4-22 サイゴノ町を出発
リーヌは、動けない犬侍の、ふわふわもふもふな頭に顔をすりつけた。
「もふっもふ、どぅわ~」
リーヌは、うれしそうだけど。
「ぐはぁっ」
賞金稼ぎのシロは血を吐いた。ホブミが冷静な声で言った。
「今ので、ざっと2000のダメージですね。シロの残りHPは1500くらいでしょうか」
リーヌがもう一回、ほおをすりよせたら、シロは死んでしまう。
もう猶予はない!
おれは、大急ぎで、リーヌのそばに駆け寄り、両手を大きくふりながら叫んだ。
「ストーップ! そこでストーップ!」
リーヌは、おれの方にふりかえって言った。
「あんだよ、ブヒブヒゴブヒコ。アタイは今、いそがしーんだ。念願のモフモフを、これでもかってくらいに、ぞんぶんに、もふり倒して……」
おれはめげずに手をふりつづけた。
「ほんとに、もふり倒しちゃうからダメっす! ここでレフェリーストーップっす! 試合終了ーっ! カンカンカーン!」
「なに? TKOなのか?」
リーヌは両手でシロをおさえたまま、おれにたずね返した。
「そうっす。戦いは終わりっす。さぁ、チャンプ、とっとと、おやつを買いにいくっす!」
リーヌは即答した。
「却下! アタイはもふる! こんな極楽もふもふ、はじめてだぜ。こいつは、手がはなせねぇー。永遠にもふってられるぜ!」
シロはすんごい手触りがいいんだろうなぁ。リーヌはシロから両手をはなさない。
「ぐぅぁあぁーー」
と、シロは断末魔みたいに超苦しそうな声をあげているけど。
「だ、だめっす。完全に動物虐待、これ以上は人道的に許されない……。えーっと」
おれは、なんとか、リーヌの注意を引けるものがないかと、あたりをキョロキョロみまわした。
シロの横に落ちている刀が目にとまった。さっきまで、シロが両手にもっていた2本の刀だ。
それを見て、おれは、思い出した。
「そうだ、刀っす! 刀っす! この刀を装備して、おれも雰囲気かっこいいゴブリン侍になるっす! さぁ、リーヌさん、今から装備するっすから、おれがかっこいいゴブリン侍になったら、盛大な拍手をおくってくれっす」
リーヌは、あわてふためいた。
「なに!? あ、あの激弱ゴブヒコが、ついに、進化するのか!? ど、どうすりゃいいんだ? たしか、Bボタンを全力で押すんだったよな? ボタンはどこだ?」
リーヌは前から右から左から、おれの服をじろじろと見た。どうやら、Bボタンを探しているらしい。
おれは、大きく息を吸ってから、一気につっこんだ。
「Bボタン連打は、ポケモンの進化キャンセルっす! 押すのは服のボタンじゃないし、だいたい、この布の服にBボタンなんてないけど、あっても押しちゃだめっす! 進化キャンセルしてどうすんすか? しかも、リーヌさんが全力で押したら、進化だけじゃなくて、おれの命がキャンセルされちゃうっす!」
「なに? ボタンが違うのか? じゃ、なにを押せばいいんだ?」
「なにも押さないんっす! 押しちゃダメっす! って、言ってるそばから、おれの鼻を押そうとしないでくれっす! 鼻が陥没したゴブリンになっちゃうっす! ゾンビゴブリンになっちゃうっす!」
おれは上体を左右にふり、リーヌの人差し指をよけた。
「なんだ、それ、ボタンじゃねぇのか?」
「どう見てもちがうでしょ! おれの顔にボタンなんてついてないっす!」
なにはともあれ、リーヌの手をシロから引き離すことはできた。
あとは、おれのかっこい侍姿にリーヌが見惚れれば、バッチリだな。
「いいっすか。リーヌさんは、ただ、おれがかっこいいゴブリン侍になった姿を見て、ほめてくれればいいんす」
そう言いながら、おれは、刀をもちあげようとした。刀って、もってみると、けっこう重たい。
両腕でがんばって刀をもちあげながら、おれは、何かがおかしいことに気がついた。
「あれ? この刀、2本くっついて、離れない……」
2本の刀は、刀身が途中でくっついてしまっていて、しかもぐにゃりと曲がっている。
