3-17 ツーメタル救出作戦
さて、おれは周囲を確認して念のためたずねた。
「ところで、これで一件落着でいいんすよね? メタルハンターは追い返したから。ツーちゃんって子は見つかってないっすけど」
ところが、メタルドッグのおまわりさんは言った。
「わん! わん! 他にも人間の臭いがするわん!」
たしかに、林の奥から争う音が聞こえてきた。
ホブミが叫んだ。
「あ、あっちでも、誰かが襲われているのですー」
「よし! 救出にいくぞ!」
言うや否や、リーヌはもう駆け出していた。
襲われていたのはメタルな子羊だった。
2本の足で立つ小さなメタル子羊が、大柄な剣士に斬りつけられている。
リーヌが叫んだ。
「あれは! ツーメタル!」
「ツーメタル? だれっすか?」
つぶやいたおれに、リーヌは叫んだ。
「オバカヒコ! ラムメタルのメインヴォーカルのツーメタルだ」
「あ、牧場で演奏してたバンドの。あ、そっか。ツツジさんの子どものツーちゃんは、ラムメタルのツーメタルって子だったんすね。にしても、リーヌさんにバカって言われると、すんごいショックっす。あんたよりバカって、そんなのがこの世に存在していることが信じられないっす」
「安心しろよ、ゴブヒコ。おまえは、ここにちゃんと存在しているぜ」
「おふたりとも、そんなことを言っている間に、ツーメタルさんが襲われてますー」
ホブミの言う通りだった。
ただし、ツーメタルは0歳児なのにとても防御力が高いらしく、冒険者に切りつけられてもダメージを受けている感じはない。
それどころか、「レジスタンスだっちゃ!」と言いながら、正拳突きを繰り出している。
正拳突きは、冒険者には当たっていないけど。
つまり、どちらも相手にダメージを与えることができず、戦闘は膠着状態になっていた。
冒険者は言った。
「ふん。やっぱメタルはかてぇな。だが、対策済みだ。俺の鍛えてきた剣技、『メタル斬り』の威力をみせてやる」
そこで、あわてておれは叫んだ。
「やい! そこの冒険者! いますぐ攻撃をやめろ!」
子羊にむかって斬りつけていた冒険者は、おれたちをバカにしたような顔で見た。
いや、おれたちではなく、リーヌを見た。
おれのことは眼中になさそうだ。
「おい、女。横取りすんな」
横柄な態度で、冒険者はリーヌにむかってそう言った。
「ああ?」
「横取りすんなって言ってんだよ。こいつは俺の獲物だ」
「てめぇ、ツーメタル様をなんだとおもってんだぁ?」
リーヌは冒険者にむかってメンチ切った。
ふつうの冒険者だったら、これでびびって逃げ出すところだけど、この冒険者、度胸は据わっているらしく、平然と言い返してきた。
「俺の獲物だと思ってんだよ。俺はこいつでレベルをあげるんだ」
(もういちど、おれの口撃で、いいところをみせてやる!)
おれは、一歩前に出て、言った。
「やい、冒険者! 牧場の子羊を襲うな! 犯罪だぞ! 動物を虐待するな! 牧場主が怒るぞ!」
でも、ツーメタルに否定された。
「子羊じゃないっちゃ! ツーメタルだっちゃ!」
「そうだぞ、ゴブヒコ。失礼だぞ」
と、リーヌまで言う。
しかたがないので、おれは言いなおした。
「とにかく、ツーメタルさんをはなせ! ツーメタルさんは牧場のアイドルなんだぞ!」
今度は即座にリーヌがどなった。
「オバカヒコ! ツーメタル様は大宇宙のクィーンだ! 牧場のアイドルなんて、リスペクトがたりねーぞ!」
「わかったから、おれの邪魔をしないでくれっす! おれは説得して帰らせようとしてるんすから!」
えらそうな態度の冒険者は、おれの方を見た。口を開く前から、全面的におれをバカにした顔をしていた。
「バカゴブリンが、なにを言ってやがる。どう見ても、こいつはモンスターだろ。どこが、羊だ? どこが?」
「えっと……」
はっきりそう言われると、おれには、メタルで二足歩行で歌唱力とダンスがすばらしいツーメタルさんを羊だと言い張れる自信がない。
というか、いままでもこっそりくすぶっていた疑問が……。
「メタルアニマルってほんとうに動物なの?」って疑問が……。
おれはこの世界でのモンスターと動物の区別がよくわからないけど、人間みたいにしゃべってて、人間みたいな生活していて、メタルなボディで、倒すと経験値が沢山もらえる生き物って……動物なの?
