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3-19 蘇生

 おれは川岸でひとり叫んだ。


「なんで魔王さんだけ生き返ってんの!?」


 おれは川辺のお花畑にひとり残された。

 ここにひとりでいるのはかなり寂しい。

 おれを見つけて手をふっていた魔王の気持ちがわかってしまう。

 もう、ほとんど知らないおっさんでもいいから、誰かきてくれないかな、と思ってしまう。


「もう、なんなんだよ~。この微妙な空間ー」


 おれが文句を言っていると、聞きなれた声が響いた。


「しかたないでしょー。ちょっと待ってあげないと、蘇生魔法をかけてもらえる人もいるんだから」


「あ、青い妖精?」


 その声は青い妖精の声だった。

 だけど、おれが振り返ると、そこにいたのは、小さな青い光ではなかった。ふつうの人間サイズの……


「母ちゃん!?」


「ちがうわよ!」


 全身から青い光を放つ母ちゃんそっくりさんは叫んだ。どうやら、見た目は等身大の母ちゃんだけど、青い妖精らしい。


「どっからどう見ても母ちゃんじゃん!」


「好きでこんな姿してるわけないでしょ! これはあんたの呪いよ! あんたの中の人生のナビゲーターのイメージがこの姿なせいでこんな姿にされちゃって、本当に迷惑しているんだから!」


 おれは文句を返しておいた。


「人生のナビゲーターが母ちゃんって、ママっ子男子に聞こえるからやめてくれよー」


「マザコンって認めなさいよ。往生際が悪い」


「往生しそうな時にやめろって。だいたい、おれ、精神的には母ちゃんから自立してるぞ。母ちゃんに依存しているのは、お金と食事と家事とか生活全般だけだから。あ、でも、近頃は自分の食器ぐらいは洗っているぞ」


 だから、近頃おれの食器がどんどんなくなるんだよな。洗う時に割っちゃうから。


「それに、おれ、近頃はたまに洗濯もするし、掃除もたまにやろうと思ったんだけど、余計仕事が増えるからやめてって、母ちゃんに頼まれたからやめてるんだぞ。あとは、母ちゃんに頼るのは近所と世間の情報と、誰かを怒らせた時や誰かに騙された時の対応くらいかな」


 青い妖精はあきれたように言った。


「えらそうに言うんじゃないわよ。あきれた。なにそのパラサイトっぷり。お金に時間に気力にあらゆるものをかわいそうな親から吸い取ってるじゃない。マザコンって言葉じゃ足りないわー。新しい言葉考えなきゃだわー」


「えー? きびしすぎるぅー。でも、じゃあ、忙しいおまえにかわって、おれが新しい言葉を考えてやろう。スーパーパラサイトマザコンとか? 略してスパパラマザコン。なんかスパコンっぽくてかっこいいかも」


「いいかもね。じゃ、言いなおすわよ。わたしの姿は、あんたがスパパラマザコンなせいだからよ」


 おれもあらためて反論することにした。


「だーかーらー。人生のナビゲーターの姿が母ちゃんなのは、単に、おれに未だかつて彼女も友だちもいなくて、いままで会った教師も嫌なやつばっかりで、尊敬できる大人に会ったことがなくて、母ちゃんが唯一の家族だからだろ? 言っててむなしいけど。でも、スパパラマザコンと究極ボッチの2択だったら、究極ボッチのほうが、かっこいいからな。うん、おれは、孤独な男なのだ」


