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3-23 ジェイシー町

 ここはジェイシー町。

 おれは、なぜか南国リゾート風の町の中で、とまどっていた。


「なんで、南国なんだろ。おれたち、北に来たはずなのに」


「ゴブヒコ、そのダジャレは、キタねーぞ」


 おれはリーヌがダジャレをかぶせてきたことはスルーした。


「だって、ここ、リーヌさん家より北にあるんすよ? ここって南半球だったの? いや、さっきまでまわりの風景は全然、南国じゃなかったし。うーん。この世界の気候ってあっちの世界とは違うのかなぁ」


 おれがつぶやいていたら、ホブミが説明してくれた。


「先輩、ここにはパパ・イヤの木があるからなんです。パパ・イヤの木は女の子たちの『パパなんてイヤ!』という感情を熱エネルギーに変換して大気に送りだすんです。だから、このあたりはあたたかいんですー」


 リーヌは上機嫌に言った。


「よし。アタイはツルツルキュートな海のアニマルを探しに行くぜ」


「じゃ、とりあえず海に行くっす」


「リーヌ様ー! 海じゃなくて、武道会ですー!」


 おれたちは、とりあえず海岸を探しに行くことにした。

 ホブミは、途中で別行動をとった。

 しばらくして。町はずれの、おしゃれなカフェが並ぶ場所で、リーヌはつぶやいた。


「ねーなー。海」


「そうっすねー。町の外は森で、全然ビーチっぽいものが見えないっす。でも、ひょっとしたら、森の向こうにこっそり、ヌーディストビーチとかあるかもー。ムフフ」


「ぬーですと?」


「ヌーディストビーチっす」


 おれの脳内には、裸の美女であふれる楽園の光景が浮かんだ。……実際のヌーディストビーチは老人だらけって聞いたことがあるけど。妄想するくらいは、勝手だもんな。


「お姉さんたちが、裸で、ビーチボールやスイカ割りを……ムヒヒヒヒッ」


 脳内の光景に興奮して、おれがそうつぶやいた、その時。

 突然、おれの横で何かが爆発した。


「うわっ」


 赤いものが散乱している。おれの足が、びっしょりだ。

 おれは、地面に散乱した赤い肉片をおそるおそる眺めた。……これは、R指定なものじゃない。ジューシーな果肉だ。独特のにおいで、黒い粒々も見えるし、緑色の破片もある。

 まちがいない。

 これは、スイカだ。 


 突然、空からスイカが降ってきて、おれのすぐ横に落ちて爆発したのだ。

 そして、おれがスイカの破片を観察している間にも、周囲にドシャー、ドシャーと、スイカ爆弾が落ちていた。


「キャー!」とか「ワー!」とか叫び声が響き、あちこちで赤い果肉が散乱していた。

 あたりは、すっかり、赤い果肉の地獄絵だ。

 おれは、じーっと、リーヌを見た。

 リーヌは、そっぽをむいて、口笛をふいた。


「リーヌさん、こういうイタズラはやっちゃだめっす。人に当たったら、大変っすよ」


 リーヌはそっぽを向いたまま、言った。


「ぐーぜんだよ。なんでもアタイのせいにすんなよ」


「偶然、スイカが空から落ちるわけないっす! んでもって、こんなことできるの、リーヌさんしかいないっす!」


「うっせーなー。なんだかイライラしたんだよ。スイカ爆弾の雨でもふらねーかな、って思うくらいに。でも、アタイは何もしてねーぜ。思っただけだもーん」


「ぜったい、あんたの魔法っす。ま、いいっすけど。スイカくらいなら。なんか、スイカ・アポカリプス、みたいな壮絶な光景になっちゃったっすけど」


 リーヌがしでかすことの中では、おちゃめなレベルだ。

 さて、さらにビーチを探し続けて、1時間くらい後。


「おい、どういうことだ? ゴブヒコ。どっちに進んでも川しかねーぞ」


 リーヌは流れる川を見ながら、首をかしげた。

 おれとリーヌは、すでに町を一周し終わったところだ。この町の外周には川が流れていて、その先はずーっと森が続いていた。

 おれは途中で観光案内所に立ち寄って地図をもらったから、間違いない。

 

