3-13 メタル牧場へようこそ
おれが脱獄してから十分くらい後。
「なぜどぅわぁーーーー!」
牧草地の真ん中でリーヌは叫んでいた。
「フワフワモフモフモコモコが一匹もいねぇじゃねぇかーーー!」
メタル牧場には、やわらかい毛が生えた動物はいらっしゃらなかった。
羊はたくさんいたけど、みんなシルバーに輝くメタルボディの持ち主だった。
「まぁまぁ、落ち着いて。リーヌさん。形はみんなかわいい動物っすよ? ひつじのモコモコ感までちゃんと再現されてるじゃないっすか」
「たしかにそうだが。かたいぞ?」
リーヌは近くにいた羊の銅像みたいな生き物をそっと触りながら言った。
その羊が、おれもびっくりするほどキモオタっぽい声で言った。
「きれいな女の子に触られちゃったからだお」
おれは、とっさに、メタルヒツジに叫んだ。
「逃げろ! 殺されるぞ!」
だけど、リーヌはささやかな下ネタセクハラ発言に気づかなかったようだ。
「なに? じゃ、ゴブヒコがさわったら、やわらかくなるのか?」
「なるお」
「そこでやめとけぇ。メタル羊よ。おまえは今、死線の上にいるのだ」
と言いながら、おれはメタル羊を遠くへ押しやった。
「どうだ? ふわふわもこもこになったか?」
リーヌは期待したようすで、メタル羊を押しやるおれにたずねてきた。
「なるわけないっす。冷たく硬質な手触りっす。けど、こっちの方が、本物の羊よりデフォルメされた感があって、むしろかわいい気もするっすよ?」
「オスゴブリンにねらわれてるお~。たすけてぇ~」
「だれがねらうか! とっととあっち行け!」
おれは、メタル羊を蹴っ飛ばした。つま先が超~痛かった。
メタル羊は、見た目だけじゃなくて、本当に固い。
リーヌは口をとがらせて文句を言った。
「ふわもこはどこだー。ふわもこはどこだー。ふわもこをまくらにお昼寝するんだー」
「わがままいわないでくれっす。もういいじゃないっすか。ほら、イルカだってスライムだって毛なんてないし。かわいいものに、毛なんていらないんすよ」
おれがそう言った時、誰かが、おれたちに同意した。
「その通りでございます。羊に毛など要らないのです」
おれが振り返ると、そこには、スーツを着た人型の羊のような人? がいた。もちろん、メタルだ。スーツを着た人型メタル羊はお辞儀をした。
「メタル牧場へようこそ。わたくし、シツジのツツジでございます」
「ヒツジのツツジさん?」
おれがたずね返すと、二足歩行のメタル羊は落ち着いた声で訂正しtた。
「いえ、シツジのツツジでございます」
「えーっと、羊みたいな執事のツツジさんっすね。まぎらわしー!」
「よく言われます。そのため、当牧場では現在、『ヒツジのシツジのツツジさん十回言えたら豪華賞品チャレンジ!』を開催中でございます」
と、羊の執事のツツジさんは言った。
「え? 豪華賞品がもらえるんすか?」
「はい。ぜひ、チャレンジしてみてください」
おれたちは、その場で『ヒツジのシツジのツツジさん十回言えたら豪華賞品チャレンジ!』に挑戦してみた。けど、おれは3回目で、ホブミは5回目で言い間違えた。
「後はリーヌさんだけっす。けど……」
リーヌには期待できないなぁ。
「よし! アタイにまかせろ!」
やる気は満々だけど。ホブミが声援を送った。
「リーヌ様、がんばってくださいー」
リーヌは大きく息を吸うと、一気に言った。
「ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん、ヒツジのヒツジのヒツジさん! よっしゃー! 10回言えたぞ! アタイのひつじ愛をみたか!」
「ヒツジ多すぎ! ひつじ愛は伝わったけど、あんた十回全部まちがえてるっす! 1回も言えてないっす! でも、さすが、リーヌさん。むしろ期待に応えるボケっぷりっす!」
リーヌは怪訝そうな顔で、おれにたずねた。
「……どういうことだ?」
「わざとボケたんじゃなかったんすか? ……はい、この人を見てください」
おれは羊の執事のツツジさんをゆびさした。
「羊の顔だけど、執事っぽい格好してるでしょ? で、このひとの名前は、ツツジさん。だから、羊の執事のツツジさん」
リーヌは驚愕の表情を浮かべた。
「ぬわんだと!? そういうことだったのか! だまされたぁー。もう一回やらせろー」
「んなわがまま言って。だれもだましてないんすから。リーヌさんが話をよく聞かないで盛大に勘違いしていただけっす」
でも、ツツジさんは親切にも再チャレンジを認めてくれた。
「いえいえ。紛らわしい説明で申し訳ありませんでした。お嬢様にはもう一度チャレンジしていただきましょう」
「ありがとうっす。どう考えてもリーヌさんが規格外のアホなだけなのに」
「よっしゃー! 行くぞ」
リーヌは大きく息を吸い込んで叫んだ。
「ヒツジのヒツジのヒツジさん! ……あ」
「1回目で失敗!? でも、あんだけ羊って言った後っすからね」
というわけで、おれたちの全員失敗が確定した。
残念賞のふわふわ羊ティッシュをくれた後、ツツジさんは言った。
「ところで、わたくしは牧場ガイドを担当しております」
「そうなんすか? でも、おれたちお金ないんで、ガイド料金は払えないっす」
「ガイド料はいただいておりません。ボランティアで行っておりますので」
「それは、ありがたいっす。じゃ、お願いするっす」
「おう。ふわもこキュートな動物のところに案内してくれ」
「リーヌさん、それは、むりっす」
おれたちは羊の執事のツツジさんに、牧場ツアーをお願いした。




