3-26 禁呪
おれは悲鳴のような声でリーヌに声をかけた。
「リーヌさん。おねがいだから、立ち上がってくれっす。リーヌさんはどうせ大丈夫っすけど、おれが大ピンチっす!」
勇者は楽しそうに笑った。
「フッフフフー! これはいい絵だぞ。イノキのガッツを食べる前に、跪く大魔王におれ様が華麗に必殺技を叩きこむところを激写させてもらおう! 映えること、この上ない! おい、ちゃんと撮影しておけよ!」
勇者は必殺技の構えを見せた。
おれは、リーヌの後ろにかくれようとした。だけど、いっしょにダメージを食らうだけな気がする。んでもって、おれだけ、戦闘不能になる気がする。
「ギャー! おれが絶対絶命!」
「ゴツゴースラーッシュ!!!」
勇者の必殺技攻撃は、やたらと見栄えがよくて、雷を帯びた衝撃波となって、こっちにむかって飛んでくる。
「ギャー! あんなのくらってもリーヌさんにとっては静電気だけど、おれは死ぬー!」
おれは、死を覚悟した。
だけど、その時、おれたちの前に突然、光の壁があらわれ、勇者の攻撃が拡散していった。
「あれ? なんだこれ? リーヌさん、魔法をつかったんすか?」
リーヌは答えない。がっくり、地面にめりこみそうな状態のままだ。
今のリーヌが魔法を使ったとは思えない。
勇者が動揺していた。
「な、こ、この障壁魔法は、まさか……。ホナミ! 裏切る気か!」
「その通りです!」
迷いが晴れたような表情で、人間バージョンのホブミは言った。
「リーヌ様。申し訳ありませんでした。私は、この勇者に言われて、リーヌ様に近づきました。でも……、でも、一緒に旅をしているうちに、私はわからなくなりました。あなたは、私が聞いていた残虐非道な大魔王ではない。本当に悪いのは、リーヌ様を利用して優勝賞品を手に入れた上で殺そうとしている、この勇者の方です。リーヌ様……。できることなら、本当の仲間になりたかった……」
女賢者なホブミは、覚悟を決めたような表情で、宣言した。
「リーヌ様。せめてもの罪滅ぼしに、私はどんな代償を払ってでも、ここでこの勇者をとめます」
「なんだと? お前ごときに、このおれ様が倒せるものか! サポート特化型で攻撃は雑魚なおまえが!」
あざ笑うように勇者は続けて言った。
「だいたい、おれ様にはあらゆる攻撃をはね返すこの盾があるのだ。状態異常だって効きはしないぞ?」
ホブミは悲壮感すら漂う重々しい調子で言った。
「たしかに、その通りです。シャハルンの勇者。あなたに打ち勝つすべは、私にはありません。ただひとつ、この手を除いて。禁じられたこの呪文を、使う時がきてしまったようです。この呪文だけは、決して唱えることはないと思っていましたが……」
(まさか、ホブミは自分の命を犠牲に、自爆魔法を使う気なのか? でも、自爆しても、はね返されちゃうよな? どうするつもりだ?)
女賢者は、呪文の詠唱をはじめた。
勇者が青ざめて叫んだ。
「ま、まさか! あの禁呪・キテミテを唱えるつもりか!」
アナウンサーが絶叫した。
≪な、ななななんとー! あのおそろしい伝説の禁呪キテミテだとぉ!? これは大変です! この会場内の人々全員がまきこまれるかもしれません!≫
アナウンサーの声を聞いて、おれは叫んだ。
「おれたちも巻き込まれるの!? やばいじゃん! い、いったいどういう呪文なんだ?」
アナウンサーはおれの疑問に答えるように解説を続けていた。
≪伝説の禁呪キテミテ! 恐怖の呪文! 状態異常無効すら無効にする呪文! あまりの成功率の高さと、引き起こす結果のおそろしさ、そして詐欺集団に悪用された時の危険性によって禁じられたあの呪文!≫
「さ、させるか!」
勇者は叫んで、ホブミに攻撃をしようとした。だけど、勇者が襲い掛かる前に、ホブミは呪文の詠唱を終えていた。
「キテミテ!」
女賢者が叫びながら、上衣を脱ぎ捨てた。そのとたん、賢者の身体が猛烈な光で包まれた。
白い光が消えていくと、そこには、かわいさ絶賛増量中で爆裂セクシーボディな女賢者があらわれた。
ふだんは絶対にかくされているところが露わな姿で!
絶対に取りそうにないポーズで!