ツツジさんは草食動物だって言い張るから、おれは信じてたけど。
突然、ホブミが援護射撃をしてくれた。
「モンスターじゃありません! メタルアニマルは牧場の動物です! 平和にメタル牧場で暮らしているかわいい動物たちです!」
「そ、そうだ! 動物……だよな?」
まだ自信がゆらいでいるおれに、ツーメタルは宣言した。
「メタル羊は草食動物だっちゃ! みんな毎日サラダを食べてるっちゃ!」
おれはついに確信し、叫んだ。
「そうだ! メタル羊は、モンスターじゃない! 草食動物だ! だって、メタル羊がそう言っているんだから間違いない!」
冒険者は即座に怒鳴り返してきた。
「そう言ってるってことは、モンスターなんだろうが! 羊がしゃべるわけねぇだろが! ゴブリンどもは、どうかしてるぜ。ま、おまえらもモンスターだしな」
えらそうな冒険者は言った。
「バカにしないでください! わたしは……」
ホブミはなにかを言おうとしたが、一瞬言いよどみ、そのまま話しつづけた。
「……とにかく、ツーメタルさんをはなしてください! 人間を襲うことのない、人里離れた地でひっそりと隠れ住むものたちを、経験値を得るためだけに襲うなんて行為は、神の御心に反しています」
「はん。二神教のシスターみてぇなことを言いやがる。ゴブリンのくせに、人間様に説教しようってのか。俺は勇者になる男。勇者学園のエリートだぜ。俺はこいつでレベルを上げて、魔王を倒しに行くんだ。魔王を倒して、俺は勇者に成るんだ!」
ホブミが叫んだ。
「なにが勇者ですか! 小さな無垢な子羊を殺して成り上がろうとするものに、勇者をなのる資格なんてありません!」
「うるせぇ! 魔王を倒せば、なにをやろうと勇者なんだよ! みんなそうだろ。俺は、ビッグな勇者になるんだ! このメタルモンスターを狩ってな。俺のレベル上げの邪魔をするな!」
リーヌが叫んだ。
「このやろう。ツーメタル様に失礼すぎるぜ! もう許せん!」
おれは思った。
(これはリーヌに任せたほうがいいかもしれないな。こんな冒険者、もうどうなってもいいや)
「戦うっちゃ。レジスタンスだっちゃ」
ツーメタルは、いきまいていた。
「よっしゃー! ツーメタルといっしょに戦うぞ!」
リーヌも戦う気満々だ。
だけど意外にも、リーヌはすぐには攻撃しなかった。
おれはリーヌの背中から迷いを読み取った。
「そうか、ツーメタルを傷つけたくないから……」
リーヌが全力で攻撃したら、勇者志望冒険者だけでなく、ツーメタルにも攻撃があたってしまう。
リーヌ攻撃があたったら、ひとたまりもない。魔王すら瞬殺するリーヌの一撃だ。巻きこまれたら、だれでも間違いなく死ぬ。
つまり、ツーメタルが冒険者の近くにいるかぎり、リーヌは攻撃できない。
そう気づいたおれは、叫んだ。
「やい、この三流冒険者! ツーメタルの前におれの相手をしろ!」
おれがおとりになって、この冒険者をツーメタルからひきはなす作戦だ。
勇者志望はぎろりとおれの方を見た。
「この雑魚ゴブリンが。なら、おまえから倒してやる!」
リーヌが冒険者を睨みつけた。
「おい、ゴブヒコはアタイの仲間だ。手ぇだすんじゃねぇ」
「知るか。俺は売られた喧嘩は買うんだ」
勇者になりたい冒険者は、おれに向かって斬りつけてきた。
「ギャーーー!」
おれは全力で走ってよけようとした。
だけど、冒険者の斬撃で、おれの肩の防具がふっとんだ。
『未来の勇者の斬撃。ゴブヒコに98のダメージ』
「あ、このアナウンスは青い妖精! だけど今はそんなこと言ってるよゆうがないーー!」
おれは必死でにげまどった。今のおれの残りHPは2のはず。もう一撃くらったら、死ぬ。
「リーヌさん、今のうちにツーメタルを助けて!」
おれは叫んだ。
だけど、そんな声は仲間モンスターを攻撃されて怒りに燃えるリーヌの耳には入っていなかった。
「てめぇ! よくもアタイの仲間を! ゆるさねぇ! ぜってぇ、ゆるさねぇーーーーー!」
その瞬間、リーヌの叫び声で大旋風が起こり、冒険者が、そして、おれが、吹き飛んだ。
『大魔王リーヌの怒号! 未来の勇者に4444のダメージ! ゴブヒコに4444444のダメージ!』
(なんだって!?)
耳を疑うひまもなかった。リーヌの「怒号」という名の爆風攻撃に巻きこまれたおれは、全身から力が抜けていくのを感じた。
(おれ、死ぬの……?)
まさか、こんなに、あっけなく……。




