3-12 脱獄
おれはメタルな豚さんにたずねた。
「じゃ、アニキ。かわいい女の子にモテるひけつってなんなんすか?」
「たくさんあるが、そのうちの、ひとつを教えてやろう」
「お願いするっす!」
「まずは、殺し文句だ。この言葉で、落ちない女はいない」
おれは期待に胸をおどらせたずねた。
「じゃ、それをおぼえれば、おれにも彼女が!? なんなんすか? その魔法の言葉は?」
アニキはポーズを決めて言った。
「飛べないメタルピッグは、ただの豚だ」
「え?」
「飛べないメタルピッグは……」
「いや、くりかえさなくて、いいっす。ちゃんと聞こえてたっす。それが殺し文句なんすか! だって、それ、ただのパクリじゃないっすか! 赤い飛行艇で空飛ぶ豚さんの! 意味不明だし。もう、パクリアニキってよぶっすよ?」
メタルピッグは、わざとらしいため息をついて首を左右にふった。
「わかっていないな」
「なんなんすかー、もう。まじめに聞こうとした、おれが馬鹿だったぁ」
うん、まぁ、豚の銅像にモテる秘訣を教えてもらおうというんだから。バカだよな、おれ。
だが、パクリアニキはそこで堂々と宣言した。
「最後まで聞け。さくらんボーイ。ナンパにおいて、真実を語る必要などないのだ」
そう断言したアニキには、まるで公国軍総帥のような風格が漂っていた。
「え? なんですって?」
おれは、今、何か、とてつもない真実にふれようとしている気がする。
アニキは重々しく断言した。
「いいか。女がみたいのは、ファンタジーだ。ドリームだ。現実じゃない。現実の男? 俺達のリアルはな、やつらから見ればみんなクズなんだよ。つまり、女が見たいのは現実じゃなくて、ファンタジーだ。ドリームだ。くりかえしてみろ。ファンタジーだ! ドリームだ!」
おれは叫んだ。
「ファンタジーだ! ドリームだ! 悪役令嬢だー!」
アニキは満足げにうなずいた。
「その通り。モテるためには、リアルじゃなくて夢を見させるんだ。モテる男の演技をしてればいいのさ。いいか? ボーイ。俺は、飛行艇にのったことなどない」
「そりゃ、そうっすよね」
「だが、俺はあの女の前では、飛行艇乗りだ。飛行艇乗りになりきるんだ。そして、さっきの言葉をささやく。それだけで、女は落ちるのさ」
おれは驚愕した。
「なんだってぇええええ! だって、アニキは、ただの嘘つきっすよ? セリフもパクリだし、空なんて飛んだこともないのに。なのにモテちゃうんすか? ウソがバレたら、どうするんすか?」
アニキは指をふり、ふっと笑うと、かっこをつけた声で言った。
「夢を見たい女はリアルよりも耳に心地よい嘘を好むのさ。ボーイ。大人はな、嘘を嘘で上塗りながら、ファンタジーを生きるんだ。ただし、もちろん、いつかは嘘がばれる。だが、それはもう、やることをやった後だ。嘘がバレるのは、愛がさめたころだからな。ひっかかれたり罵られたり叩かれたり慰謝料請求されたり豚箱に蹴り入れられたり。色々あったが、すべて、すでに、散々やった後のことなのだ」
おれは思わず、アニキの大人な言葉に感動してしまい、よく考えずに叫んでいた。
「う、うぉおおおおおおー! アニキ、すげぇっす。おれも、そんなセリフを吐いてみたいっす!」
その時。
「ほーお。そうなのか?」
おれの背後から、そんな声が聞こえた。
話に夢中で、おれは気がついていなかったのだ。いつの間にかこの牢屋のある建物に人が入ってきたことに。
おれには、振り向く勇気はなかった。
おれは、牢屋の奥に向かって、座ったまま、前につっつっつっと進んでいった。
「不潔ですー。これだから、男は信用ならないんですー」
「いやー、ホブミさん、それは誤解っす」
そちらを見ないで言いながら、おれは牢屋の一番奥に進み、アニキのかげにかくれながら、そっと、入り口の方を見た。
リーヌが、両手で、おりの鉄格子を引きちぎっていた。
鉄が紙くずのようだった。