どうやら、シロの攻撃を受け止めた時に、リーヌが破壊してしまったようだ。
これは、もう、刀じゃないぞ。
おれは、もちあげた、変な物体を見ながら、つぶやいた。
「これじゃ、巨大なハサミっす。なにも切れないけど」
これじゃ、全然かっこいい侍なんかになれない。
「たしかにー。カニカニカニヒコだな」
リーヌは、両手でハサミをつくってカニ歩きをした。
突然、賞金稼ぎのシロがうなり声をあげ、はるか後方に跳び退いていった。マヒ状態から回復したらしい。
「この、屈辱を、俺は決して忘れない。俺は修行をして、必ず強くなる! 次は絶対におまえを倒す!」
なみだを目にため、そう叫ぶと、しっぽをすっかり足の間にまきこんじゃった賞金稼ぎのシロは、走り去って行った。
シロの姿が視界から消えると、リーヌはおれに文句を言った。
「逃げられちったじゃねーか。もふもふぅー。あいつ、極楽もふもふだったんだぜ?」
「たしかに、おれもさわりたいくらい、ふわっふわ、もふっもふだったっすけど。リーヌさん、もふりながら、むっちゃダメージ与えてたじゃないっすか。あれじゃ、拷問っす。わんちゃん虐待はよくないっす。動物虐待で逮捕されるっす」
と、言いながら、おれは無事リーヌの野望を阻止できたことに、ほっとしていた。
その時、武器防具屋のドアが開き、おれの防具を手にした防具屋の少年店員が出てきた。
「お客さーん。修理が終わったよー」
装備マニアの店員君は、そこで、おれが手にもっている刀の残がい、に気がついた。
店員君は、あわてて駆け寄ってきた。
「そ、そそそ、それは、伝説のコボルト族の刀匠、武羅雨の刀!? ……だった鉄くずだぁー!」
「これ、そんな、いい刀だったの?」
おれが聞き返すと、防具屋の店員君は、猛烈に涙をながしながら、うなずいた。
「世界に8振しかないといわれている武羅雨の刀だよ。コボルトの里ナンソーは刀の生産で有名なんだけど、その中でも伝説といわれる刀……。なんで、なんで、武羅雨の刀がそんな悲惨なことに?」
「おれにもよくわからないんだけど。たぶん、雷撃とリーヌさんのばかげた力の相互作用っすかね?」
「リーヌ様が雷撃を反射し、刀の接触部分に大きな熱エネルギーが集約されたために溶解してしまったようですね」
いつの間にか近づいてきていたホブミが、なんだか小難しい解説をしてくれた。
防具屋の店員君はすすり泣きながら言った。
「武羅雨の刀は、どれも1本500万Y以上の値がつくんだ」
おれはおったまげた。
「えぇえええーーーー! そんな高級品なの!? じゃ、これで1000万!?」
おれは、かつて刀だったものをもちあげた。
「こんな状態じゃ、もう、無価値だけど。どうやっても、元にはもどせそうにないよ」
装備マニアの少年は、大きなため息をついた。
おれも、すっかりがっかりしてしまった。
「なんてこった。がっかりっす。……でも、賞金稼ぎのシロも大損だな」
ホブミは冷たく言い放った。
「リーヌ様に挑むなどという愚行の、当然の報いです」
「たしかに、むこうから襲ってきたんすけど。でも、リーヌさんが強すぎるせいで、どう見ても、リーヌさんがいじめてるようにしか、見えなかったっす」
「あいつ、モフモフだからな。しかたねぇよな。あんだけモフモフなモフモフだからな」
なぜか、リーヌまで、おれに同意した。
その時。ふたたび武器防具屋のドアが開いた。
そこにいたのは、武器屋のおやじだ。
「あ、そういえば! なんか武器屋で、大変な状態だったっす……」
「おい! 魔女! おまえが破壊した武器の代金と店内の修理費用、200万Y! 耳そろえて払ってもらおうか!」
武器屋の怒鳴り声を聞き、リーヌは即断した。
「逃げるぞ!」
おれは、防具屋の店員から防具を受け取り、すでに走り出していたリーヌとホブミの後を追って、一目散に逃げ出した。
こうして、おれたちはサイゴノ町を旅立った。




