3-11 監獄
「だから、おれはなにもやってないんす。出してくれよぉ」
牢屋の中から、おれはお願いした。
山道を駆け抜けてきた犬のおまわりさんは、まだ息があがっているので、はっはっ、と元気に息をはきながら、しっぽを振っている。
「レディーがチカンだといったからには、おまえはチカンだわん。そして、チカンは犯罪だわん。犯罪者は牢屋いきだわん」
「いや、ホブミは勝手に妄想を叫んでいただけで、事実じゃないんす。いっしょにいたリーヌさんに聞いてくれっす」
そう言いつつ、おれは不安を感じた。リーヌがちゃんとおれの無罪を証明するようなことを言ってくれるかどうか……。
「これが正義だわん」
犬のおまわりさんは、元気よくそう言うと、くるっと向きをかえた。
「えん罪だぁ! って、ちょっと、おまわりさん、おれをおいてどこへ?」
「巡回の時間だわん」
「えー、おれを放置していくなー!」
おまわりさんは、元気よくしっぽを振りながら外に駆け出し、おれは放置された。
「あきらめな、新入り」
牢屋の奥から声が聞こえた。おれがふりかえると、そこには妙にきどったポーズのメタルな豚がいた。
「えーっと、あんたは……豚さんですね」
「メタル・ピッグのボアーだ。おぼえておけ」
(なんでメタルボディなの? とか、聞いても、むだだよな。この世界だもんな)
そう思ったおれは、別の質問をした。
「ボアーさんも、おまわりさんにつかまったんすか? 食い逃げかなんかしちゃったんすか?」
「いや、俺は……いわば思想犯だ」
サングラスをかけたメタルな豚はかっこつけながら、そう言った。
(思想犯……? この豚、ひょっとして過激派とか? テロっぽいこととかやっちゃう危ないやつなのか?)
おれは、ちょっとためらいながら、たずねた。
「ボアーさんは、いったいどんな思想を?」
メタルな豚はふっと、鼻で笑った。
「聞きたいか? 聞いたらおまえはもう、今までの世界では生きていけないかもしれないぜ? いいのか?」
「え、ええ」
おれは迷いながら、うなずいた。
「俺がひろめようとした思想は……」
おれは、息をのんだ。
「俺の思想は、『不倫はカルチャーだ』!」
「は? フリンはカルチャーだ???」
かっこをつけた豚は重々しくうなずいた。
「その通り。二股三股四股五股。男の不倫相手は増えれば増えるほど良い。そうは思わないか? 新入り」
「いや、いやっす。おれには彼女一人もいたことないっすから。そんな価値観の世界じゃ、おれの価値がゼロになるっす。でも、じゃあ、ボアーさんはそのしょうもない理由、不倫で牢屋にいれられたんすか?」
「いや、俺はみずからここにはいったんだ」
「なんで?」
メタルな豚は、わざとらしくため息をつきながら、渋い声で言った。
「手を出した女がわるかったのさ。俺が結婚しているとばれたら、嫁さんに連絡しやがってよ。デートに行ったら、そこに嫁までいてよ。ふたりして、ものっそい剣幕で襲いかかってきてよ。で、殺されないようにここに、逃げ込んだのさ」
「かっこわる! あんたかっこつけてしゃべってるけど、言ってる内容ものすごくかっこ悪いっす!」
メタルな豚さんはかっこいいポーズで言った。
「青いな」
「いや、かっこつけてるけど、ほんとかっこ悪いから。だけど、じゃあ、ボアーさんは、いつでも出られるんじゃないんすか? 自分で入ったんだし、悪いことしてないんだから。いや、悪いことはしたけど」
「それがそうはいかねぇ。ここは、入るのは簡単だが出ることは決してできない監獄だからな」
「え? 意味が、わからないんすけど? ここってそんなおそろしい監獄なの? 拷問と強制労働で死ぬまででれない地下の監獄なの? ギャー! たすけてー!」
「落ち着け。拷問なんてない。それに働かなくても3食もらえる」
「なんだ。じゃあ、このままでも……。いや、やっぱやだな。かわいい女の子もいるならいいけどー。一生メタルな豚さんとふたりきりなんて」
「メタル・ピッグだ」
「そこ、重要なんすか?」
「重要だ。いいか、あのおまわりは、入れることはおぼえているが、出すことはおぼえていない。あいつが覚えているのは、巡回、吠える、逮捕と牢屋に入れること、……あと、オスワリとマテとオマワリだけだ」
おれは思わず叫んでしまった。
「え? オマワリ? 犬のおまわりさんのオマワリ!? ……ていうか、あの犬、優秀そうで、実はだめじゃん! わりと犬並みじゃん!」
「だから、一度入ったら最後、ここから出ることはできないんだ」
「そんなぁ。お巡りさんの頭が悪いからって理由で入ったら二度と外に出られない牢獄なんてぇ。ボアーさんは、いつからここにいるんすか?」
「4か月前だ」
「4か月!?」
「そして、これからも出られる見込みはない。せいぜい仲良くしようぜ、新入り」
「えーーー。いやっすよぉ。おれ、すぐに出たいっす」
「この世界はそんなに甘くないぜ」
そう言ってから、メタルな豚はかっこいいポーズをとって渋い声で言った。
「それより、おまえ、おれのこと、アニキってよんでくれたって、いいんだぜ?」
「アニキ? ボアーさんを?」
おれは、くらがりでもひっそりと光るメタルボディの豚をながめた。やたらとかっこをつけまくっているけど、ただのメタルな豚だ。これを兄貴と呼ぶって……。
「モテたいんだろ? ボーイ。モテモテの秘訣を、教えてやるぜ?」
「ええ? モテモテの秘訣? いや、でも、ボアーさんに?」
おれは、もう一度メタルな豚さんを見た。どう見ても、モテそうにない。かっこはつけているけど。しかも、金属といっても、金ピカじゃなくて、ブロンズとかそんな感じの色だし。
だけど、さっきの話から行くと、この人、結婚しているんだよな。しかも、他に、愛人までいたってこと?
「ボアーさんってモテるんすか?」
「モテモテだ。おれは4度結婚している。子どもは2桁いる。もうすぐ3桁になる予定だ。はっきりおぼえていないがな。愛人は、数え切れないな。だが、常に4、5人はいる」
「すげっ! あんたすげぇ! とんでもないハーレムの主じゃないっすか!」
「しかも俺が愛人にするのは、いい女だけだ。最低でも、クラスで2番目にはかわいい子だな」
おれは思わず叫んでいた。
「アイドルグループに入れるレベルっす! アニキと呼ばせてください! いや、マスター!」
「アニキでいいさ」
こうして、おれは動く豚の銅像みたいな生き物をアニキとよぶことになった。




