4-2 本屋の会話2
おれは、一瞬、何事か理解できず、歩武さんに聞き返した。
「歩武さん、今、なんて?」
「だから、山田君は、真城さんが好きなんでしょ?」
まちがいない。なぜか、真城さんがとても気になっていることが、バッチリ歩武さんにバレている。
「なぜ? まさか、母ちゃん? いや、母ちゃんは何も知らないはず……」
歩武さんは、少しあきれたような調子で言った。
「かくしてたつもりだったの? だって、山田君、わたしが真城さんとおしゃべりしてると、いつも、いやらしい目で見てるじゃない」
「い、い、いやらしい目でなんて、見てないよ」
おれは、どもりだした。
歩武さんは、すぐに謝って訂正した。
「ごめんなさい。反吐が出るほど気色の悪い視線だった」
「ぜんっぜん、ましになってない……」
歩武さんは、気にせず話をつづけた。
「いやらしい視線を感じるから、はじめは、あのストーカー男かと思ったんだけど。ふりかえってみたら、本棚のかげに山田君がいたから」
「おれは、仕事を、していた、だけです」
おれは思いっきり、どもりだした。
「思いっきりこっちを見てたけど。一瞬も目をはなさずに」
「ぐ、ぐぐぐぅぜん……」
「毎日、毎日。山田君がここでバイトをはじめてから、ずっと。わたしが真城さんと一緒にいる時は、いっつも。わたしが真城さんと一緒にいない時は、ひとりでゲームセンターを見てるし。もう、駅で死んだ飼い主の帰りを待っている犬並みに一生懸命に。でも、山田君は犬とちがってかわいくないんだけど」
「……」
もはや、おれには、ぐぅ、すら言えない。
「あれで気がつかないのは、真城さんくらいだもん。むしろ、あれが山田君流の猛アプローチなのかと思ってたんだけど。犬じゃないんだから、目で訴えてもダメって、いつ伝えようかって思ってたんだけど」
でも、実のところ、おれは、真城さんがリーヌに似ているから気になっているだけで、真城さんのことを好きかどうかは、自分でもわからないんだよな。
ろくに会話したことすらないから、真城さんがどういう人なのか、わからないし。
でも、リーヌに似ているから気になるって。それってつまり、おれはリーヌが好きってことなのか? ……もしもそうなら、真城さんとは別の人が好きってことだから、真城さんのことは好きじゃないってことだよな?
いや、でも、そもそも、おれは、リーヌのことを好きなのか?
リーヌを好きっていっても、好きにも色々あるしな。友情とか、仲間の絆とか。……まぁ、おれは、ムフフな展開を夢見てるけど。
だけど、もしもそうだとしても、異世界のおれは、とんでもなく醜いゴブリンだ。
万が一、リーヌが、あんなゴブリンとつきあう……とか想像すると、爆笑だし。
もしも、おれが他人で、「こいつが、アタイの彼氏だ」とか言ってあのゴブリンを紹介されたら、思わず「なんでそいつ!?」と、つっこみたくなるし。おれのことながら。
それに、どうせ、イチャイチャしようとしたら、高確率で粉砕されたり爆殺されたりするもんな。
てことは、どう考えても、異世界のおれの「好き」は、友情か主従の絆ってことにしといたほうがいい。やっぱり、おれは、勝手に妄想するだけにしとこう。
それはそうと、おれは、真城さんが、好きなのか???
「おれは真城さんを好きなのか?」問題の答えをおれが見つける前に、歩武さんは言った。
「それに、真城さんのことを好きにならないわけがないもん。山田君のことを好きになるのは、難しいというか、天文学的確率の奇跡というか、誰にも信じてもらえないレベルの話だけど」
「な、なんか、おれにひどくない? たしかに、おれがモテるはずはないけど、天文学的確率とかいわなくても」
「ごめんなさい。私、意外と正直なの。じゃ、ちょっとポジティブになるように言い直すね」
そう言って、歩武さんは、言いなおした。
「山田君のことが好きになる人は、きっと世界の人口77億人の中に1人いるかいないかくらいの確率で、もしもいたとしたら、それは信じられないくらいの奇跡なんだけど」
「それ、ポジティブなの? たしかに、天文学的な数字が、77億分の1にかわったけど、わかりやすくなった分、よけいにひどいような……」
77億分の1って、どれくらいなのか、さっぱりわからないけど、宝くじで一等とるより断然難しいよな。てか、ほぼゼロだよな。
「でも、77億分の1の奇跡って、運命的でしょ? 2分の1とかだったら、全然だけど」
「うん。そう言われれば、そう思えてきたかも。おれには、運命的な出会いが待ってるのかも」
おれが、77億分の1という確率をポジティブにとらえようとしたその時、歩武さんは、低い声でぼそっと言った。
「わたしはそんな奇跡、起こってほしくないんだけど」
「え?」
歩武さんは、心底残念そうに言った。
「だって山田君が出てきた時点で、どんな奇跡もロマンチックじゃなくなっちゃうでしょ?」
「そんなことないよ。おれはロマンチストだから」
歩武さんは、おれを無視して話をすすめた。
「とにかく、真城さんのことが好きです、っていうのは、当然の話なんだから。だって、好きにならない方が、おかしいでしょ? 真城さん、あんなにきれいなんだから。毎日、道ですれちがっていれば、それだけで恋に落ちそうなほどに」
歩武さんは、ちょっと、うっとりとした様子でそう言った。
(たしかに真城さんはきれいだけど、それ、言いすぎじゃないか?)
と、おれは思った。
少なくともおれは、なにも知らずに真城さんとすれちがったら、恋に落ちるより、びびって逃げるな。
真城さんは、表情とオーラが怖すぎだから。顔自体はリーヌとそっくりだけど、怖さはリーヌより格段にすごい。
リーヌは、だらだらしてたり笑ってたりブーブー言ってたり、表情豊かでむしろおバカな感じだけど、真城さんの方は、いつもなにかに怒ってるみたいな顔で、うかつに近づいたら、殺されそうなオーラだ。
だから、おれは正直に言った。
「きれいだけど、怖いよ……」
歩武さんは、なんとなく、おれを軽蔑したような目で見て言った。
「山田君がビビリなだけじゃない?」
「そう、かなぁ……」
真城さんは、誰が見ても怖いと思うんだけど。
だけど、歩武さんは、真城さんのことを怖いとは思わないようだ。ま、二人は友達だしな。
「それで、聞こうと思ったんだけど。山田君、もうすぐ真城さんの誕生日だって知ってる?」
「え? そうなの?」
「知らなかったの?」
「知らないよ」
知るわけがない。おれは、真城さんと、ろくに会話したこと、ないんだから。
真城さんが、何歳になるのかだって、知らないぞ?




