3-29 一件落着
目覚めた時には、おれはベッドの中にいた。おれがいるのは、おれの部屋のおれのベッドだ。小鳥の声が聞こえ、さわやかな日差しがカーテンの隙間からさしこんでいる。
(ここは、おれん家か。朝? みたいだけど。朝まで巻き戻っちゃったの?)
これからまた一日、歩武さんのバイト終了時刻の、あのイベントまでやりなおすんだろうか。
(だったら、もう、今日はバイトなんて休んじゃおう。それが、一番楽だし安全だもんな)
おれが、そう考えながら、寝返りをうった時。おれは右ほおに、猛烈な痛みを感じだした。
燃えるように右ほおが痛い。そっと、触れてみると、おれの右ほおは熱をおびて腫れていて、そしてとにかく痛い。
おれは起き上った。口を開こうにも痛すぎて開けない。
(ひょっとして……)
青い妖精のセリフがおれの脳裏によみがえった。
あいつは、最後の最後に、「時間のずれはコントロールできない」と、爆弾発言をしていた。
ということは、過去に戻れるとは限らない、ってこと。
おれは、自分の部屋を出て、廊下の壁に設置してある鏡の前に立った。
鏡にうつったおれの右ほおは、赤くはれまくっている。というか、もう、おれの顔が顔面崩壊状態だ。……あれ? でも、これはもとからだっけ?
よくわからなくなったが、とにかく、おれは、はれまくった顔を見て悟った。
(ひょっとして、過去に戻ったんじゃなくて、未来にとんでんのぉ!?)
どうやら、おれが今いるのは、おれが盗撮犯と間違われて、真城さんにぶん殴られて、ぶったおれた、その、翌朝のようだ。
「おわた」
そう、つぶやくと、あまりの痛みに、おれはもう、それ以上、つぶやけない。だが、どっちにしろ、それ以上なにもいえないほど、おれはショックを受けていた。
おれの人生、終わた。
盗撮犯認定されて、終わた。
さようなら、みなさん。おれは、もう二度と、家の外には出ません。出れません。
ああ、こんなことなら、やっぱり異世界に永住するべきだった。
ていうか、大丈夫かな。ご近所で変な噂になって、ここに住んでいることすらできなくなったら、どうしよう。
そんなことになったら、母ちゃん、また泣いちゃうなぁ……。
いや、それどころか、おれ、警察に逮捕されて、ずっと拘置所にいれられて、気の弱いおれは、やってもないのに自白させられて、自白が証拠になって、よくわからないけど大変な罪で有罪になっちゃうかも……。
世間からは、「引きこもりオタクがまた犯罪」とか言われてあざ笑われるんだぁ……。おれのコレクションや閲覧履歴を勝手に漁られて、この変態アニメやゲームが影響して、とか好き勝手に批判されるんだ。おれのコレクションの99%は超王道健全ストーリーなのに。残り1%のちょっとアブノーマルなのばかり取り上げて。
ひどい。ひどすぎる。おれは何もやってないのに。
おれは、(もう起きてても仕方がないから、とりあえず寝よう)と思って、自分の部屋のベッドの中に戻った。
寝ようとすると、頭がこつんと、何かにぶつかった。
おれは、ぶつかったものを手に取った。おれのスマホだ。
メールと留守電が入っているようで、両方のマークが光っている。
どうせ、迷惑メールだろう。
それか、批難のメッセージ?
歩武さんの復讐?
おれにメールを送ってくる人なんて、ふだんはいないのだ。母ちゃん以外には。
ひょっとして、母ちゃんから伝言か?