おれの脳内には、ホブミがさっき唱えた「きて」「見て」、ついでに「さわって」という声がこだましている。
「ま、まままままさか!」
おれの両手が、おれの意志とは関係なく、前にひっぱられていく。
「そっち系の呪文なの!」
アナウンサーが絶叫した。
≪唱えられてしまったー! 伝説の魅了魔法、禁呪キテミテが! 手練れの女魔術師が使えばおよそ95パーセントの男がなすすべもなく引っかかってしまうという、恐怖の呪文がぁー!≫
勇者が、おれが、観客席の男たちが、みんな、鼻の下をのばしたキョンシーのように、両手をつきだし、ホブミのほうへ引っ張られていく。
≪おそろしい! おそろしすぎます! この呪文は術者の姿によって効果が違うと言われますが、今、まさに会場中の95%あまりの男性が引き寄せられていきます。かくいう私も現在進行形でぇー!≫
アナウンサーは、そんな状況になりながらも実況中継を続けている。
ちなみに、観客のうち、ごく少数の男性と大多数の女性は影響を受けていない。
周囲を見て、あわてて手を前に突き出している男性もいたけど。……たしかに、この状況で男が堂々と平然としているのは、逆に勇気がいるよな。
≪うぉー。なんておそろしい呪文だ! 欲望を増幅させ、その者が見たいモノを見せるという究極の幻覚魔法! あらがう術などありません! あぁ、この眼前に広がる……なんて光景だ! もう死んでもいい!≫
幻覚だと思ってても、止まらない。
≪この呪文にかかれば、知能がゼロになった上に、完全に武装解除されてしまいます! さらに、武器とアイテムをドロップ、所持金までごっそり奪われてしまう! おそろしい! しかし、もっとおそろしいのは、引き寄せられていく男たちを見る女性たちの冷ややかな目でしょう! いったい、今日、何組のカップルが別れることでしょうか! 恐ろしい! ほんとうに恐ろしい呪文です。≫
冷ややかな目ならまだいいけど、おれには怒りに満ちた視線がたくさん見える。
おれは引きずられながら、冷静につぶやいた。
「これ、カップルで来てたら、最悪だな……。よかった、おれ、失うものがなにもなくて」
ここで、突然、ひつじくんの心配そうな声が聞こえた。
『ゴブヒコさん、ほんとに? リーヌちゃん、かなり怒っているよ?』
そこでおれは気が付いた。たしかに、こっちを睨みつけるリーヌの目は、その眼光だけでおれの息の根をとめそうだ。
「おれの唯一の持ち物、命が危ない! リーヌさん! これは、魔法のせいなんす! 不可抗力なんす! 悪いのはあの呪文なんす! おれは被害者なんだから、そんな目で見ないでぇー!」
リーヌは無言だ。ひつじくんの声だけが聞こえた。
『むりだよ、ゴブヒコさん。ぼくも、けいべつするよ』
「ひつじくんは羊だしまだ子どもだからそんなこと言えるけど! あと数年したら、すっかり引っかかるぞ! これは、男の宿命なんだ! もう、何回だまされてクリックしても、また、釣られてクリックしちゃうんだから!」
ひつじくんは、冷たく言った。
『ぼく、もう死んでるから』
「ご、ごめんなさい……」
あまりに申し訳ない気持ちになって、一瞬、おれは魔法からぬけだせそうになった。……が、やっぱりだめだった。
「うぅ、抵抗できそうにない。そうだ、ホブミを思い出すんだ。あれは、あの不細工な女ゴブリンだ。お、少し力が弱くなったような気がする! ……でも、ホブミに化けてたけど、正体は人間なんだもんな。それにしてもまじめそうなあの人があんな姿に……。あ、ますます呪文の力が増してきた!」
どうやっても、この呪文の力から抜け出すことはできそうにない。それに、おれだけじゃなくて、会場中のほとんどの男達がそういう状態だった。
≪禁呪の力で、観客席から男性たちが引きずり落とされていきます! あぁ、もう、どこまでも堕ちていきたい……≫
それでも、アナウンサーはまだ実況を続けている。見上げたプロ根性だ。
なにはともあれ、このホブミの呪文に、勇者も確実にかかっていた。
「くそぉ! ホナミ、なぜ、おれをうらぎる!」
勇者は両手をつきだして、ホブミに引き寄せられていく。わしづかみにしようとでもいうように開かれたその手から、あの盾が落ちた。
ホブミが叫んだ。
「リーヌ様! いまです! 勇者を攻撃してください!」
「よっしゃーーー! みんな、アタイに力を!」
リーヌは両手を天にむかって突き上げた。そこに、まるで会場中の女性の怒りのエネルギーでも集めるかのように、光のオーラが集まっていく。
そして、リーヌは両手に集めたオーラを、一度腰の横にひきつけてから、勇者にむかって放った。
「ダ・メ・ダ・メ・波―――――!」
ダメダメ波の直撃を受けた勇者は、黒こげになりながら、闘技場の壁にめりこんだ。




