3-21 ひつじホテルのレストラン
ひつじホテルの併設レストランは、通常はベジタリアンメニューしか出さないらしい。牧場のみんなは、草食動物だから。
でも宿泊者用のディナーは、ほかのメニューも用意できるらしい。
おれたちは事前に、メインディッシュをベジタリアン料理にするか鴨料理にするか聞かれた。
おれは全力で鴨料理に反対して、全員ベジタリアンメニューにしておいた。
だって、どう考えたって鴨料理の材料は……。
メタルカモ危なかったかも!
夕食の時に、ようやく、おれはひつじくんに、話を聞くことができた。
「やっぱり、ひつじくんの声はおれにしか聞こえないのかな?」
おれはリーヌとホブミにあやしまれないように小声で言った。
『うん。そうだよ。ぼくはゴブヒコさんに話しかけているから』
ひつじくんはそう言った。
おれの正面にすわっているリーヌは、やっぱりひつじくんの声なんて聞こえないらしく、サラダの草をむしゃくしゃ食べながら、
「羊になれそうな気がするぜ。アタイ、羊になってないか?」
と、ホブミに聞いていた。
もちろん、リーヌは羊になんてなっていない。
「でも、ひつじくん、天国に行ったっぽかったのに。こんどはネックレスに転生しちゃったの?」
おれはあんまりネックレスの方を見ないようにしながら、そう言った。
ホブミがうるさいから。ちなみに、ホブミはリーヌの横にすわっているので、おれの斜め前にいる。
『うん。ほんとうは、もうこないつもりだったんだけど。青い光がぼくにお願いがあるっていうから』
「青い光ってことは、青い妖精? いったいなにを?」
『「過労でたおれそうだから手伝ってちょうだい」って。それもこれもゴブヒコさんのせいなんだって』
「いや、おれのせいじゃないよ。青い妖精め。ブラックな勤務先か上司のせいでしょ。ひとのせいにしてー。ともかく、じゃあ、ひつじくんは、おれのサポートにきてくれたの?」
『ううん。青い光にたのまれたのは、ゴブヒコさんの監視だよ』
「監視!? おれって監視対象だったの!?」
おれが思わず叫ぶと、ホブミがいつもより低い声で文句を言ってきた。
「先輩、うるさいのですー。ひとりごとなら、聞こえない声で言ってくださいですー。それに、食べ物を口からこぼさないでくださいなのですー。その顔だけでも見苦しいのに、食べ方も汚いなんて、最悪ですー。テーブルの上が食べかすだらけですー」
「ゴブヒコは『ゴブヒコ食い』スキルをもってるからな」
リーヌが上機嫌でよくわからないことを言った。
おれがそんなスキルをもっていないことだけは、たしかだ。
「リーヌ様、それはなんですか?」
ホブミがたずねると、リーヌは説明をはじめた。
「『ゴブヒコ食い』のおかげで、こいつが庭で飯食うとな、犬や猫や小鳥がたくさんよってくるんだぜ」
リーヌの言葉にびっくりして、おれはひつじくんをほっといて、リーヌにむかってたずねた。
「なんすかそれ? たしかに、なんかやたらと、うちの辺りは野良犬や野良猫が多くて、庭には小鳥が多いっすけど、おれとは関係ないっすよ」
やたら動物が多いから、おれが食べていると、足下を犬や猫がうろついてるけど。テーブルの上には小鳥がくるし。……あれ?
「いつも食べる時に、ぼろぼろ食い物落としまくって、テーブルのまわりをエサやり場にしてるじゃねーか。すげぇよな。『ゴブヒコ食い』の威力」
「いや、おれ、べつに、ふつうに食べてるだけっす……」
やたらと犬や猫がおれの足下の地面をなめてたりするけど。
やたらと、小鳥がテーブルをつついてるけど。
「たしかに、家には『動物にエサをあげないでください』って大家さんの怨念がこもってそうな張り紙があるっすけど……。おれはずっと、リーヌさんがふわもこアニマルをおびき寄せようと、餌付けしてるのかとおもってたっす」
おれは、いつも、(しかたがないなー、リーヌは)と、思いながら、張り紙を見ていたのだ。
「んなめんどくせーことするかよ。近くの動物は、おまえが『ゴブヒコ食い』で集めてくれるじゃねーか。おまえが食い終わった後、すげぇ、いっぱい来てるんだぜ? アタイがさわろうとすっと、みんな逃げていくんだけどさ」
おれが、餌付けしてたのか!
