1-7 冒険者ギルド
おれは巨大モンスターの死体を前に、リーヌにたずねた。
「えーっと、それで、リーヌさん、このでかいモンスターをどうすればいいんすか?
手配モンスター倒した報酬ってどうやってもらうんすか? 今日中にお金もらわないと、今日食べるものがないっすけど?」
リーヌは、なげやりに答えた。
「あー? 冒険者ギルドにもってけばいいんじゃね?」
なるほど、この世界には、やはり定番の冒険者ギルドがあるのか。
「そういう感じっすか」
リーヌは、すわりこんだまま、やる気なーく言った。
「ゴブヒコ、運んでくれよ。アタイはつかれた。メンタル的に」
「メンタル的にってなんすか?」
「アタイはすっかり、へこんじまったんだよ。そこの穴よりへこんじまったんだよ」
リーヌは、しょんぼりと、戦闘中に自分があけた大穴を指さした。
「ひょっとして、さっきぶつぶつ言ってた『独りぼっちで……』ってあれっすか? あれで、そんなにおちこんでんすか? いやほんと、そんなことでいちいち落ち込まないでくれっす。おれは、いつでもボッチっすけど、気にしないっすよ? 『ひとりボッチ。みんなでボチればこわくない』てやつっす」
「なるほど。みんなでボッチればいいのか」
「そうそう。ボッチなんてたぶん全国に何万人もいるっす。それより、今はこのモンスターをどうにかするっす。おれ、こんなでかいの持てないっすよ。ひっぱったって、びくともしないっす。ほらっ」
おれはためしに巨大モンスターをひっぱってみたが、まったく動かない。
しかも、このモンスターは表面が粘液でぬるぬるしていて嫌な感じだ。
「おれ、たぶん筋力も最低レベルなんす。だから無理。ていうか、こんなの誰ももてないっす。ギルドの人が自動的にとかないんすか? 倒したら、いつの間にか持って行ってくれてて分解された素材の形で表示されるとかー、なぜか倒したことがわかっていててギルドに行けばお金もらえるとかー」
「んな都合のいいことあっかよ。おまえはほんと使えねーなー」
リーヌはひょいと巨大モンスターをもちあげ、人差し指で宙に浮かべた。
(え? それどうやってんの?)と、おれは思ったが、聞くだけ無駄だろう。
「ほら、行くぞ」
そう言って、リーヌは、すたすたと歩きだした。
町にもどったおれたちは冒険者ギルドに向かった。
道すがら町の人たちがぎょっとした顔で、遠巻きに巨大モンスターを運ぶおれたちを見ていた。
「おい、あれ、町はずれの魔女だろ?」
「なんか、やばそうなもん持ってるぞ」
とか、ささやき声が聞こえていた。
冒険者ギルドに入ると、リーヌはカウンターに座っている受付のお姉さんに向かって言った。
「おい、この手配モンスター、倒してきたぞ。金よこせ」
受付のお姉さんは、まだ若くてかわいい女の子だけど、さすが慣れていて、この巨大モンスターにもびびってはいない。
ちなみに、リーヌが運んでいるモンスターはでかすぎて、ギルドの建物に入り切っていない。
なんか、この申請方法、間違っている気がする。
受付のお姉さんは言った。
「討伐したモンスターは、まず、モンスター解体所へお持ち込みください。そこで、交付された討伐証書をこちらにお持ちいただいて、手続きをすることになっています」
リーヌは不機嫌に言った。
「ああ? カイタイジョ? コウフ? わけわかんねぇ。とっとと金よこせ。アタイは腹へってんだよ」
「飯買う金がないんで、昼、食ってないんすよね」
おれも腹が減ってきた。
受付のお姉さんは困った顔で言ってくれた。
「では、特別に手続きを行いますが、今回だけですよ」
「ありがとうっす」
礼を言ったのはもちろん、おれだ。
「それでは、冒険者番号をお願いします」
お姉さんがそう言うと、リーヌは、首をかしげた。
