4-10 盾
洗濯物を干し終えたおれは、リーヌの部屋の片づけにむかった。
ちなみに、ホブミは家事手伝いになるとか言って仲間に入ってきたくせに、まったく家事を手伝わない。
おれが文句を言うと、リーヌはそんなことすっかり忘れて「ホブミはお客さんだぞ」とか言うし。
リーヌの部屋に入ったおれは、床にドーンと居座る大事なものに気がついた。
「盾だ……」
ホブミのやつ、あの貴重な、あらゆるダメージをはね返すチート装備な盾を、この部屋に置きっぱなしにしている。
ちなみに、リーヌの部屋の中にあった装備の山は、おれたちが帰ってきた時にはきれいになくなっていた。
大家さんが、全部売り払ったらしい。しかも、売ったくせに、おれたちには1円もくれないどころか処分費用を取るんだから。ほんと、がめついよな。
ついでにいろんなものを売られてしまったらしく、リーヌは、あれがないこれがない、と言っていたけど、もうどうしようもない。
「それにしても、リーヌのやつ、この盾をホブミにあげちゃうなんて。おれが持てば最強になれるのになぁ。……もらっちゃおうかな」
今こっそりもらってしまえば……。
おれは、ついに、「みんなからは最弱と思われているけど実は最強な主人公」になれるぞ。ウヒヒヒッ。
「うん。これは、泥棒ではない。ちょっと借りるだけだ。いや、おれが、保管しておくだけだ。どうせ、ホブミがもってたってしかたがないんだし」
おれが独り言をいいながら、盾に手をのばした、その時。
『そうだね、ゴブヒコさん』
ひつじくんの声が、響いた。
「うわっ、ひつじくん! ひつじくんがいること忘れてた!」
ついさっき、おれはひつじくんネックレスを装着しちゃってたのだった。おれの独り言なんて、ぜんぶ、ひつじくんに聞こえてしまう。
ひつじくん、しばらくしずかだったから、眠りについてるのかと思ったら、こっそり起きてたんだな。
『気にしないでいいよ。ぼくは告げ口なんてしないから』
なんとなく、ひつじくんの声が冷たく聞こえる。
「べつに、おれは盗もうとかしてたんじゃないから。冗談だから」
おれは言い訳をしておいた。
『うん。わかってるよ。しばらく借りるだけだよね。それで、リーヌちゃんに、ふわふわもこもこでかわいいモンスターをつかまえてあげるんでしょ?』
ひつじくんに、無邪気な声でそう言われ、おれは、とまどった。
「え? う、うん」
実はそこまで全然考えていなかった。「この盾をおれが持てば最強!」てことしか考えてなかった。
ひつじくんは淡々と言った。
『この家にかわいい仲間がたくさんきてくれるね』
「そうだなぁ……」
リーヌの念願の、ふわもこキュートなモンスターに囲まれた、ほのぼのライフ。
たくさんのかわいいモンスターに囲まれたリーヌ。
それを想像した時、おれは、盾にむかってのばしかけていた手を、とめた。
大勢のかわいいモンスターに囲まれた美しいリーヌ。その絵の中に、おれの姿が想像できなかったのだ。
沈黙するおれに、ひつじくんが、声をかけた。
『どうしたの? ゴブヒコさん』
「たくさん仲間ができたら、おれってどうなるんだろう……。おれって、ふわもこじゃないし、むちゃくちゃ醜くて、いいとこないだろ? 仲間が増えたら、もう、おれみたいなゴブリン、いらないよな?」
『そんなことないと思うよ』
ひつじくんはそう言ってくれたけど。
おれには、おれが必要だとは思えない。
だいたい、リーヌは、よく仲間にしたよな、こんなゴブリン。
こんなやつ、仲間になりたそうに見てても、ふつうは仲間にしないぞ。
おれは嘆いた。
「ゴブリンはゴブリンでもさ、もっとモフっとしてて、かわいいデザインのゴブリンだって、いるじゃん? なんで、この世界のゴブリン、こんなにかわいくないんだよ! あーあ。どっかで転生できないのかな? おれ、もっとモフモフでかっこいいモンスターになりたいんだけど。たとえば、フェンリルとかー」
『聞いたことないよ』
ひつじくんは、そっけない。
「リーヌに聞いてみようかな。魔王からテイマーになったらしいから」
どっかに、ジョブチェンジとか転生とかやってくれるところがあって、そこでテイマーになったんだろうから。ひょっとしたら、そこでモンスターの転生もやってるかもしれない。と、おれは思ったんだけど。ひつじくんは、言った。
『リーヌちゃんは、特別だからね。あやしいおじさんが、これでテイマーだって言ったから、テイマーになったと信じてテイマーになっちゃっただけだから』
「え? どういうこと?」
なんか今、ひつじくんが、とてもあやしいことを言っていたような。
『なんでもないよ。やっぱり、ぼくがしゃべりすぎるのは、よくないからね』
と、ひつじくんは言ったけど。
