4-11 劇的リフォーム
階段をかけおりると、異常な光景が目にとびこんできた。
このボロ屋のダイニングルームに、冒険者らしきやつらが数人倒れている。
倒れている冒険者の向こうに、リーヌの姿と庭が見える。リーヌの後ろには、食器や食べ物が散乱したテーブルがあって、そこでホブミが平然とお茶を飲んでいる。
おれは、おそるおそる、たおれている冒険者の様子をうかがった。全員、ぴくりとも動かない。
「こ、これは、……返事がない。ただの屍のようだ。って状態っすー! 死んでるーっ! ギャーー!」
おれが叫びながら駆け回っていると、
「うるさいですよ、ゴブヒコさん」
ホブミが優雅にティーカップをかたむけながら落ち着いた声でそう言った。
「だって、だって、我が家で殺人事件発生だぞ!?」
すると、リーヌが叫んだ。
「ぬわにぃ!? 犯人は誰だ?」
「あんたっす!」
おれがビシッと指さすと、
「てへっ」
と言って、リーヌは舌を出した。
「てへっ、じゃないでしょ!」
リーヌは言い訳をした。
「だって、あいつら、突然やってきて、アタイのケーキを落としたんだぜ? つい怒ってぶっとばしちまったぜ」
「それがさっきの爆発だったんすか。にしても、ケーキ落としたくらいで殺されたらたまらないっす! おれみたいなおっちょこちょい、しょっちゅう殺されるっす!」
ホブミが落ち着いた声で言った。
「リーヌ様は、なにも悪くありません。乙女のティータイムを邪魔するものは、万死に値します」
「んなアホな!」
そこで突然リーヌはしょんぼりして、暗い声で言った。
「そうだ、ゴブヒコ。あいつらのせいで、おまえのダチが、死んじまった……」
おれはぎょっとした。
「えぇっ!? おれの友だちが冒険者に殺された!? 友だちなんていないおれの友だちって誰!?」
おれは混乱しながら、あたりをみまわした。
すると、庭のテーブル近くで、鼻先にクリームをつけたまま斃れている知り合いを発見した。
「ノライヌ1号―――っ! いつも食い意地が張っていてオバカでちょっと心配だったノライヌ1号がーーーっ!」
「落ちたケーキを食べようと近づいてきて、リーヌ様が冒険者を吹き飛ばした爆発にまきこまれてしまったようです。このワンワン、自業自得ですね」
ホブミは冷たく言った。
「冒険者じゃなくて、リーヌのせいじゃん! たしかに、自業自得だけど、かわいそうすぎる……」
おれの目から、涙がこぼれおちようとしたとき、ノライヌ1号の体がぽわんと光った。それから、びくんっとノライヌ1号の体が動き、ぼーっとした顔で、ノライヌ1号は立ち上がった。
「ノライヌ1号!? 生き返った!」
ノライヌ1号は、アホな顔してクリームをなめている。
「ホブミ、あんがとよ」
リーヌが礼を言った。
おれはそれを聞いて思い出した。この世界では、HPがゼロになっても、すぐ蘇生すれば、生き返るのだ。
「そっか。ホブミは蘇生できるんだ。じゃ、この冒険者たちも生き返らせることができるのか。あー。びっくりした」
だけど、ホブミは優雅にお茶を飲んでいて、冒険者たちは、あいかわらず、ぴくりとも動かない。
おれは、たずねた。
「おーい、ホブミ? 生き返らせないのか?」
「リーヌ様のティータイムを邪魔する者は、万死に値する、と言ったじゃないですか」
ホブミはお茶を飲みながら、落ち着いた声で言った。
「いやいやいや! このまま放置したら、こいつら死ぬぞ!? おまえら、殺人犯だぞ! 逮捕されるぞ?」
ホブミはため息をついた。
「仕方ありませんね。このお茶を飲んだら、移動魔法を使って、遠くに運びます」
「遠くに運んで隠蔽工作するくらいなら、生き返らせろ!」
ゆっくりとお茶を飲み終えたホブミは、ようやく冒険者たちを連れ去った。
「せっかくですから、ぼったくり教会につれて行きます。生き返らせてくれるかわりに、高額の治療費を請求し、払えないと地下の収容所で奴隷として強制労働させるという外道教会です。ちょうど良い罰でしょう? 連れて行くと紹介料ももらえますし」
と、言い残して。
おれはティータイムの邪魔だけは絶対にしない、と心に誓った。
さて、冒険者の屍が消えた我が家のダイニングルームで、おれは、考えていた。
「リーヌさん、なにかが、足りない気がするんすけど?」
おれは室内から、庭でのんびりしているリーヌに、そう声をかけた。
リーヌはそっぽを向いて口笛を吹いた。庭の木からいっせいに小鳥たちが飛び去って行った。
おれは、もういちど、室内と庭を見た。
「えーっと、まず、この部屋には、テーブルがあった気がするんすよ。イスとテーブルが」
「そだったか?」
リーヌは知らんぷりをしてるけど、たしかに、このダイニングルームには古ーい木のテーブルとイスがあった。今は、木の棒と、板きれ、粉砕された木切れ、が落ちているだけだけど。
「ここで、いつもご飯食べてたじゃないっすか。ここに落ちてる木の切れ端って、絶対、テーブルやイスの残骸だし。あーあ、明日から、おれ達、床でご飯食べなきゃいけないっすよ?」
リーヌは明るく言った。
「庭で食えばいいだろ?」
「雨だったら、どうすんすか? あと、まだ、なにか足りない気がするんすけど……」
「んなことより、ゴブヒコ、おまえ、なんでアタイのひつじネックレスつけてんだよ」
リーヌは目ざとく、おれがひつじくんネックレスをしていることに気づいて言った。
「洗い物の中に入ってたから、おれが保護しといたんす。リーヌさんは、すぐ物をなくすんだから」
リーヌは否定した。
「んなことねぇよ。おまえのことは、まだなくしてないだろ?」
「仲間モンスターまで紛失してたまるか! そんなことより……」
おれは、リーヌを見ながら考えた。
「やっぱり、この部屋、なにか、足りない気が……」
「んなことねぇって」
リーヌは手をひらひら振った。でも、おれは納得できない。
「なんか、大事なものを見落としているような……」
「んなことねぇよ」
そう言いながら、リーヌは、庭で優雅にフラダンスを踊りだした。
リーヌの全身のゆったりとした動きを眺めながら、
(どうせなら、もっと露出の高い服でおどってくれればムフフなのに)
とか、ついつい考えていたおれは、そこで、突然、気がついた。
「あ! 壁がないっ!」
この部屋と庭の間、おれとリーヌの間にあるはずの壁がない!
本当なら、ダイニングルームから庭で踊っているリーヌの姿なんて、見えるはずがないのだ。そこに壁があるから。……あったから。
「ここにあったはずの壁がなくなってるっす! あまりに大胆にふっとんでるから、気がつかなかったぁ!」
「最初から、こういう造りだったっけ?」と思っちゃうくらいにすっかりなくなっていた。
「バレたか」
リーヌは頭をかいた。
「バレたかじゃないっす! ダイニングルームが、もう、ふきっさらしっす!」
リーヌはしれっと言った。
「ふきぬけって言うんだぜ」
「ふきぬけ? 劇的リフォーム。ふきぬけをつくって、古家の暗いダイニングルームをさわやかな風と陽光がふりそそぐ憩いの場に……って、んなわけあるか! そんな言い訳、大家さんが聞いてくれると思ってるんすか?」
これは後が怖いぞ。あの、怒らせたら怖い大家さんが、なんて言うか。