「あ? 知らん。んだそれ?」
受付のお姉さんは営業スマイルをくずさず説明してくれた。
「冒険者ギルドでは登録していただいた冒険者の方にのみ報酬をお支払いしております」
「知らん。アタイは、テイマーだ。いいから、金よこせ」
リーヌは無茶苦茶だ。
でも、受付のお姉さんは表情をくずさない。
たぶん、受付のお姉さんは普段からめちゃくちゃな人達の相手をしているんだろう。
「テイマーの方も冒険者ギルドへの登録ができますので、こちらの申込書にご記入ください」
リーヌは、無言で、差し出された申込書を睨んでいた。
数秒後、リーヌはぷいっと天井をむいた。
「あー、腹減った。いいから金よこせ。こいつみてぇになりたいのか?」
リーヌは死んだモンスターの巨大な顔を、受付嬢に押し付けた。
さすがにこうなると受付のお姉さんもびびっている。
この、モンスター・カスタマーに。
「ちょっ、リーヌさん? なにしてんすか? 早く手続きしてくれっす」
おれの制止も聞かず、リーヌはぬるぬるべとべとしたミミズ系巨大モンスターの頭を、受付嬢の顔にぐいぐいおしつけた。
「おら、おらー。早く金よこせー」
「ひぃいいいー! やめてくださーい!」
「ちょっとリーヌさん!? なんか、そのモンスターの形状とぬめり的にセクハラを超えて性犯罪っぽいし、やめろっす!」
でも、リーヌはおれの言うことなんて聞きやしない。
「おらおらー、とっとと金よこせー! あいつらには払ってアタイには払えねぇっつーのかぁ!」
リーヌはほかの冒険者を指さしながら受付のお姉さんを脅している。
「たすけてくださーい!」
こんなお姉さんの悲鳴を聞いて、男なら黙ってはいられない。
おれは暴れだしたリーヌをとめようと思った。けど、なにせおれは、リーヌにふきとばされただけで死んでしまうので、すすすっと、後ろに下がって、遠巻きに声だけの参加にとどめておいた。
「落ち着けー! リーヌさん! これじゃ強盗か、やられ役ギャングっす! 通りすがりの正義のヒーローに倒されるっす!」
でも、通りすがりの正義のヒーローなんて、いなかった。
ギルドにいる冒険者たちは、みんな、リーヌと目をあわせないようにして、知らんぷりをしている。
冒険者たちが小声でささやいているのが、耳のいいおれには聞こえた。
「おい、とめろよ。転勤してきたばかりの受付のアリアちゃんがピンチだぞ」
「むりだよ。あれ、町はずれの魔女だぜ? やべぇよ」
「まじかよ。そりゃ、関わったらやべぇ。死ぬよりひどい目にあわされる」
「目、あわせるな。アリアちゃんたちに死ぬほど嫌われても、その方がましだ」
受付のお姉さんがあんな目にあっているのに。
びびって何もしないなんて。
まったく、冒険者どもは、ひどいやつらだ。
おれはギルドの入り口で壁に身を隠しながら叫んだ。
「リーヌさーん! たとえこの世に正義はなくても、やっていいことと悪いことはあるんす! 自分の良心に問いかけてくれっす。ほら、いくら腹が減っているからって、そんなモンスターをお姉さんの顔面にこすり付けて脅すなんて、後で良心が痛むっすよ?」
でも、リーヌはやめなかった。
それから、約5分後。すっかり怯えきって疲れきって、かわいい顔がモンスターの粘液でぬるぬるべたべたになった可哀そうな受付のお姉さんから、リーヌは報酬をがっぽり巻き上げてしまった。
もちろん、正規の手続きはしていない。
報酬のお金でご飯を買った帰り道、おれはリーヌに言った。
「なんで、正当な報酬をもらうのに強盗まがいのことするんすか。登録手続きすればいいだけなのに」
買ったばかりのパンにかぶりつきながら、リーヌはすっかり忘れた様子で聞き返した。
「あー? んなこと言ってたか?」
「言ってたっす!」