リーヌは、ほがらかに言った。
「だから、アタイも『ゴブヒコ食い』を習得しようとおもってんだ。テイマーとして」
「やめてください、リーヌ様! おねがいですから、こんなゴブリンのまねをするのはやめてくださいなのですー!」
ホブミが真剣なようすでとめていた。
「食べ方すら汚いなんて、どこをとっても最悪なゴブリンですー。リーヌ様に悪影響を与えないでくださいなのですー」
ホブミが低い声でぶつぶつ言っていたけど、おれは、ホブミのことは無視して、ひつじくんとの会話にもどった。
「ごめんな、ひつじくん、ほったらかしちゃって。リーヌが変なこと言う出すもんだから、ついつい。で、ひつじくん。青い妖精に頼まれたから、ネックレスになったんだっけ?」
『うん、そうだよ。それに、青い妖精がね、ゴブヒコさんのことを、「あいつは、とんでもないバカでヘタレでダメダメだから、まかせといたらとんでもないことになっちゃうわよ」っていうから』
「青い妖精! なに言ってくれちゃってるの! おれの、頼れるお兄さんなイメージが崩壊しちゃうだろ!」
おれは思わず叫んでしまい、口の中の食い物の破片がいくつか吹き飛んだ。おれは、リーヌのネックレスを見ないように、斜め前を見ていたから、ホブミの方に、とんでいった。
即座に、ホブミが殺意すら感じる目でおれを睨み、すごみのある声で文句を言ってきた。
「先輩、その口をボンドで接着するか、糸で縫ってくださいですー。もう二度とその口をひらかないでくださいですー」
「ひどすぎ! 食べることとしゃべることくらい、おれにだって許されるだろー?」
「先輩には、許されませんー!」
ちなみに、この時、リーヌは、野菜を食べながら、
「なんかふわふわもこもこしてきた気がすっぜ? なぁ、アタイ、ふわもこになってないか?」
と、おれたちにきいていた。
ホブミは、おれに対するのとはうってかわって、高いやさしげな声で答えた。
「すこし、そんな気がしないでもないですー」
もちろん、リーヌは、ふわもこになんて、なっていない。
(野菜食べただけでふわもこになるかよ! なったら世界中の人みんなふわもこだよ! 人類総毛むくじゃらだよ!)
と、心の中でおれはつっこみ、ひつじくんとの会話に戻った。
「ごめんな。ひつじくん。ホブミがいると、ゆっくり会話もできなくて。さっきの話の続きをしよう」
『うん。だいじょうぶだよ、ゴブヒコさん。さっきの話だけど、ぼくは、ゴブヒコさんのこと、頼れるお兄さんって、ちっとも思ったことないよ。どっちかって言うと、「困った弟みたいなお兄さん」だよ』
おれは、ちょっとショックを受けた。
「おれ、そういうふうに思われてたの? 小学生のひつじくんにとっての弟って、小学校低学年か幼稚園児くらいだよね? ……おれ、すでに成人してるんだけど」
おれ、精神年齢中学生みたいに言われるのは、わりと慣れてるけど。さすがに、幼児は……。
『うん。それでぼくも、やっぱりリーヌちゃんが心配だから、もどってくることにしたんだ。だまって見てられないからね。こっちに、あんまり長くはいられないんだけど』
「うーん……。おれ、かんぜんに頼りないイメージだったんだな……。まぁ、いいや。ところで、ひつじくん。そのポジション、ものすごくうらやましいんだけど。ぜひとも感触をおしえてくれないか?」
ひつじくんネックレスはチェーンの長さが長めなので、なんともいえない柔らかそうな所にひつじくんはいるのだ。
『かんしょく?』
その時、ホブミが叫んだ。
「キャーーーー―! ゴブヒコ先輩が、ぶつぶつエッチなことを言っているですーー!」
チッ。ホブミめ。耳ざといやつめ。
その後、活動時間が限られているひつじくんは、おれの質問に答える間もなく眠ってしまった。
ちなみに、ひつじレストランの料理は、素材の味がいかされた感じだった。やっぱ、草食動物用だから薄味なんだろう。
でも、ここの乳製品はすごかった。
メタル牛乳はメタリックにかがやいていて、そのまま飲んでもいいけど、コーヒーや紅茶にかけると、とてもおしゃれなのだ。
コーンスープもメタリックイエローにかがやいていたし、メタル牛乳からつくられたチーズは銀色で、けずってサラダにかけると、とてもきれいだった。
インスタ映え間違いなしだな。おれ、インスタとかやってないけど。てか、たぶんこの世界にインスタないけど。
ただ、硬質メタルチーズの薄切りもでてきたんだけど、それは、おれやホブミには歯がたたなかった。金属板かんでいるようで、歯が折れそうだった。
リーヌはふつうにむしゃむしゃ食べてたけど。
ディナーの途中には、おまわりさんの「オマワリ」という名のブレイクダンスの披露や、ラムメタルの飛び入りライブもあって、おれたちはひつじホテルでの一夜をとても楽しくすごしたのだった。




