3-18 お花畑
視界が真っ白だ。
やがて、白い世界の中にうっすら、お花畑が見えてきた。
川も見える。川の両側には、きれいなお花畑がひろがっていた。
(あー、これが、あの有名な、渡るとあの世に行くという、あの川かな)
気がついたときには、おれはお花畑の中に立っていた。
おれの手は、あいかわらず緑色だ。
「死んでもゴブリンのままなんだ……」
おれは思わずつぶやいた。
天国に行ったら人間にもどるもんじゃないの?
まぁ、人間にもどっても、たいしていいとこないけど。
死んだら高身長イケメンになったり、って、ないのかなぁ。
これじゃ、天国に行っても、モテないままじゃん。天国行っても楽園じゃないじゃん。
おれは気が付いた。
川岸でおれに手をふっている人がいる。
だれだろう。
だれか、おれの知ってる人?
どうせなら、かわいい女の子がいいな。
でも、おれの元・同級生とかで、すでに亡くなってる女の子いないや。残念。
おれは、手をふっている人の方へ近づいて行った。
「ゴブリンさーん」
うーん、なんだかよくない予感が。
さらに近づいてみると、それが誰だかわかってきた。
(がっかりだぁー! がっかりだぁああああ!)
と思いながら、おれは叫んだ。
「なんで魔王さんなんすか!」
お花畑でおれを待っていたのは、いつかおれに〈にじょうのうでわ〉をくれた、あの魔王だった。
「なんでって、なんのことでしょう?」
魔王のおっさんは不思議そうに尋ね返してきた。
「いや、だって、死んだんすよ? ふつう、ここは、もっとおれの人生に深くかかわりのある人が出てくるとこっすよ? で、おれの一生をふりかえったり、『死なないで』って、言われたり。なんか感動的な感じに盛り上がるはずっすよね? なのに、なんで、ほとんど知らないおっさんが出てくんすか! せめて、ほとんど知らない美少女に出てきてほしいっす! そうだよ。せっかくだから、最後くらい美少女プリーズ! 美少女と三途の川のお花畑でキャッキャウフフにおいかけっこさせろー!」
魔王もおれに触発されて、不満そうにつぶやいた。
「わがはいも、ゴブリンじゃなくて美女がよかったぞ。せめて、リーヌ様に出てきてほしかったぞ。リーヌ様にお花畑で踏まれたり蹴られたりしたかったぞ」
「ふんだりけったりじゃないっすか! でも、あの人が出てきたら、とんでもないことになりそうっす。げんにおれは、リーヌさんの怒鳴り声で死んじゃってここにいるんすから」
「おやまぁ。ゴブリンさんはそんな死に方をなさったんですか?」
魔王はのんびり世間話でもするような調子で、おれにたずねた。
「そうなんすよ。ありえないっすよねー。テイマーの怒鳴り声に巻き込まれて死ぬとか。あれ? そういえば、ひょっとして魔王さんも死んじゃったんすか? ひょっとして、まさか、リーヌさんに蹴られた時に死んじゃったんすか? 大丈夫だって言ってたのに」
「いえいえ。リーヌ様に蹴り上げられた時には、死にませんでしたよ。遠くに遠くに飛ばされて、家に帰るのが大変でしたけど。そうではなく、莫大な借金で魔王城経営がどうにもならなくなってしまったのです。それで、もうだめだと思って首をつったんです。魔王は在職中に死ねば魔王協会から死亡保険の支払いがあるんです。このお金でせめて家族だけはと思って」
「うわぁ。魔王さん、かわいそうっす……」
「おや? そういえば、ゴブリンさんはこの前お会いした時よりレベルが大幅に上がってますね。ステータスは微増ですが」
「そうなんす。勇者を倒したからレベルは上がったんす。ステータスは微増だけど。それに、倒したはずなのに勇者は逃げてったけど」
「勇者というのは、そういうものです」
「そうっすね。あいつらばっかり優遇されてて、むちゃくちゃ不公平っす」
「勇者協会の力は強いですからねぇ。ところで、このお花畑にきてしまったので、わがはい、そこにあるボートでこの川を渡ろうかな、と思ったんですが」
魔王がゆびさした先には、なぜか公園の湖とかにあるような白鳥型の足こぎボートがあった。
「でも、一人だと、こぐのが大変そうで。わがはい、近頃は、横断歩道渡るのにも、息切れがする体力ですから」
「それ、一回病院行った方がいいんじゃないっすか? あ、でももう、死んでるから関係ないか。てか、体力あっても、ひとりでスワンボートは寂しすぎるっす」
「そうなんです。それで、わがはい、ひとり寂しく川辺にたたずんでいたんです。でも、見知ったゴブリンさんが来てくれたので、これでもう寂しくありません。さぁ、旅は道連れ、一緒にあのボートで逝きましょう!」
おれは全力で叫んだ。
「いやいや、イヤ! そんな道連れイヤ! おれはぜったいイヤっす! てか、なんでこの世とあの世の間の渡し船が、スワンボートなの!? しかもこの川、むだに流れが早すぎるし。全力でペダルふみまくったって、川の流れに負けるっす! スワンボートで漂流するっす! それに、あんなのに二人でのるなら、やっぱ相手は美女か美少女か、せめて若い女の子じゃないとイヤっす! おっさんとふたりでスワンボートに乗って、あの世とこの世の間の川を漂流生活なんて、マジでイヤっす!」
「そんなわがまま言わないでください。さすがのわがはいも、美女には変身できませんから」
「変身できても、中身が魔王さんじゃ嫌っす。とにかく、おれはここで美女か美少女が出てくるまで待つっす。魔王さんも奥さんかなんかが出てくるまで待ったらどうっすか?」
魔王は、一気に、しゅんと落ち込んだ。
「妻にはもう、あわせる顔もないというか、会ったら死ぬよりひどい目にあわされそうというか……」
その時、お花畑の向こうに、とつぜん、ぽわんと、美少女の姿があらわれた。
ちょっとツンとした表情がかわいい十代半ばくらいの美少女だ。
「ま、まさか……」
(キタキター! 見たことない美少女来たー! やっぱり、強く願ったら、夢はかなうんだ! うん、あの美少女と思う存分キャッキャウフフに追いかけっこしてお花畑でイチャイチャイチャイチャしたら、おれもあきらめて、あの世に行こう)
おれがそう思った時、その美少女は泣きながら叫んだ。
「パパ! 死んじゃイヤ! 生き返って!」
その声を聞いたとたん、魔王が美少女の方へ走りだした。
横断歩道を渡るにも息切れする魔王が、お花畑を一生懸命に駆けていき、美少女をだきしめた。
「パパぁ……」
「ごめんよ……。パパはバカだった……」
おれは、あぜんとしながら、心のなかで叫んでいた。
(あの子が借金魔王の娘!? むっちゃ、かわいいじゃん!)
美少女は、ツンとした声で言った。
「パパがバカなのは、わかってるから! 早く生き返って!」
お花畑の中で、娘を抱きしめる魔王の姿が、ぽわんと暖かそうな光で輝き、輪郭がぼやけだした。
魔王は、おれのほうに振りかえった。魔王のおっさんは幸せそうな顔で涙を流し、言った。
「ありがとう、ゴブリンさん。あなたが引き留めてくれたおかげで、生き返れます。もうすこしで、とんでもない間違いをおかすところでした」
幸せそうな顔で魔王はおれに手をふって、超かわいい娘とともに、すーっと消えていった。