「孤独な方がいいの? じゃ、バイバイ」


 青い妖精はおれに背をむけた。


「行かないで! 調子に乗ってますた。すんません」


 一人になりたくなかったので、おれはがんばって青い妖精をひきとめた。


「しかたないわねぇ」


 青い妖精はしぶしぶ立ち止って振り返った。


「にしても、なんで、青い妖精、今回は等身大サイズなんだよ。それじゃ、まんま、母ちゃんじゃん」


「あんたが、わたしのいる場所に近づいてきたからじゃないの?」


「そうか。おれ、天国に近いんだった」


 つぶやいたおれに、青い妖精は冷酷に言い放った。


「なに言ってんの。誰があんたが天国に行けるって言った?」


「え? だって、ここ、お花畑だし、あの川を越えたら天国なんだろ?」


「待合室は全員お花畑でーす。最後のお裁きは、この後よ。ここは死ぬ直前の、仮死状態の人が待っている場所なの。すぐに蘇生アイテムとか呪文とか使ってもらえれば、息を吹き返すかもしれないけど、失敗して時間切れになったら、死亡確定。最後のお裁きを受けてもらうのよ」


「そうなの? じゃ、さっきの魔王は蘇生してもらったってこと?」


「そうよ。娘が蘇生してくれて生き返ったみたい」


「うらやましぃー。おれも生き返りたいー。でも、リーヌは蘇生アイテムなんてもってないし、蘇生魔法なんて使えないだろうし。おれの生存確率絶望的だぁ……。青い妖精! お願い! おれを生き返らせてくれ! おまえならできるだろ?」


「できるけど、やらなーい」


 青い妖精は、ぷいっと向こうをむいた。


「なんでだよ! ケチ! 青い妖精さまー。お願いだぁー。生き返らせてくれよぉー。せっかく、おれ、貴重なスキルくれたこと感謝しようと思ってたんだから。生き返らせてくれたら、もう、感謝感謝、圧倒的感謝で……」


「あんたの感謝なんてほしくないわよ。それより、スキルって、なんのこと?」


 青い妖精は真顔で聞き返してきた。


「ゴブリンのぺらぺら口八丁、みたいな感じのスキルだよ。おれ、もとの世界じゃ、ぜんぜんしゃべれない口下手コミュ障なのに、こっちの世界ではぺらぺらしゃべりまくって、口先だけで世の中わたっていけそうじゃん? 転生する時に、このスキルをくれたんだろ?」


「わたしはなにもしてないけど?」


 青い妖精は真顔だった。


「え?」


 おれはびっくりして、青い妖精をまじまじと見た。……見れば見るほど、母ちゃんだったけど。

 青い妖精は、さらっと言った。


「転生前のステータスが維持されるって、言ったでしょ? だから、おしゃべり能力も元のままよ。あんたが勝手に調子にのってしゃべってるだけでしょ?」


「え? そうなの?」


「あんたの気の持ちようよ。ゴブリンだから、なに言っても許される~とか思って、軽い気持ちでしゃべりまくってるだけでしょ? もともとそれなりに言語能力はあったのに、ふだんそれを発揮してなかっただけなのよ」


「そうだったの!? おれが本気だしてなかっただけなの? おれ、『本気出せばおれはできる男だ。本気を出せば、最強の格闘家になれるし、本気を出せば東大王にもなれる』って思ってたの、正しかったのか!」


 おれは真実を悟った、と思った。だけど、青い妖精はすごい勢いで否定してきた。


「正しくないわよ! ちょっとやる気だしたくらいで最強の格闘家やら東大王やらになれるわけないでしょ! ……だけど。おしゃべり能力は、もともと持ってた力を発揮してるだけってこと」  


 おれは頭を傾げた。


「でもおれ、中学の時も明らかにコミュニケーションとれないやつだったんだけど?」


「それをいうなら、今だってコミュニケーションとれてるか、あやしくない?」


「そういわれれば、そうかも。でも、この世界って、へんな人や動物ばっかりだからコミュニケーションとれなくても気にならないもんな。そうか。だから、ここでは気にせずに、自信をもってしゃべられるんだな」


