4-15 防具屋 1
ホテルを出た所で、おれは重要なことに気がついた。
「そうだ。リーヌさん、大事なことがあったっす。旅に出る前に、買い物に行くっす」
リーヌはうなづいた。
「そうだな。大事だな。お菓子をいっぱい買わねーとな。お菓子がねぇと、遠足ははじまらねぇもんな」
「そうそう、遠足にはおやつが必須……って違うっす! 遠足じゃないっす! ……遠足気分だったんすか?」
「おう」
「別に何か目的がある旅じゃないから、遠足といえば、遠足かもしれないっすけど。ま、いいや。とにかく、おれの装備を買ってほしいんす。ほら、こないだ、メタル牧場の戦いで、おれの防具、壊れちゃってるから」
家にいる時は、布の服でもよかったんだけど。旅にでるなら、防具くらいないとな。ちょっとでも防御力を強化しとかないと、おれ、なにげなーく、死にそうだからな。
「んなもん買ったら、おやつが買えなくなるじゃねーか」
と、リーヌは文句を言った。
「たしかに、大家さんに修理代をぼったくられて、だいぶ貧乏になりかけてるっすけど。リーヌさん、おやつとおれの防御力、どっちが大事だと思ってんすか? おれの弱さはよーくわかってるっすよね?」
そこでホブミが言った。
「ゴブヒコさんの防御力は、どうせ防具くらいでは大してかわりません。でも、リーヌ様のおやつでしたら、私がいくらでも買いましょう」
「じゃ、むっちゃモンブランとおやつの後で、ヨワヨワヒコの服を買うか」
というわけで、おれ達は出発前にケーキ屋さん駄菓子屋さんと武器防具屋に寄った。
ケーキ屋さんで緑色のモンブランをホブミに買ってもらって、リーヌはうれしそうに言った。
「むっちゃモンブランは緑なのか。むっちゃモンブランな季節は夏なんだな」
「そういえばモンブランって山の名前なんすよね。雪におおわれている白い山らしいっすけど。夏山だから緑なんすか。なるほど、むっちゃ……なんかそこに、抹茶モンブランって書いてある気がするっすけど? なんかおれもリーヌさんにだまされてむっちゃモンブランだと思ってたけど、むっちゃじゃなくて、抹茶なんじゃ……」
さて、その後、おれたちは武器防具屋にむかった。
以前行こうとしたときは、途中でリーヌがかわいいお店をふきとばしてしまってたどり着けなかった、武器防具屋だ。
武器屋と防具屋は同じ建物の中に入っていて、中でつながっている。
おれ達が武器屋に入ると、店内の冒険者たちがぎょっとしたようにこっちを見て、ささやきだした。
「おい、あれ。あの『町はずれの魔女』じゃねーか?」
「町の中で突然襲ってくるっていう、あの?」
「数々の勇者パーティーを葬ってきたっていう……」
「やべぇ、早く逃げようぜ。魔王城行く前に全滅させられちゃ、たまらねーぞ」
「それどころか、命よりも大切なもの奪っていくっていうじゃないか」
そそくさと、冒険者たちが店から去って行く。
いかつい武器屋の店主が、苦虫かみつぶしたような顔で、おれ達の前に立った。
「おい、魔女。営業妨害だ。とっとと出て行ってくれ」
リーヌは武器屋のおやじにメンチを切った。
「うっせーな。アタイは買い物に来たんだ。文句あっか?」
ケンカの売買をはじめたリーヌを、おれは、なんとかなだめて、防具屋の方に連れて行った。
「リーヌさん、いきなり、武器屋のおやじとケンカしないでくれっす。装備を売ってもらえなくなっちゃうっす。えーっと、おれはどの防具を装備できるんだろ……」
おれは、防具を眺めながら、気がついた。
「そういえば、おれ、ステータスはあがってなくても、レベルは66なんすよね。てことは、レベル制限はほとんど気にしなくても……」
そして、おれは、気がついた。
「えー!? てことは、おれ、魔王城から帰ってきた時点で、なんでも装備できる状態だったの!? てことは、あの部屋の中の、ゴミ山みたいだった装備の山から装備しておけば……。しまったぁ!」
