1-8 お買い物
こうして、リーヌは冒険者ギルドからけっこうな金額の報酬を脅し取った。
滞納していた家賃と食費を払っても、まだお金はたくさん残っていた。
そこで、おれはリーヌに提案してみた。
「リーヌさん。おれの装備を買ってくれっす」
「あん?」
リーヌはめんどくさそうだ。ベッドの上でごろごろしたまま、起きあがる気配もない。
「だってこのままじゃ、おれ、戦場で生きていける気がしないっす。リーヌさんは、おれの実力を考えずに、とんでもないところにつれて行くし。せめて装備で防御力だけでもあげないと、次はおれのはかない命が散るっす」
「墓がねぇ? 墓くらい、アタイがたててやるよ。わりばしで」
「いや、墓がほしいわけじゃないっす。墓なんてたててないで、殺さないように……てか、お墓、わりばし!? 小動物のお墓じゃないんすから。ゴブリンサイズのを用意してくれっす」
ついつい、つっこんでしまったけど、おれは本題に戻った。
「って、そういうことじゃなくて。おれ、前回の一戦で思いついたんす。ひょっとして、この世界ってレベル依存のRPG的世界じゃなくて、実は装備で強くなる狩りゲー仕様なのかもって。まぁ、経験値は存在するっぽいからRPGっぽいけど。でも、RPGでも装備補正の方がレベルより重要な世界もあるし」
リーヌは、大きくうなずいた。
「ゴブリン語か。なに言ってんだか、さっぱりわかんねぇな。やっぱ、アタイはゴブリン語はわからねぇみてぇだ」
「この世界のゴブリンは、人間と同じ言葉を話してるっす!」
「なに? じゃ、ゴブヒコ語か」
「いや、だから。おれはリーヌさんと同じ言葉を話してるっす。ほら、今、おれたち、会話してるっす」
リーヌは、あっさり言った。
「そだな。でも、さっきは、なんにもわからなかったぞ。で、なんて言ってたんだ?」
「だから、おれを装備で強化するんす。レベルが低くても、装備が良かったら強くなれるじゃないっすか。そしたら、おれもスライムくらいとなら戦えるようになるかもしれないっす」
それどころか、リーヌの力で手に入れられる強い装備を身に着ければ、一気におれは最強のゴブリンに成り上がれるかもしれない。
「そーびで、今日、かする???」
だけど、リーヌはなんにもわかってなさそうだ。
おれは簡単に言った。
「おれに強い武器と防具をくれっす!」
「武器がほしーのか。じゃ、そう言えよ」
ようやくリーヌは理解した。
「言ってたっす。ずっと、そう言ってたっす。さ、おれに新しい装備を買ってくれっす。じゃないと、おれはもう二度と家から出ないっすよ?」
「しかたねぇな。じゃあ、買いに行くか」
リーヌはベッドから起き上がって、背伸びをした。
というわけで、おれたちは買い物にいくことになった。
武器屋も防具屋も、町の中心のショッピング街にある。おれたちが住んでいるサイゴノ町は、けっこう大きな、ヨーロッパ風の建物が並ぶ町だ。
町はずれは、木造やレンガの家が多いけど、町の中心部には、石造りの大きな建物もたくさん並んでいる。
いつものことだけど、リーヌと町を歩いていると、視線が気になる。
町の中心に向かって歩いていると、たくさんの人が、いやそうな顔でこっちを見てくる。
リーヌがこの町では悪名高いっていうのと、ゴブリンが歩いているっていうので、ダブルで注目をあつめるのだ。
しかも、おれは耳がいいので、こそこそ話がしっかり聞こえてしまう。
「ママー、すんごいブサイクな緑の人がいるよー」
「あれはゴブリン。絶対に近づいちゃダメよ」
「おい、あれ、町はずれの魔女だろ?」
「すげぇブサイクなゴブリンを連れてやがるな。目が腐りそうだ」
散々な言われようだ。
たしかに目が潰れそうなブサイクゴブリンなんだけど。
おれは、前の世界でのことを思い出して、少しへこんだ。
人間の頃のおれはコミュ障で、運動神経ゼロ、顔も今よりはましだけど、イケメンというよりはブサイクで、おでこに小さいあざまでついていた。
おれは、そのあざをからかわれているうちに、人に顔を見られるのが怖くなって、視線がこわくなったのだ。
もちろん、ひきこもったのは、そのせいだけじゃない。
だいたい、学校に行ってもいいことなんて何もなかったのだ。おれはコミュ障で、なにかと嫌われたり騒ぎになったりするし。いつでも、ぼっちだし。
だから、おれは引きこもることにしたのだ。
どうせひとりなら、本当にひとりでいた方がさみしくない。まわりがみんな友達と楽しそうにしている中でひとりでいる方がさびしい。
人としゃべっても、ぜんぜんわかってもらえなかったり、誤解されたり、怒らせたり泣かせたりするほうがさみしいし、お互いのためにならない。だったら、まったく人と話さない方がいい。
だから、家に引きこもって、おれは楽しく暮らしていたのだ。ネットが発達してる現代日本では、外に出なくたって十分楽しく暮らせるから。
(まぁ、いいや。人間だった時のことなんて、忘れよう)
あっちの世界のことを思い出したら気分が落ちこんだので、おれはそう思った。
今のおれは異世界にいるんだ。
あんな世界のことなんて忘れよう。
そう。今のおれは最弱のゴブリンだ。最上級にブサイクなゴブリンだ。
そして性悪狂暴な元・魔王に捕まって、こきつかわれているのだ。
……あれ? この世界でも何もいいことなくない? むしろ、前の世界より、だいぶひどくなってない?
