4-6 伝説の人にプレゼント
その時、おれの背筋にぞっと冷たいものが流れた。
おれは、まるで狂暴な肉食獣に睨まれた小動物のように、ふるえて立ちすくんでしまった。
恐ろしい気配は、ヤンキー男たちのものではなかった。
真城さんの方から発せられていた。
「なめた口きいてんじゃねぇぞ」
その真城さんの声のすごみは、次元が違う恐ろしさだった。
おれの心臓が凍りついて、とまりそうになった。
真城さんは、ふだんも言葉づかいが悪いけど、あんなの、真城さん基準では、やさしいお上品なしゃべり方だったんだと、今のおれにはわかる。
不良たちをにらみつけている真城さんの目は、まるで鬼か悪魔か。
今までも真城さんの鬼の形相は見てきたつもりだったけど、あんなの、真城さん基準では、さわやかスマイルだったんだと、今のおれにはわかる。
今の真城さんは、相手を殺しそうなオーラを発していて、おれなんてもう、この怖いオーラだけで死にそうだ。てか、もうちょっとで、気絶できる気がする。
ヤンキー男たちは、悲鳴をあげた。
ちなみに、おれは、怖すぎて悲鳴もあがらない。窒息死しそうだ。
不良のひとりが怯えた声で言った。
「ま、まさか……。あ、あんた、あの、ヤクザすらびびってたっていう、あの、伝説の、打威魔殴2代目総長・真城じゃ……」
なんだかおれは今、聞いちゃいけないことを聞いたような気がする。
別の不良がつぶやいた。
「あの、全国制覇目前といわれていた、武闘派グループ、打威魔殴の……」
おれは、心の中で、なぜか冷静につぶやいた。
(全国制覇か……。部活の全国制覇だったら素直に喜べるんだけどな)
また別のひとりが言った。
「あ、あの、あらゆるものをぶち壊すという伝説の破壊神……」
(なんか異世界でも似たような方いたなぁ)
「『千年に1人と言われる悪のカリスマ』……。かつては『怒れる金獅子』、『恐怖の特攻爆殺ヴァルキリー』と呼ばれ、総長になってからは、『至高の破壊神』という異名をもつ、あの伝説の打威魔殴二代目総長……」
(異世界リーヌより称号が多いじゃないか。おれの中の中二病が逃げ出すレベルの異名なのに、これが、中二病ネタじゃないなんてな)
「組事務所に一人でカチコミかけて、行方不明になったって……」
(カチコミってなんだろ……。おれの知らない単語がでてくるなぁ)
真城さんは、めんどくさそうに、言った。
「ああ? んなやつ知らねぇよ」
もう、さっきの恐ろしい殺気は消えている。
というより、わざと抑えて消している、といった方がいいのだろうか。
敵が襲いかかってきたら殺してやるみたいな気配は、まだうっすら出ているような気がする。……おれの全身が、まだガックガクに震えているからな。
「おい、山田。とっとと行くぞ」
真城さんは歩き出し、おれも震える足で歩きだそうとした。
その時、不良のひとりが叫んだ。
「お、おい! 真城! ムショから出てきた初代総長が打威魔殴を復活させたこと、知ってっか? あいつら、おまえを探しているぞ!」
真城さんは、ぎろりと、不良をにらんだ。小さな悲鳴が聞こえた。
「す、すいません、真城様!」
真城さんは、もう見ていなかったけど、不良たちは、向こうで土下座をしていた。
それっきり、なにも言わず、おれと真城さんは、しばらく無言で歩いていた。
おれの心に迷いが生じたことは否定できない。
総長って、なに?
いや、それより、ヤクザすら恐れるって……。さっきの話、大げさに言ってたにしても、やばくないか?
真城さんが不良だったってことは知ってた……というか、一目瞭然なんだけど。そういうレベルのお方だったの?
さっきの殺気……ダジャレじゃなくて……本当に殺しそうだったぞ?
