3-? ホブミ6
メタル牧場を後にしたリーヌ一行は、一度、サンサの村へ戻った。
サンサ村へ戻ったホナミを待っていたのは、勇者からのメッセンジャーだった。路上でリーヌとゴブリンが騒いでいる間に、ホナミはひとり、伝言を聞いた。
「なにをしている。武道会の開催日がせまっているぞ。失敗すれば、例のものを会場中にばらまいてやる。すでに1万枚印刷済みだ」
ホナミは、ジェイシー町の武道会に参加するよう大魔王リーヌを説得した。
一文無しのリーヌ達は、武道会の優勝賞金と賞品につられ、ジェイシー町に向かうことに決めた。
説得に成功したものの、ホナミの心は深く沈んだ。
(私はリーヌ様をだまして、あの勇者にさしだそうとしている……)
どうしようもない罪悪感に心を苛まれていた。
ジェイシー町についても、リーヌとゴブヒコはあいかわらずだった。まるで何も考えていないように、能天気にふざけて笑って騒いでいる。
そして、ふたりは武道会そっちのけで、海水浴をできる海岸を探しに行ってしまった。
この町に、海岸なんてないのだが。
楽し気に騒ぎ歩いていくリーヌとゴブリンの後ろ姿を見ながら、後をついていくホナミの足は、しだいに重たくなっていき、じきにとまった。
ホナミは、立ちどまったまま、遠ざかっていくリーヌとゴブリンの後ろ姿を見つめた。
もうすぐ、武道会へのエントリーが締め切られる。
このままホナミがなにもしなければ、大魔王リーヌは武道会のことなんて忘れて、勇者と出会うことなく、無事にこの町を立ち去るだろう。
(リーヌ様のためには、それが一番……)
「おーい」
リーヌがこちらに振り返り、早く来いというように、手をふっている。
ホナミは、リーヌにむかって一礼すると、背を向け、一目散にその場から走り去った。
「ホブミのやつ、どうしたんすかね?」
「どっか他に行くとこがあるんだろ?」
「じゃ、おれたちは海岸へレッツゴーっす」
そんなゴブリンとリーヌの能天気な会話が聞こえた気がした。だが、本当にそう言っていたのかは、遠すぎてよくわからなかった。
ホナミは振り返らずに、走り続けた。
(これで、いいのです)
胸を切り裂かれるような別れの辛さを感じながら、ホナミはそう思った。
もう二度と、ホナミがリーヌに会うことはないだろう。
ホナミは、このまま、この町を立ち去るつもりだった。
あの勇者から逃れ、新しい人生をどこか、誰も知らない町で始めるつもりだった。
だが、足早に狭い路地を歩いていたホナミの前に、人影が立ちふさがった。
「なにをやっている。ホナミ」
薄暗い路地でホナミの前に立ちふさがったのは、あの勇者だった。
「勇者様……」
勇者は、女賢者をずっと監視していたのだろう。
「武道会の開始まで、もう時間がないぞ。大魔王はどこへ行った?」
「大魔王リーヌは……」
大魔王リーヌは武道会には出ない。
そう言うつもりだった。
はっきりと、「私はこの任務を放棄します。あなたのために働くのは、もううんざりです」と、言いたかった。
だが、ホナミの口は動かなかった。
ホナミは、臆病な女だ。
ホナミを睨みつける勇者の視線が、ホナミから自由な意志を奪っていた。
ホナミは言いようのない恐怖を感じていた。どんな仕返しをされるかわからないから、殺されるかもしれないから、とその場で考えたわけではない。
理由もわからないのに、女賢者はこの勇者に歯向かうことができなかった。
まるで、これまでずっと、この勇者に従い続けてきたせいで、もうその支配から逃れることができないとでもいうように。
女賢者は言った。
「大魔王リーヌを武道会に参加させます。私はこれから、参加登録をしてくる予定です」
「時間がない。急げ」
「はい」
女賢者は武道会会場へ行き、大魔王リーヌとゴブヒコの参加登録をした。
武道会参加に必要な仮面を入手し、それから、大魔王リーヌとゴブリンを探した。
リーヌ達を探しながら、見つからなければいい、見つかりませんように、とホナミは願った。だが、早々に勇者パーティーの仲間が、大魔王リーヌとゴブリンを見つけ出してしまった。
告げられた場所に向かい、大魔王リーヌと合流したホナミは、どうしようもない罪悪感とともに、どうしようもない再会の喜びを感じた。
もう二度と会えないと思ったリーヌに再び会えた喜びを感じながら、 いつものようにホブゴブリンのホブミの演技をしながら、女賢者は、脳内がぐちゃぐちゃに混乱していくのを感じた。
(私はいったい、何を……)
自分が何をやっているのか、自分でも、もうよくわからなかった。




