4-5 帰り道
翌日、おれはプレゼントを持って、バイトに向かった。
真城さんの誕生日は明日のはずだけど、明日は、おれも真城さんもバイトがない日だ。つまり、おれが誕生日プレゼントをあげる機会は今日しかない。
夕方、歩武さんとおれが本屋のカウンターで仕事をしていると、歩武さんはおれにたずねた。
「山田君、真城さんへのプレゼントはいつあげるの? 明日?」
「今日これからだよ。明日は会えないから」
おれが当たり前のことを言うと、歩武さんは言った。
「そうだよね。山田君だもんね。会う約束をすれば明日も会えるんだけど。山田君だもんね。考えもしないよね」
「え?」
「気にしないで。そんなことより、昨日言ったこと、ちゃんとおぼえてる?」
「昨日……」
昨日はめずらしく、歩武さんとたくさんおしゃべりしたからな。なんのことだろう。
プリプリ☆プリスターじゃなくてゴリラのぬいぐるみだってことか? でも、あれはもう解決したもんな。
コンビニではセクハラ店長に気をつけろってことか?
それとも、あれかな。ちょびヒゲでイケメンにはなれないってことかな。
おれが考えていると、歩武さんは言った。
「ほら、昨日言ったでしょ? なるべく早く真城さんに……」
そこで、歩武さんは黙った。向こうから、ちょうど、バイトを終えた真城さんがやってきたのだ。
真城さんは、いつものように、歩武さんに声をかけた。
「ホナミ、いっしょに帰らねーか?」
歩武さんは、さらっと言った。
「あ、真城さん。ごめんね。今日は、山田君の代わりに、もう1時間働く予定だったの」
「え?」
驚いたのは、おれだ。
そんな話、おれは聞いてないんだけど。
(なに言ってんの? 歩武さん?)
おれが歩武さんにそう言う前に、歩武さんは、
「ほら、山田君」
と言って、おれの背中を、かなりの強さでたたいた。
「いたっ」と、おれが思わず叫ぶくらいの強さで。
たぶん、歩武さんは、全力でぶったたいたんだろう。歩武さんはあんまり力がないから、全力でたたかなければ、こんな衝撃にならない。
だけど、おれ、なんで叩かれたのか、さっぱりわからないんだけど?
歩武さんは、なんだか怒ってそうだ。
なのに、歩武さんは、なぜか声と表情はにこやかに、おれに言った。
「山田君、せっかくだから、真城さんを駅まで送ってってあげて」
「え? 送る?」
おれが、わけがわからなくって、とまどっていると、真城さんはぶっきらぼうに言った。
「あたしは、ひとりで帰れるぜ?」
(そりゃ、そうだよな。真城さんは子どもじゃないんだから)
真城さんはいつもひとりで出勤してるわけだし。
歩武さんは何を言ってるんだ? ……と、おれが思ったところで、歩武さんがものすごい眼力で、おれの目を間近から睨むように見てきた。
それで、さすがのおれも気がついた。
(おれに、真城さんといっしょに帰れと? そういうこと?)
でも、なんで?
それに、なんか、今日は妙に緊張するんだよな。
一緒に帰るって考えただけで心臓の音が早くなった気がする。
なんでだ?
おれは、今日までに起きたことをよく考え、気がついた。
(そうか。真城さんが、おれに怒ってたからだ)
おれは、歩武さんの写真の一件から、一度も真城さんの近くによってないのだ。そりゃ、緊張するよ。
にしても、真城さんの、この返事「あたしは、ひとりで帰れるぜ?」に、おれはどう返せばいいんだ?
「ひとりで帰れる」って、もう、すでに真城さん、断っちゃってるじゃん。
おれが沈黙してると、歩武さんは、心底うんざりしたような感じで、大きなため息をついてから、言った。
「真城さん。山田君は誕生日プレゼントを用意してるから。帰り道でもらってあげて」
とたんに、真城さんは、機嫌がよくなった。
「なに? プレゼント? じゃあ、いただこう。よし、行くぞ、山田」
この様子なら、どうやら真城さんはすでに、おれに怒ってはいないようだ。
……それに、歩武さんの意図を理解できたぞ。
歩武さん、おれが真城さんにプレゼントをあげられるようにしてくれたんだな。
おれは、ほっとして、それから、大あわてで帰る準備をした。
「じゃあね、ふたりとも」
おれがリュックを背負うと、歩武さんは、なぜだか、とてつもなく疲れたような表情で、そう言った。
「ああ。また明日な」
真城さんは歩武さんに上機嫌で別れを告げた。
「山田君、忘れないでね」
歩武さんは、最後に目に力をこめておれに言った。おれは、しっかりとうなづいた。
(さすがのおれでも、プレゼントは忘れないよ)と、思いながら。
こうして、おれと真城さんは帰路についた。
ショッピングセンターの駅側の出入り口は、駅前にある。だけど、本屋とゲームセンターの近くには、別の出入り口があるので、真城さんとおれは、その出口からまず外にでて、駅にむかって歩いていった。
(にしても、いつプレゼントをあげればいいんだろう)
おれは真城さんの3歩後ろを歩きながら思った。
そもそも、プレゼントをあげるだけなら、いっしょに帰る必要がないんだけど。
本屋でプレゼントをあげて、バイバイでもよかったのにな。……あ、ていうことは、プレゼントをあげるの、後回しにしないと、そこでお別れになっちゃうぞ?
いや、でも、いっしょに無言で歩いていても、意味ないよな。
ちょっと気まずい感じがさっきから漂っているし。
じゃ、とっととプレゼントをあげて、お別れすればいいのか?
だったら、ほんと、いっしょに帰る必要がないんだけど。
うーん。歩武さんはおれに何をやらせたかったんだろう……。おれに黙ってシフトの交換までして……。なんか、もうちょっとで、わかりそうなんだけど……。
そんなことを考えながら、駅前の通りを歩いていると、おれは、とつぜん、なにかにつまずいた。
「いてぇな。どこみてんだよ」
道路に座った男がおれをにらみつけている。とっても怖い雰囲気で、どっからどうみてもガチなヤンキーだ。
(ひぇー……)
どうやら、おれは、路上にヤンキー座りしていた不良に足をひっかけてしまったらしい。
なんて、ついてないんだ。今時、こういういかにもな不良、この辺にはめったにいないのに。
しかも、相手は1人じゃなくて、4人もいる。これじゃ、逃げることすらできそうにない。
おれ、絶体絶命!
その時。
「ああ? どうした?」
おれの前を歩いていた真城さんが立ちどまり、振り返った。
(そうだ、今日はこの人が……って、むりだよ! いくらなんでも、不良男4人相手は)
ケンカが強いといっても、真城さんは女だ。おれを指一本で瞬殺しそうな男を4人も相手にして、勝てるとは思えない。
(どうしよう……)
不良たちは、真城さんを見て、にやにや笑いながら言った。
「きれいな姉ちゃんじゃねーか」
「なぁ、おれたちと遊ぼうぜ」
これは、まずい。
(真城さんが、からまれてる。どうしよう。どうにかして、真城さんだけでも助けないと……)
だけど、おれに何ができる? 今のおれは、ゴブリンの時とちがって、口すら、動きそうにない。でも、どうにかしないと……。