でも、そのわりに、なぜか毎日、楽しいな。
そんなことを考えている内に、武器屋・防具屋の看板が見えてきた。
「あれっすね。……あれ? リーヌさん?」
いつの間にか、いっしょに歩いていたはずのリーヌが消えていた。
おれはあわててリーヌを探した。
おれたちが今いるのは、家族連れもよく来るショッピング街だ。
こんなところでテイマーとはぐれたら、おれは、はぐれモンスターとして討伐されてしまう!
おれが町の人と戦闘になったら、おれは、もう、100%瞬殺される自信がある。
冒険者の出番なんてない。その辺の子どもだって、おれより強いから。
おれはあせった。
だけど、リーヌは意外とかんたんに見つかった。
「いた。よかったぁー」
リーヌはひとりでショーウィンドウをのぞきこんでいた。
おれは、リーヌに声をかけた。
「なに見てるんすか? リーヌさん。おれをおいてかないでくれっす。おれを放置したら、いつのまにか、おれの死体が路上に転がってたりするっすよ?」
リーヌは、ショーウィンドウに気をとられていて、返事をしない。
リーヌが見ているショーウィンドウには、とってもかわいいクマのぬいぐるみが大中小とたくさん並んでいて、それから、花柄のピンクのふんわりスカートや、ふわふわの帽子やリボン、レースとフリルがついたブラウスやカーディガンが、かざられている。
とにかく、このお店にある物は、全部かわいい。なんだか、恥ずかしくなっちゃうくらいに、かわいい。
そして、どれもこれも、まったく、リーヌとは似つかない品だ。
といっても、これはこれで、リーヌが着たら、リーヌはすごくかわいく着こなせそうだけど。
リーヌは、見た目だけなら、モデルみたいだから。
見た目だけなら!
「リーヌさんって、いっつも、ふわもこ、ふわもこ、言ってるけど。ふんわりしたかわいい服とかが好きだったんすね?」
リーヌの持っている服や小物に、こういう系統のものは、まったく、ないんだけど。
リーヌはしかめっ面で、おれの方にふりかえった。
「おまえ。似合わねーな、っとか思っただろ」
ぶっきらぼうにそう言ったリーヌは、まっ赤になっている。
(あれ? 恥ずかしがってる?)
なぜか、そう気がつくと、つられておれもドキドキして赤くなってしまう。
おれ、恥ずかしがり屋だから。……でも緑色のゴブリンが赤くなると何色? いや、いいか。そんなこと、今は。
「別に、似合うんじゃないっすか? リーヌさんなら、なんでも」
とまどいながら、まじめに対応したおれは、はっとした。
リーヌが腕をふりかぶって、ショーウィンドウをたたこうとしていた。
「どうせアタイには、似合わねーよ! そういうキャラじゃねぇんだよ! なめられてたまるかぁー!」
真っ赤になってそう怒鳴りながら、リーヌは、こぶしをつきだしていく。
そのようすが、おれにはスローモーションに見えた。
(これは、まずい! まずい、まずい、まずい!)
リーヌのげんこつがショーウィンドウにぶつかった。
ドーーーーンッ
爆発音と衝撃が響き、おれは、後方に吹き飛ばされた。耳が痛い。
そして、おれがしりもちをつきながら目を開いたとき。
さっきまで、おれたちの前にあった、かわいらしいお店は消えていた。消しとんだ。
ショーウィンドウはもちろん、屋根までふき飛んだ。
一瞬にして廃墟になった店内で、炭まみれになった店員さんがぼうぜんと空を見あげて、たちつくしている。
「なにやってるんすかぁあーーー! なに、この威力!?」
おれが叫ぶと、リーヌも叫んだ。
「アタイはかわいいものを見ると、つい、爆発させちまうんだい!」
「んなアホな! 『つい』でふきとばさないでくれっす!」
「だって恥ずかしいんだもん!」
「んな意味不明の恥じらい、いらないっす! 堂々と買えっす! もう、あのかわいいぬいぐるみもお洋服も、跡形もないじゃないっすか。なんすか? いまの? なんの魔法? 乙女の恥じらい爆発魔法? あー、それより町の人たちが総出で、こっちを見てる!」
あたりまえだけど、さっきの大爆発で、周囲の人々の視線は、全部、こっちに注がれている。人々のささやき声も聞こえる。
「また、町はずれの魔女だ。店をふきとばしたぞ」
「大変。町はずれの魔女よ。早くこっちに」
「それにしても、あんなに醜いゴブリン、見たことがないわ」
「まるで、生ごみから合成されたみたいな、顔面から腐臭がしそうなゴブリンだな」
おれは苦しさに唸った。
「うぅーぐぅあーーー! 視線が、視線が痛いっす! 痛い! 苦しい!」
頭を押さえて苦しむおれの横で、リーヌは叫んだ。
「とりあえず、バレる前に逃げるぞ!」
おれたちは、その場から逃げ出した
でも、とっくに、ばれている。
翌日には、家にものすごい金額の請求書が届けられた。
そして、おれたちの所持金はすべて損害賠償に消えたのだった。