「どうもこうも、そういうことみたいっす。ここに海はないっぽいっす。島じゃなかったんすよ」


 気候は熱帯地方っぽくなっていて、街並みは南国リゾート風なんだけど、そもそもここは海岸沿いじゃなかったのだ。

 観光案内所のパンフレットには豊かな熱帯雨林と川に囲まれた森林リゾートって、説明が書いてあったし。


 リーヌは、ちょっとあわれな顔になって、おれにたずねた。


「ツルツルキュートは?」


「川だから、川魚くらいしかいないんじゃないっすか?」


「川魚じゃやーだー。イルカと泳ぐ~」


「リーヌさん、水着も持ってきてないくせに。なにをいまさらっす」


 リーヌは口をとがらせ、ブーブー言いながら、宣言した。


「水着なんていらねーよ。イルカがいたら、真っ裸で泳いでやるぜ!」


「な、なななんですと!? なんとしてでも、イルカを探すっす!」


 興奮して叫んだおれに、リーヌは、あきれた調子で言った。


「じょーだんだよ。エロヒコめ」


「えー? 冗談なんすかぁ? おれ、真剣に川イルカを探そうとしてたのに」


 リーヌなら本気でやりかねないと思ったんだけど。てか、今、一瞬、イルカの背びれっぽいものが見えたんだけど。

 ま、リーヌが泳いでくれないなら、教える必要はないや。


「誰もいねーならともかく。こんなところでマッパで泳いだら逮捕されちまうぜ」


 リーヌは意外とまともなことを言った。


「なんか、腹へってきたな」


「そうっすね。おれも死にそうに腹へってるっす。そういえば、さっき、パパイヤの林はこっちっていう看板が出てたっす。パパイヤなら、実がなってるかもしれないっす」


「よし、パパイヤを食いに行こう」


 というわけで、おれたちは、看板を頼りに、パパ・イヤの林を見に行った。

 ところが、パパ・イヤの林に近づくと、おそろしい叫び声が聞こえてきた。


「パパなんてイヤー!」「おならくさーい!」「きもちわるいー!」「うざーっ」「加齢臭ー!」


 おれは林の入り口でつぶやいた。


「なんすか? これ。木から叫び声が出てるみたいだけど……。パパイヤって、こういうことだったんすか? にしても、この林、男にとってはトラウマものな場所の気配が……」


 そうつぶやくおれに、リーヌがたずねた。


「おまえ、パパなのか?」


「え? おれは別にパパじゃ……」


 おれは、そこで、通常パパになるために必要となる条件、つまり、子どもができる仕組みを思い出した。


「よく考えると、この調子だと、おれ、一生パパになれそうにないっす。うん。あんな声、全然、気にならないっす。パパなんて、けなされまくればいいんす。パパのバカヤロー!」


 おれたちは、パパ・イヤの林に入ってみた。

 木の幹に口みたいな洞があいていて、そこから、女の子たちの叫び声が響いている。

 しかも、声だけじゃなくて、蒸気があがっている。


「うわー。暑いっす。サウナみたいっす。この島の気候って、ほんとにこの植物のせいなんすね」


「そうだな。服着てるのが、馬鹿らしくなってくるぜ」


「ぜんぶ脱いでもらって、全然かまわないっすけど?」


 おれの鼻が、思わず、ムフーッと鳴った。リーヌが、あきれ顔で言った。


「いちいち反応すんなよ、ハナイキアラヒコ。そんなに見てーのかよ」


 正直、おれは、見たくてしかたがない。特に、サンサ村の宿屋で半裸の後ろ姿を見てしまってからは、もう見たくてたまらない。

 でも、そういうことを正直に言うと、ろくなことにならないので、おれは話題をかえた。


「にしても、ここ、ほんとに暑いっすね。食べられる実はなさそうだし。てか、これ、実がなっていても毒がありそうだし。とにかく暑さで熱中症で死にそうっす。早く外に出るっす」