「かもねー」


 おれは大きくうなずいた。


「やっぱ、あっちの世界はだめだな。おれ、もし生き返っても、ぜったいにあっちの世界には帰らないぞ」


 おれが固く心を決めたとたん、青い妖精は叫んだ。


「なんでそうなるの!? 自信をもって元の世界でも話せばいいじゃない!」


「いや、それはハードル高すぎ。ていうか、青い妖精、母ちゃんみたいな見た目で母ちゃんみたいなこと言うなよ。どうせ、おれ、もう死ぬんだし、最後くらいはほめたたえてくれよ。じゃなかったら、生き返らせてくれよ。さぁ、選ぶんだ。おれをほめたたえるか、生き返らせるか。どーっち?」


「どっちも選ばないわよ! あ、そんなこと言ってる間に、お迎えがきたわよ?」


「え? ついに美少女がお迎えに? それとも、まさかリーヌさん?」


 おれは感動の再会を果たすため、お花畑にむかって走っていこうと思った。

 だけど、お花畑には誰もいなかった。

 一瞬だけ、なんか禍々しい気配がする黒い人影だけが見えた気がしたけど。

 そして、世界が灰色っぽくなって青い妖精の姿も薄くなって見えなくなっていった。

 視界がどんどんと暗くなり、おれの足下に大きな暗い穴が開いた。

 おれは暗闇の中に引きずり込まれるように落ちていった。

 ・

 ・

 ・

 次の瞬間、おれは息を吹き返した。


「ぶはっ」


 おれは激しく息を吸ったり吐いたりをくりかえした。

 すごく、苦しかった。

 こんなに苦しいなら、あのまま死んでおけばよかったと思うくらいに。


「ゴブヒコ!」


 おれの顔を上からリーヌがのぞきこんでいる。

 空はいつのまにかどんより曇っていて、大雨がふりそうだった。

 おれの顔がなんかぬれている。てことは、すでに雨が降ってたんだな。顔以外はぬれてないけど。


「やったぞ! ゴブヒコが生きてた!」


 リーヌはとびあがった。

 おれは、(うぅ、吐き気がするし頭痛いし、最悪ぅ)と思いながら、ゆっくり上体を起こし、たずねた。


 ツーメタルが、首をかしげながら、でも、うれしそうに言った。


「蘇生魔法っぽい光が一瞬見えたっちゃ」


 それにしても、このメタルな子羊さん、0歳児にしてはしっかりしてるよな。やっぱ草食動物ってすごいな。


「誰が蘇生魔法をかけてくれたんすか?」


「わかりませんー。死ねばよかったのにですぅー」


 ホブミがぼそっと言った。ホブミの表情からは、おれが生き返ったことを喜んでいないことだけはわかる

 

「いやぁ、こんどばかしは、アタイもあきらめかけたぜ」


 リーヌは顔を両手でぬぐいながらそう言った。


「いっつもあきらめ悪いのに、こんな時だけすぐあきらめないでくれっす! ていうか、おれを殺さないでくれっす! いつかリーヌさんに、うっかり、で殺されるんじゃないかとは思ってたけど、まさか、ほんとに殺されるとは思ってなかったっす」


 お約束的に、残りHP1でとまって死なないものかと思ってたんだけど。

 やっぱ、この世界、そういうお約束はないんだな。

 これからは、気をつけよーっと。

 というか、気をつけてもらわないとな。というわけで、おれは言っといた。


「リーヌさん。もっと気をつけてくれっす。おれは激弱繊細ゴブリンなんすから。もっとおれを大事に、いたわってくれっす」


 リーヌは素直にうなずいた。


「わかったぜ。もっといたがってやろう」


「え? リーヌさん、今、いたわるじゃなくて、痛がるになってなかったっすか?」


「痛いですー。ゴブヒコ先輩、発言が、痛いですー」


「痛がるな! ホブミ! いたわれ!」


 だめだ。こいつらには、話が通じない。

 通じないけど、ぜったい、おれのコミュニケーション能力のせいじゃない。


「なにはともあれ、あの悪い冒険者は逃げて行ったので、これで一件落着なのですー」


 ホブミがそう言った。

 勇者志望冒険者は、リーヌの怒鳴り声で大ダメージを受けた後、逃げていったらしい。

 おれ達は無事にツーメタルを救えたようだ。


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