とにかく、おれは、おそるおそる、メールを開いた。
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件名:ごめんなさい(歩武です)
山田君
本屋のアルバイトの歩武です。店長にメールアドレスを教えてもらいました。今日は、わたしのせいで、あんなことになってしまって、ごめんなさい。あの写真は、わたしにつきまとっているあの最低最悪ストーカー男がいやがらせに置いていったものです。すぐに、真城さんの誤解はといたのだけど、山田君は気絶した後、意識が戻ってからも意識がないみたいな、おかしな様子だったので、店長にお願いして、お家まで送り届けてもらいました。真城さんはとても反省していました。真城さんのことは許してあげてください。ぜんぶ、あのクズ男がいけないんです。
歩武保奈美
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メールを読み終え、おれは、しばらく、ぼーっとしていた。
どうやら、おれの人生はまだ終わっていなかったらしい。
おれが異世界に行っている間に、いや、こっちの世界でいうと、おれが意識を失っている間に、盗撮犯という誤解は解けていたようだ。
にしても、歩武さんも大変だな。
いやー、でも、ほっとした。
ほっとしたら、おれは、なんだかうれしくなってきた。
もともと、何もしてないおれが、何もしてない状態になってるだけなんだけど。
最悪の予想をしてたから、何もないってだけで、とっても嬉しい。
ということは、悲観的思考も、悪くないな。いつでも最悪のことを考えていれば、いつもハッピーになれるかも。
安心して、うれしくなったところで、おれは気がついた。
(そうだ、留守電もあったぞ)
おれは、留守電を聞くことにした。
録音メッセージの再生がはじまった。
「おう。あたしだ」
真城さんだ。名乗ってないけど、この声と、ぶっきらぼうな口調は、疑いようもない。
真城さんじゃなかったらリーヌだけど、こっちの世界にリーヌはいないもんな。
歩武さんのメールから推測するに、真城さんは、おれに謝罪の電話をかけてきたんだろう。
「誤解して、殴っちゃったけど、とっても反省してるの。ごめんなさい。山田様。どうか許してください。なんでもしますから」って。
もちろん、あの人がそんな言い方するわけないけど。でも、きっと、内容的には、そんな感じな、お詫びの電話だろう。もちろん、心の広いおれは、ゆるすけど。
でも、もしも、本当に、「なんでもします」って言われたら、どうしよう?
何か頼んでみようか?
ちょっとでもエロいリクエストをしたら、瞬殺、それも百回は死にそうなコンボ攻撃を叩き込まれること、まちがいない。
だけど、ぎりぎり罰ゲーム的ノリで、殺されないですみそうなのは……デ、デデデ、デート?
いや、無理だ。
そんなことを言うのも、実行するのも、あきらかに、おれの限界を突破している。……うん、無条件にゆるそう。おれ、心が広いから。
それにしても、真城さんの声は、ものすごーく不機嫌そうな声だ。
「今日は、ひっぱたいちまったが、なんつーか……」
言いにくそうに、そこまで言った後、一呼吸おいてから、真城さんは、一気にまくしたてた。
「ぜんぶ、おまえが悪い! ホナミの裸、ガン見しやがって! 鼻の下のばしやがって、このスケベ野郎! 女だったら誰でもいいのかよ! 興味があるのは、体だけかよ! ……こんちくしょう。おぼえていやがれ!」
そこで、録音メッセージは切れた。
「えーーー!!! いだっ」
思わず叫んでしまい、ほおとあごの痛みに、おれは、のたうちまわった。
謝るどころじゃない……。
真城さん、すんごい、怒ってる。
歩武さんは、真城さんは反省してるっていってたけど。反省するどころか、「おぼえていやがれ!」って言ってるぞ?
なんか、まるで悪役が負けた後に言う捨て台詞みたいだし……。何に負けたの? って、つっこみたくなっちゃうよ。
なんで? なんで、真城さんがこんなに怒ってんの? 誤解はとけたんだよな? 怒ってる理由がさっぱりわからない……。
今度真城さんに会ったら、殺されそうなんだけど……。
怖い、怖すぎるぅ……。うぅ……。やっぱ異世界にいればよかったかも……。
おれは、後悔しながら、あまりに顔が痛いので、とりあえず、寝た。




