4-12 大家さんのお話
約1時間後。帰宅し、家の悲惨な状態を見た大家さんは、おれが想像していたよりは、だいぶ冷静だった。
「しかたありませんね」
ふきっさらしのダイニングルームで大家さんは言った。
ちなみに、おれとリーヌは、大家さんの前に正座中だ。
もうこのダイニングルームに、イスとか、ないし。ぜんぶ吹き飛んだし。
大家さんは、落ち着いた声で告げた。
「リーヌには、出て行ってもらいます」
「えーーー!」
いきなり、最後通告だった。
「大家さん、そこをなんとかしてくれっす。リーヌさんも悪気があったわけじゃないっす」
おれはがんばって弁護したけど、大家さんはあきれた、というような顔でおれたちを見下ろしている。
「リーヌに悪気があることなんて、ないじゃないですか。大切なのは、結果であって、理由じゃないんですよ。『本当はいい子なんです』なんて、大人になったら、もう通用しないんですから」
おれは、大家さんのご機嫌をとろうと、てきとうに相槌を打っておいた。だけど、おれはご機嫌をとろうとして、うまくいくことないんだよなぁ。
「そうっすねー。リーヌさんのばあい、本当にいい子なのかもあやしいし。まー、大家さんよりは、いい子かもしれないっすけどー」
大家さんは、怖い顔でおれに聞き返してきた。
「なにかいいましたかー?」
「なにも言ってないっす! リーヌさんと大家さんの比較なんてしてないっす! 同じ女性なのに、なんでこんなに体形がちがうんだろう、胸のサイズの違いって不思議だな、とか考えたこともないし!」
大家さんは、こめかみをヒクヒクさせながら、言った。
「このセクハラの慰謝料は、高いですよ?」
「お、おれ、モンスターだから、そんなの払えないっす! ただのモンスター発言しちゃうモンスターだから! おおめにみてくれっす!」
「慰謝料は、セクハラモンスターを飼っている飼い主に請求します。なにしろ近頃、ごみ収集の間隔があきすぎなんですよねー。生ごみを捨てるのを、ちゅうちょしちゃいますよー」
どうやら、ゴミ収集日が減ったせいでおれは命拾いをしたようだ。
さて、大家さんは、リーヌにがんがん説教を始めた。
「リーヌ、いいかげん、自分の力をコントロールすることをおぼえてください。なんなんですか? このありさまは。すぐに修理を依頼しないと、いつ、この家全体が崩壊してもおかしくないですよ? 自分の家をふきとばすなんて、どれだけバカなんですか? バカの中のバカだって、こんなにバカなことはしないですよ?」
大家さんの説教が、連撃のようにバカバカおれをおそってくる。おれが怒られてるわけじゃないんだけど。おれの精神、たぶん具体的にはMPが、確実にダメージを受けている。まぁ、おれ、MPを消費する技とか魔法とかもってないから、いいんだけど。
だけど、大家さんの説教が苦手なはずのリーヌが、なぜか、今はカバみたいにボーッとした顔で平然としている。
とにかく、リーヌがホームレスになって困るのはおれも一緒なので、おれはなんとか大家さんのご機嫌をとろうとした。
「そのとおりっすねー。まったく。リーヌさんのおバカっぷりはよく知ってるけど、それにしても自分の家をふきとばすなんて、……いかにもやりそうだけど。壁にちょっとした穴くらいなら、いつもあけてるし。むしろ、今まで家が全壊してなかったことがふしぎだけど。……で、でも、信じられないっす! だけど、ほら、今は、こないだ稼いできた賞金で、修理費用はだせるっす。だから今回はゆるして……」
だが、大家さんは首を横にふった。
「その程度のお金じゃ足りません。これから、なんども襲撃がありそうですから」
「え? なんども? どういうことっすか?」
おれは耳をうたがい、大家さんの顔を見た。どうやら、大家さんは、おれたちが知っていること以上の情報をつかんでいるようだ。
大家さんは説明をはじめた。
「今日、町長さんとお話をしてきたんです。ちょーっとした手違いで、町長さんがこっそりリーヌに賞金をかけてしまったそうなんです」
「えーーー!? じゃ、さっきの冒険者たちって、リーヌさんの賞金を狙ってきてたんすか!? リーヌさんは何も知らないでふっとばしてたみたいだけど」
大家さんは、苦々しいトゲのある声で言った。
「そうだと思いますよ。昨日、町長さんが冒険者ギルドに依頼を出してくれちゃってたらしいですから。場所まで明記して。ありえませんよねー。今日はちょうど外出中だったからよかったものの。わたしが巻き込まれたら、どうしてくれるんでしょうねー?」
「そ、そりゃ、怖いっすね。大家さんの復讐が」
「なにを言ってるんですか。わたしは、出すもの出してもらえたら、だれでも許す、心のひろい人間ですよ? まったく。町長さんには油断できませんね。もう少し気づくのが遅れてたら、取り返しがつかなくなるところでしたよー」
「でも、よく考えると、今までリーヌさんが賞金首じゃなかったことのほうが不思議かもっす」
リーヌは、さんざん、町の人に迷惑をかけているからな。本人は、全然、悪気ないんだけど。
おれは、おそるおそる、たずねてみた。
「リーヌさんって、これで、もう、晴れて一生、賞金首なんすか?」
大家さんは、にこやかに言った。
「いいえ。町長さんは、わたしが話すとすーぐに間違いに気がついてくれて、土下座百回しながら、こころよーく、手配書を取り下げてくれたんですよ」
「大家さん、いったい、どんだけ町長さんを脅したんすか? あと、どんだけのお金を脅しとったんすか?」
大家さんは、おれの質問には答えず、つづけた。
「でも、手配書は今日中には取り消せません。それに、取り消しても、しばらくは、取り消されたことに気づいていないおバカな冒険者や賞金稼ぎが、リーヌを狙ってやってきそうなんですよ」
「そ、そうっすか……」
「ギルドではS級冒険者限定の極秘裏情報扱いだったんですけどね」
と大家さんが言うのを聞いて、おれは、あることに気がついた。
「じゃ、さっきそこに転がってた、むっちゃザコ扱いされてたモブっぽい冒険者たちって、S級だったんすか!?」
「わたしは見てませんけど、そうなんじゃないですか? S級冒険者でも、リーヌなら、蚊を殺すように倒せますから」
大家さんは平然と言った。
「そう考えると、リーヌさんって、おっそろしいっすね。ふだんはすんごいアホだから……」
と言ったところで、おれはリーヌの方を見たんだけど、リーヌは無反応だ。もう、すんごいボケーッとした顔で、キッチンに置かれた大家さんの買い物袋をながめている。
(あれ? へんだな)
普段だったら、ここで「アタイはアホじゃない」と主張しながら、さらなるアホっぷりを披露してくれるところなのに。
リーヌは、さっきからまったく、おれと大家さんの会話に口をはさんでこないし。
そんなに大家さんの説教がきいたのか?
それか、よっぽど腹が減ってて、大家さんの食べ物をいただくことしか考えてないのか……。




