3-25 勇者乱入
イノキは猪突猛進、リーヌにむかって突撃していった。
リーヌは、イノキの頭部の牙をつかみ、横へ投げた。
イノキは転がっていった。でも、すぐに立ち上がった。
「ぐぅぇえーんぎぐぅぁあーー!」
イノキはまだ元気そうだ。かなりタフなモンスターっぽい。
おれはイノキにむかって叫んだ。
「戦いをやめろー! おれたちは敵じゃない。おまえの胃とか、全然狙ってないから!」
「ぐぅえーんぎぐぅあ?」
イノキが立ち止り、おれを見た。モンスター同士のせいか、意外と話が通じそうだ。
「そうそう。おれたちは敵じゃない。むしろ友達っす。おれたちは、友達っす」
イノキは疑わしそうな顔でおれとリーヌを見ている。
「ぐぅえーんぎぐぅあ?」
おれは説得を続けた。
「たしかに、その人は見た目が超怖いけど、実はモンスター好きの超アホな人だから、大丈夫っす。近づきすぎなければ、意外と安全っす。しかも、強すぎで困っているから、イノキの胃なんて、ねらうわけないっす」
「おう。アタイはテイマーだぜ。おまえを仲間にしてやろう」
「ぐぅえーんぎぐぅあー……」
イノキは大人しくなり、首をひねるように頭部を曲げた。
「あ、別に無理に仲間になる必要はないっすよ。リーヌさんの仲間モンスターなんて、おれだけで十分っすから。とりあえず、一緒にこっから出るっす」
「ぐぅえーんぎぐぅあ」
イノキは納得したように枝を振った。
ところが、その時、おれの後ろから奇妙な笑い声が響いた。
「フッフフフフフッ! フハーハッハッハ! 大魔王リーヌよ。おまえがいらぬというなら、そのイノキはおれ様がいただいてやろう」
おれが振り返ると、そこには、チャラい勇者がいた。あのすべてのダメージをはね返す盾をもつ勇者だ。
「勇者!? なんでおまえがここに!?」
ほとんど同時にアナウンサーの解説の声が響いた。
≪おおーっと、ここで乱入者がーー! あれは、シャハルンの勇者か!? ステータスは勇者史上最弱でありながら、特殊な装備によって無敵と呼ばれるほどになった、成り上がり勇者! 大好きな言葉は「ざまぁ」だそうです!≫
武道会の参加者でもない勇者なのに、すぐに解説できるこのアナウンサーは有能だな。
勇者はおれには答えず、返事代わりに斧を取り出し、投げつけてきた。おれのすぐ横を斧が飛んでいった。
そして、勇者が投げた斧はイノキの枝の先をかすって、武道会場の壁にぶつかり、爆発した。
「ぐぅぇえーんぎぐぅぁあーー!」
イノキが怒りの声を上げ、観客が歓声を上げた。
怒り狂ったイノキがこっちにむかって突進してくる。
おれは大急ぎで逃げた。
突進していったイノキを勇者は盾で反射した。
イノキはふっとんで、地面に落ちた。
おれは勇者に向かって叫んだ。
「やめろ! 勇者! おまえは優勝してないんだから、イノキに挑戦する権利なんてないだろ!」
「ふふん。魔王のものはおれ様のものだ! このイノキ、おれ様がもらった!」
勇者は、もう一度斧を投げた。斧はイノキにあたり、爆発した。
イノキは倒れたまま動かない。
「イノキ!?」
「ふっふっふ。イノキ狩りにはボンバーアックス。頭の悪いお前達は知らないだろうが。ボンバーアックスをあてればイノキを気絶させることができるのだよ」
イノキは動かない。勇者の攻撃で気絶してしまったようだ。
「てめぇ! イノシーになにしやがる!」
リーヌは勇者にどなりつけた。
リーヌの怒鳴り声は暴風になって勇者の方へとんでいったけど、勇者の盾で反射された。
「フッフッフ。大魔王リーヌよ。おまえは、今日ここでおれ様に大観衆の前で倒されるのだ! この会場では、会場外への吹き飛ばしは無効。そして、リングを囲むこの塀は特別頑丈にできている。おれ様は背中を壁につけて戦えば、後ろから襲われることはない。さらに、今回は呪いの装備を外し、装備で防御力と体力をあげてきた。ヘナチョコゴブリンに何百発殴られようとダメージなんて受けん。死角はないのだ」
この勇者、ちゃんと前回の敗因を分析して、対処している。
まずい。
おれが勇者の気を引いて、リーヌが背後から攻撃を当てるって作戦はもう効かないみたいだ。