「ぎゃあーーーーーーー! アニキ、あんたなんてことをしてくれたんすか!」
アニキは動じていなかった。
「落ち着け。男なら、これくらいどんと受けとめろ」
「無理っす! アニキは知らないんす。リーヌさんの強さを。どーんと受け止めたら、まちがいなく死ぬっす! 100回くらい死にまくるっす! 怒鳴り声だけでも死ねるっす!」
リーヌの表情は、鬼を超えていた。まるでスーパーな野菜人のように髪の毛まで逆立っているし、黄色いオーラが見える気がする。
「よぉよぉ、せっかく、ここまで助けにきてやったってのによぉ。なぁに楽しそうにろくでもねーことだべってんだぁ、このエロゴブリンはよぉ」
あまりの迫力に、おれは心臓発作でも起こすかと思った。もちろん、おれの全身はガクガクブルブル震えている。
「誤解っす! おれたちは、ジブリ映画について熱く語っていただけなんす。空を飛ぶ豚さんがモテまくるって話をしてただけなんす」
リーヌは、とても疑わしそうな目でこっちを見ている。
だけど、とりあえず、リーヌの全身から発せられていた殺気は、ややおさまってくれた。
そこで、ホブミがいつものキンキン声でろくでもないことを言った。
「リーヌ様、だまされないでくださいなのですー! ゴブヒコ先輩は、女性をだましてヤリ逃げすることを……」
ホブミのやつめ、おれを殺す気か!
おれは、ホブミが言い終える前に叫んだ。
「なに言ってくれてんの! ホブミ! そんなこと誰も言ってないぞ。アニキの『やった後』発言は、あくまで、はじめてのデートをやった後、とか、はじめての手つなぎをやった後、なんだから」
ちなみにおれは、どちらもやったことない。あ、でも、こないだの真城さんとのバイト探しがカウントされるなら、経験ありだ!
メタルピッグは、大人の余裕でふっと笑って、かっこをつけたポーズで言った。
「さくらんボーイ。悪いがおれは、大人の……」
おれはあわてて叫んだ。
「アニキはだまっといてくれっす! 命かかってるんすから! そもそも、ホブミ!おまえのせいで、おれはこんなところに閉じ込められてるんだからな! そんでもって、おまえのせいで、純情無垢なおれがこんな悪い大人に染められようとしてるんだからな! ぜんぶ、おまえのせいなんだからな!」
「ホブミのせいにするなんてー! ひどすぎますぅー!」
ホブミに負けじと、おれは、引きこもりこじらせ奥義『おれがこうなったのは、ぜんぶおまえのせいだ!』をくりだした。
「おれは悪くない! おれがこうなったのは全部、おまえのせいだ! おれがむちゃくちゃ弱いのも、おれがこんな顔なのも、おれがスケベなのも、ぜんぶ、ぜんぶ、おまえのせいだぁー!」
「そんなぁー。昨日会ったばかりなのに、そんなことまでホブミのせいにするなんてー!」
リーヌは、大きなため息をついた。
「あー、うるせ。いいや。とっとと出てこいよ。ゴブヒコ。アタイは、早く、牧場のかわいいモフモフ・アニマルを見にいきてぇんだ」
リーヌの声はかなり不機嫌そうだけど、さっきまでの怒りの波動のようなものはもう発せられていない。
どうやら、おれは窮地を切り抜けられたようだ。
でも、まだ怖いので、慎重なおれは、
「さぁさ、アニキ、お先にどうぞ。久しぶりのシャバですよ」
と、メタルボディのアニキを盾にして牢屋からでた。
無事に外にでたところで、おれは何事もなかったふりをしていった。
「さぁさ、リーヌさん。それじゃ、牧場の動物を見にいきましょー」
「おうよ。オンナノテキヒコ」
「……」
その後、しばらくは空気の読めないおれですらはっきり感じとれるおそろしい空気がたちこめていた。
でも、幸い、リーヌは忘れやすいので、10分後くらいには、いつも通りになった。あー、怖かった。
ちなみにアニキは、牢屋から出るとすぐ、背中越しにおれに、
「あばよ、新入り。おぼえておけ。男は修羅場の数だけ強くなるんだ」
と言って去っていった。