この方は、やっぱり、おれなんかが、お近づきになっちゃいけない相手なんじゃ……。
おれが、心の中でひとりでしゃべっている内に、すぐに、おれたちは駅についてしまった。
「じゃあな」
駅の改札口の前でそう言って、真城さんは、どこか寂しく、立ち去ろうとした。
「あ、あの、誕生日プレゼント」
と、まだプレゼントのことを忘れていなかったおれは、声をかけた。
「……そうだったな」
真城さんは、駅前のベンチに移動し、座った。
なんだか、さっきの一件以来、真城さんの雰囲気が暗い。
なんだか、フィルム・ノワール、とか、ハードボイルド、とかいった雰囲気だ。うん。暗黒街のギャングか殺し屋みたい。
でも、良くも悪くも空気を読まないおれは、そのままプレゼント贈呈を行った。
「どうぞ」
おれは、リュックからプレゼントの包みをとりだし、真城さんに渡した。
受け取ると、真城さんは、おれにたずねた。
「開けていいか?」
「どうぞ」
包装紙をビリビリ破いた真城さんは、中からでてきたゴリラを見て、さっきまでの元・殺し屋みたいなハードボイルドな雰囲気から一転、子どものように目をかがやかせた。こういう表情の時は、本当にリーヌそっくりだ。
それから、真城さんは、ゴリラの後ろにいた羊の目覚まし時計に気がつき、そこで、まるで時がとまったように静止した。
しばらくして、おれは声をかけた。
「真城さん?」
放っておいたら、ずっと、時がとまっていそうだったから。
「どうして、これを? どこで手に入れた?」
そう、おれにたずねる真城さんの声は、ふるえていた。
「ゴリラと同じ店に売ってたんですけど」
「そうか……」
真城さんは、羊のめざまし時計を見つめている。なぜか悲しげに。今にも泣き出しそうに見える。と思ったとたん、本当に涙がひとつ、ほおを伝っていった。
「あの、いらなかったら、おれ、持って帰ります」
おれは、ひつじくん目覚まし時計の引き取りを申し出た。真城さんがいらないなら、ぜひ、おれがほしいから。
けれど、真城さんは、涙をぬぐうと、
「いや、ありがとよ」
と言って、大事そうに羊のめざまし時計をしまった。
おれは人の感情を読み取るのが苦手だけど、真城さんは、よろこんでいる、という雰囲気ではない。どう見ても、悲しげだった。
真城さんは、プレゼントをしまうと立ちあがり、いったん駅の方に立ち去ろうとして、それから、迷いながら、といった様子で、おれの方を見てたずねた。
「明日、あいてるか?」
おれは、うなずいた。バイトの時間をのぞいて、おれに空いていない日とかないからな。
「どっか、遊びに行かないか? その、ホナミとケーキバイキングに行く予定なんだけど、おまえもこないか?」
おれがうなずくと、真城さんは言った。
「じゃ、明日、10時にここで」
おれは、また、うなずいた。
「じゃ、また明日な」
そう笑顔で言って、真城さんは去って行った。
おれは、しばらくぼーっとその場に立ったまま、いったい今日、何が起こったのか、復習していた。
色々衝撃的なことが起こりすぎて、おれには、もう何がなんだかよくわからない。
えーと、伝説の大魔王……じゃなくて、伝説の不良グループのリーダーだった真城さんが、おれがあげたプレゼントを見て、悲しそうに涙ぐんで、それから、去り際に、明日遊びにいこうと……。
てことは、最終的に、おれ、遊びに誘われたのか。
歩武さんと遊びに行く予定のところにおれも誘われたみたいだったけど。
おれは、おもわず涙ぐんだ。
おれ、男友だちに遊びに誘われたことすら、小学校卒業以来、一回もないからな。呼ばれて行ったら、誰もこなかったり、脅されてお金とられたりしたことは、なんどかあるけど。