「フッフッフ! さらに。おれ様は、ここでさらに強くなるのだ! さぁ、賢者ホナミよ。解体魔法でイノキのガッツをとりだせ」
ふと気がつくと、ホブミは勇者の横にいた。
おれはそれを見て悟った。
「ホブミはスパイだったのか! あーあ。おれ、はじめっからあやしいとは思ってたんだよなぁ。どうして気がつかなかったんだろ」
「なに? ホブミは酸っぱいのか?」
アホな顔で聞いてくるリーヌに、おれは言った。
「すっぱいじゃなくて、スパイっす! ホブミは変態勇者の手下だったんすよ!」
「な、なに!?」
ホブミが深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、リーヌ様」
勇者がうれしそうに笑った。
「ふふふふふ。ホナミよ、正体を見せてやれ」
ホブミの身体から、光がはなたれた。
次の瞬間、女ゴブリンの姿は消え、そこに立っていたのは、けっこうかわいい女賢者だった。
「リーヌ様。だましていて、すみません。わたしは、本当は勇者パーティーの賢者なのです。リーヌ様を武道会に誘い出し、ここに勇者が転移できるようにしました」
ホブミはかなしそうにそう言った。
おれは人間になったホブミの姿を凝視していた。
ホブミ人間バージョンは、「もしも歩武さんが化粧をして髪型をかえたら、すっかりこんなにかわいくなっちゃうかも?」といった感じの見た目だった。
背は低めで、おとなしくてまじめそうな感じの美少女、といった雰囲気だ。
といっても、歩武さんと同じ歳だったら、21歳だから、もう少女っていう歳ではないけど。たぶん、年齢より若く見えるタイプだ。
それに、地味な賢者の服で体の線がよくわからないけど、よくわからないんだけど、なんだかひょっとしたら、服の中がすごそうな、ボディラインだ。
「歩武さんなの? ホナミって言ってるし?」
女賢者は怪訝そうな顔をした。
「ホブサン? なんのお話でしょう。私は変身魔法でホブゴブリンのホブミに変身していただけですが?」
どうやら、あっちの世界の歩武さんとは関係ないらしい。……にしても、あのゴブリンのホブミとは思えない、かわいさだ。
歩武さんも本気を出すとこんなにかわいくなるのか? ふだんは全然、地味ぃーな印象しかなかったけど。
勇者は笑った。
「フフフフフ。本当は邪魔なゴブリンは道中で始末しておく計画だったのだがな。ほんの数時間だけ、命拾いをしたな、忌々しいゴブリンめ」
「おれ、命ねらわれてたの!?」
狙われていたのは、リーヌじゃなくて、おれだったのか……。
だとすると、おれ、よく生きているな。こんなに弱いのに。
とにかく、今はこの勇者をどうにかしないといけない。おれはリーヌに話しかけた。
「リーヌさん、どうするっすか? どうにか盾のないところに攻撃を当てないといけないっすけど……」
だけど、おれの声なんて聞こえないように、リーヌはがっくりと両膝を地面について、うつむいていた。
「ホ、ホブミ……」
リーヌがつぶやいているのが、かろうじて聞き取れた。
「リーヌさん?」
リーヌは、ぶつぶつと、聞き取れない言葉をつぶやいている。
「ま、まさか、ホブミに裏切られたショックで、戦意喪失!?」
ここしばらくリーヌがずっと上機嫌だったから忘れていたけど、このお方、仲間がいないとかいう話になると、とんでもない弱弱豆腐メンタルになるんだった!
「まずい。まずいっす。リーヌさん! とにかく立ち上がってくれっす! 早くしないと、イノキも危ないし、勇者はこっちに攻撃してくるっす!」
リーヌは、うつむいたまま、悲しそうな声で言った。
「ゴブヒコ、世話になったな。アタイはもう、この世に未練はない」
「しっかり! こんなことで人生あきらめないでくれっす! ホブミなんて、もう、最初に出てきた時から、あやしさ爆発だったじゃないっすか! だまされやすいおれですら、あやしいと思うほどに! しかも知り合ってからまだ何日もたってないっす!」
「まさか、ホブミが……」
リーヌは、疑ってすらいなかったらしい。
そんなリーヌを見て、リングの向こう側で、ひっそりと立っているホブミが、思いつめた表情で、つぶやいていた。
「リーヌさま……。リーヌさま、私は、私は……」




