ?」


「知らないんすか? レベル制限? ……ええ、知らないっすよね。リーヌさんっすから」

 

 おれは青い妖精にたずねた。


「じゃあ、この中でレベル制限のない装備はどれ?」


 青い妖精はおれに告げた。


「今着てる革の防具と、木のこんぼうよ。あ、そこの『水色たてじま模様のトランクス』もだいじょうぶ。だけど、『水色たてじま模様のトランクス』の上にはなにも装備できないから気をつけて」


「なんでそこだけあのゲームを忠実に再現してるんだよ! 下着は服の下に着るもんでしょ! パンツ一丁じゃ外歩けないよ! それに、木のこんぼうって最初から装備してるやつだろ? 今は亡きゴブリン先輩がくれたやつ。他にはないのかよ」


「ありません。あなたに装備できるものは、ありません」


 青い妖精は容赦なく即答した。


「ちょっと待ってよ。そんなにシビアなの? おれが装備できる武器がこれだけってことは……」


 おれの攻撃力は装備でこれ以上強化できないということだ。

 レベルを上げない限り。

 しかも、とどめをさした人経験値総どりというシステムのせいで、おれは自分で敵を倒さない限り、レベルをあげることができない。

 おれは、レベル1のスライムだって倒せないんだから、レベルはあがらない。

 だから、これ以上強い武器は装備できない。


 この負の無限ループ……。


「これって、つんでない?」


「そーねー」と同意して、青い妖精は飛び去った。


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