 おれたちは、パパ・イヤの林の外に出た。

 リーヌはなげいた。


「海もフルーツもねぇのかよ。残念な町だな。ゴブヒコみてーだぜ」


「なんで、そこでおれを引き合いに出すんすか。まぁ、いいや。とっとと別の町に行くっす。新しい町に行って、今度こそ海を探すっす」

 

「おう」


 ところが、そこで別行動をとっていたはずのホブミの声が響いた。


「そうはいきませんー」


 大きな荷物を背負ったホブミがそこにいた。


「ホブミはもう、リーヌ様の武道会参加登録をすませちゃったのですー」


 そう言ってホブミは、荷物をドシンと地面におろした。


「ホブミは、武道会用にお二人の仮面も用意してきたですー」


「仮面?」


 ホブミは仮面の説明をした。


「仮面は、武道会の出場者全員がつけないといけないのですー」


 ホブミはリーヌに仮面を渡した。


「リーヌ様のお美しいお顔をかくしてしまうのは残念ですけどー。はい、リーヌ様」


 ホブミはリーヌに美しい装飾が施された蝶々っぽい形の仮面を渡した。


「なんか、リーヌさんがそれつけると、女王っぽいっすね」


 ホブミは「先輩には、これですー」と言いながら、一度後ろを向いて、袋からなにかを出したと思うと、おれの頭に、がぽっとその何かをかぶせた。


「うわ! 何だこりゃ!」


 でかくて重たい。視界も、遮られる。

 リーヌの叫び声が聞こえた。


「なにぃ! ゴブヒコが、ニャンヒコに進化したぞ!」


 どうやらこれは、猫の着ぐるみの頭部らしい。


「進化じゃないニャー!」


 とりあえずつっこんでおいてから、おれは抗議をした。


「これ、仮面じゃないだろ! なに考えてんだよ! ホブミ!」


「先輩の顔をかくすには、これくらいないとむりですー」


 リーヌの心底、感心した、という感じの声が聞こえた。


「すげぇな。ゴブヒコをかわいく進化させるなんて。ホブミ、おまえ天才だな」


「ありがとうございます。リーヌ様」


 ホブミはかん高い声でリーヌに礼を言っていた。


「天才じゃないっす! こんなのかぶってたら、この町の気候じゃ熱中症で死ぬっす!」


 おれは、地面に倒れこみ、転がりながら、がんばって着ぐるみの頭部をはずした。

 この短時間でも、おれの顔は汗びっしょりだ。いや、パパ・イヤの林で、すでに汗びっしょりになってたんだけど。もう、今は、汗で顔を洗ったかのように、汗びっしょり。

 リーヌは、ぎょっとした顔で、おれを見た。


「ニャンヒコがー! 顔面溶解の妖怪みてーになっちまったぞ? スイカくせーし」


「リーヌ様、これは、ただの汗をかいたブサヒコ先輩ですー」


「そうそう、ただの汗だくなブサ顔っす。って、ひどっ! 顔面溶解の妖怪ってなんすか。ダジャレが言いたいからって。それに、スイカ臭いのは、リーヌさんのスイカ爆弾のせいでしょ! ったく。ホブミ、もっと軽い仮面をくれよ」


「じゃ、これですぅー」


 ホブミがいやそうに言って、渡してきたのは、目出し帽だ。


「銀行強盗か!」


 ホブミはリーヌの腕をひっぱった。

「さあさ、リーヌ様、武道会はこっちですー。おいしいお料理がいっぱい用意されていましたよ。参加者は無料で食べ放題なんですー」


「食べ放題!?」


 腹ペコのおれたちは、急いで武道会の会場にむかった。


[モンスター図鑑]


18 イヤ:植物モンスターの一種。運動能力がないため、ただの植物に分類されることもある。イヤの木には、イヤ・イヤ、パパ・イヤ等いろいろな種類があるが、どれも人間の何かが嫌だという気持ちをエネルギーにしている。


109 カワイールカ:川に住んでいる、かわいさがモンスター級のとってもかわいいイルカ。見るものすべてを魅了してしまう。あまりにかわいくて見つかるとみんながキャーキャー言って大変だから、普段は川の底の方に隠れている。


??? ニャンヒコ:おおきな猫みたいな頭と、か細い胴体、緑の短い手足をもったへんてこな生き物。


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