「リーヌって、実は、本人がテイマーになったと思ってるだけなの? あやしいおじさんにだまされて、テイマーになったと思い込んでるアホの子なの?」
よく考えると、リーヌって、「仲間にする」以外にテイマーのスキルをもってないし。実はただのアホな魔王なんじゃ……。
『リーヌちゃんがテイマーだって思ったら、リーヌちゃんはテイマーなんだよ』
ひつじくんはいつものやさしい声でそう言ったけど。どう聞いても、自分でテイマーになったと思いこんでいるだけに聞こえる。
それはそうと、おれは落ち着いて考えた。
「よく考えると、この盾をおれがもつメリットってあるのかな。おれって、別に、最強になって、『ざまぁ』とか言いたい相手もいないんだよなぁ。その辺の冒険者にどう思われようがどうでもいいし。……あえて言うなら、リーヌ? リーヌに見直してもらえるかな」
おれはちょっと想像してみた。
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盾を持ってかっこいい装備を装着して、ついでになぜか顔もイケメンになったおれは、高らかに宣言した。
「見たか、リーヌ! これでおれは最強のゴブリン、無敵のゴブリンキングだ! 今までさんざん吹き飛ばしてくれたな! おれは……おれは……おまえを倒して、おれの奴隷にしてやる! も、もう、一生、はなさないんだからなっ」
なぜか、ツンデレ・ゴブリンキングになってしまった……。
「ぬわにぃ! ゴブヒコが最強に!?」
リーヌは驚き、そして、なぜか、不敵に笑った。
「最強の敵か。これで、ついに、アタイは本気で戦えるぜ。ワクワクしてきたぞ」
リーヌは、心からワクワクしているようだ。
「え? この展開……」
これは、あれだな。主人公が強い敵に出会って、そんでもって、隠していた力をお披露目するか新たなすごい力に目覚めて、もったいぶって登場した敵=かませ犬を倒しちゃう、あの展開だな。
そして、次の瞬間、リーヌは新たなチートパワーに目覚め、おれというかませ犬が一瞬で消し炭にされたのだった。
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「なんか、ちがう……おれ、どこでまちがったんだろ……」
おれがつぶやくと、ひつじくんは、おれにたずねた。
『そもそも、ゴブヒコさんは、なんで強くなりたかったんだっけ?』
「え? そりゃ、異世界で最強はみんなの夢だからー。最強になってみんなにチヤホヤされたら、いい気分になれるだろ?」
『本当に、そうだったっけ? 強くなりたいって思った時のことを思い出してみたら? それに、ゴブヒコさん。自分がなんでこの世界にいるのか、すこし考えてみたほうがいいよ?』
「この世界に存在する理由? そんな哲学的なことを?」
『そんなにむずかしいことじゃないはずだよ。それとね、ゴブヒコさん。気をつけて。リーヌちゃんは、けっこう、あたまがいいんだよ』
ひつじくんは、なぞの忠告をした。
「リーヌの頭がいい? そりゃ、小学生のひつじくんから見たら、リーヌも頭がよく見えるかもしれないけど、おれからみたら、リーヌは、全然、頭よくないぞ?」
頭がよくないというか、むしろ天才的におバカだ。おれもけっこう、まぬけだけど。
ひつじくんは、まじめな声で言った。
『見せかけはね。リーヌちゃんは、リーヌちゃんにもよくわからないところで考えてるんだよ。ぼく、たまにこわくなっちゃうんだ。リーヌちゃんって、わがままなだけじゃなくて、けっこう、ずるがしこいんじゃないかなって』
「あ、やっぱ、ひつじくんも、リーヌはわがままだって思ってたんだ……」
ひつじくんは真剣な調子でおれに言った。
『リーヌちゃんは、ゴブヒコさんが思っている以上に、わがままで強引だよ。しかも、リーヌちゃんは自分ではわかっていないんだ。だから、もしもゴブヒコさんがリーヌちゃんとはつきあえないって思うなら、ぼくに言ってね。ちゃんと、逃げられるようにするから』
何の話かよくわからないけど、おれは答えた。
「だいじょうぶだよ、ひつじくん。たしかに、リーヌは付き合いきれないことばっかしてるけど、なんやかんやと、おれは今までもリーヌの暴走に付き合ってきたから、これからもだいじょうぶ……」
その時、どこからか爆発音が響いた。
「な、なんだ?」
おれは、窓から外を見た。見えたのは、土煙だけだ。何が起こったのかは、よくわからないが、リーヌ達が午前のアフタヌーンティー、つまりビフォアヌーンティー、をいただいていたあたりで土煙があがっている……。
「リーヌのやつ、またなにかやったのか?」
おれはあわてて、リーヌの部屋を出て、階段をかけおりた。