すでに装備の山は大家さんに処分されちゃったから。
おれが後悔していると、防具屋の店員の少年が、おれに言った。
「お客さん、種族制限と職業制限もあるの知ってる?」
「え? そんなの、あるの?」
「あるよ。他にも装備ごとに細かく制限がかけられていることがあるんだ。職人が、制限を厳しくすることで装備の性能をあげる『縛り』をかけていることもあるしね」
防具屋の少年店員はそう言った。
この世界の仕様をよくわかっていなかったおれは衝撃を受けた。
「じゃ、いくらレベルあげても装備できないものがあるってこと?」
「だめなものはだめだよ」
おれは、それを聞いてふと思った。
「じゃ、ひょっとして、あの勇者の盾もおれは装備できないかもしれないのか……?」
「勇者の盾? なに? それ?」
防具屋の少年店員は興味しんしんだ。
(これ、早めに確認しておいたほうがいいよな)
おれはホブミに頼んだ。
「ホブミ、あの盾を貸してくれよ。装備できるか、試してみたいから」
どうせ装備できなくてがっかりするなら、早めにがっかりしといた方がいい。
でも、ホブミはきっぱりと言った。
「お断りします。それに、あの盾には、私とリーヌ様以外が触れた時には即死魔法が発動するようにトラップをかけてありますから」
「そんなトラップがかかってたの!?」
リーヌの部屋で見つけた時、手に取らなくてよかったぁ……。もうちょっとで、おれ、死んでたぞ。
おれは、そこでふと思った。
あれ? でも、あの盾、すんごい邪魔な、部屋のど真ん中に置いてあったんだよな。
掃除するには、どかさなきゃいけないような場所に。
リーヌが家を大破させちゃったせいで、掃除を中断したからよかったけど。
そうじゃなかったら、おれ、掃除するときに、さわっちゃって死んでたぞ!?
おれは、ホブミに文句を言った。
「ホブミ、その盾をリーヌさんの部屋に放置してただろ。おれが掃除の時に盾をどかしてたら、おれ、死んでたじゃん!」
ホブミはにこっと笑った。
「それは、不運な事故ですね。残念です。……そうならなくて」
「事故ですますな! ……じゃなくて、おれが無事なことを残念がるな! 確信犯か!」
その時。とつぜん、防具屋の少年店員が、ホブミの胸をゆびさして叫んだ。ちなみに、ホブミは体形が一切わからないくらいにズトンとした賢者用の服を着ている。
「お、お姉さん! お願いです! お願いだから、その服の中を見せてください!」
おれは、即座に叫んだ。
「店員君。気持ちはわかるが殺されるぞ。いや、死ぬよりひどい目にあわされるぞ。そのお姉さんは、性格が暗黒冷酷残酷コクコクコックリさんもビックリコックリな暗黒っぷりなんだ!」
防具屋の少年店員は、あわてて言った。
「その、盾のことです。服の中に仕込んである。見せてくれたら、全品1割引きにしますから、お願いです。その盾を見せてください」
「あ、そだったの? 盾を、服の中に仕込んでたのか」
おれが拍子抜けしたところで、ホブミがギロリとおれをにらんだ。
「ゴブヒコさん、なにを想像したのですか? やたらとコクコクいいながら性格が暗黒とか言っていたようですが?」
「た、盾の話っす。すんごい盾の話っす。あとは、あんこ好きのコックリさんの話をしてただけっす。コックリさんは和スイーツ派でびっくりって話っす!」
あまりにホブミが怖い顔だったので、おれは思わずていねいな口調になってしまった。
おれは、防具屋のバイト君に小声で注意しておいた。
「店員君、言葉には気をつけろよ。誤解されたら大変だからな。どっかの外道な教会の強制労働所送りにされちゃうぞ」
防具屋の店員は、素直にあやまった。
「すいません。レア装備の気配を感じたから。つい、夢中になっちゃって」




