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3-10 逮捕

 翌朝、気が付いたら、おれは無人の酒場の中、樽の前でひとり寝ていた。


「あれー? なんでおれ、こんなところで寝てんだ? 樽に入ったのは、夢だったのかな?」


 おれは起き上がってのびをした。


「やっぱ夢か。とても広くて暖かくてふわふわ寝心地のいい樽の中なんてないもんな。ふぁー。よく寝たー。なんかすんごいぐっすり眠れたなー」


「たーる」


 そんな音が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。酒場の中にはただの樽しかなかったから。

 おれは酒場から宿屋の方に戻り、リーヌのとまっている部屋に帰った。

 リーヌは普通にベッドで寝ていた。やっぱり、ホブミ暗殺者説はおれの杞憂にすぎなかったようだ。


「おはよっす」


 リーヌはベッドの上で手をのばした。


「うーん。もう朝か? よく寝たぜ」


「まだ朝の5時なのですー」


 ホブミひとりだけ、とても寝不足っぽい顔をしていた。

 なにはともあれ、その数時間後、おれたちは宿屋を発つことにした。


 ちなみに、朝食代がなかったのでひもじい思いをしていたんだけど。リーヌが着替えている間に、おれが一人で廊下で「腹へったなー」って言ってたら、「トーシュトでしゅ」ってゴーシュトがどこからかトーストを持ってきてくれた。

 ほんと、親切なモンスターだよな。ゴーシュトって。半透明で近くに来るとやたら寒くなるんだけど。


 さて、宿屋を出たおれたちは、次の行き先を決めようとしていた。


「リーヌさん、こっから先はどっちに行くんすか?」


 サンサ村からは3つの道が出ていて、ひとつはおれたちが来た道。あとのふたつは、北東と北西にむかってのびている。

 おれたちは、今、その三差路にいる。

 リーヌは断言した。


「もちろん、南の島だ」


「無理っす。すでに方角がちがうっす。まだ気づいてなかったんすか? リーヌさんは、北にむかってるんすよ」


 おれが指摘すると、リーヌは自信満々に言った。


「ずっと北に行くと南になるからどっちに行ってもいいんだぞ。ゴブヒコ、知らなかったのか?」


「たしかに地球は丸いからそうなんすけど。すんごい時間かかるっすよ? きっと途中に海とか険しい山があって、船や空飛ぶ手段がないと無理そうだし」


 ホブミが、口をはさんできた。


「リーヌ様! ホブミは大事な情報を手に入れたのですー。ジェイシー町に……」


 でも、その時には、リーヌはふらふらと北東へ向かう道へ進んでいった。


「リーヌ様ー! そっちじゃないですぅー。ジェイシー町はあっちですー。それにそその先はブーヒーモスが出て通行止めになってるのですー」


 たしかに、道の先を巨大な山のようなものが塞いでいるのが見える。


「ブーヒーモス? あれってモンスターなの?」


「巨大モンスターですー。狂暴性はないけど、あまり動かない上にものすごく体力が高いのですー」


 でも、リーヌはブーヒーモスがいる方には行かず、道のわきに生えているひん曲がった木のそばで立ちどまった。

 リーヌが見ているのは、木にぶらさげられた金属製の看板だ。なんだか、羊のような羊でないようなラクガキみたいな絵がかかれていて、その横にぎりぎり読める文字がある。


『めたるぼくじょう かわいいどうぶつがたくさんいるよ めぇ~』


 おれはそれを読んでから、リーヌに言った。


「リーヌさん、みょうなとこだけ目ざといっすね。この看板自体は、かわいくもなんともないのに」


 リーヌは看板のラクガキみたいな下手くそな絵を指さしていった。


「ここにかわいいひつじがいるだろ?」


「この絵、かわいいんすか? おれには、ひつじなんだか雲なんだか、よくわからない絵に見えるっすけど」


 リーヌはおれをバカにしたように自信満々に言った。


「ちがいなんてすぐわかるぜ? クモは足が8本で、ひつじは足が6本だ」


「昆虫とクモの見分け方っすね。たしかにクモは足が8本……って、ちがうっす! おれが言ってたのはお空の雲だし、だいたい、ひつじは4本足でしょ! 虫じゃないんすから。6本も足があるわけないっす!」


 リーヌは頭をかいた。


「あ、そっか。ゴブヒコがクモとかいうから、ひっかかっちまったぜ」


「ひっかけてないっす。もうリーヌさんは自信満々にボケるんすから」


 ホブミはホブミで、おれたちの後ろで、ひとりで騒いでいた。


「リーヌ様、北西ですー。ジェイシー町はー」


 おれはホブミに言っておいた。


「ホブミ、あきらめろ。リーヌさんがかわいい動物をあきらめるはずないんだから」


「おう。かわいい動物を見に行くぞ」

 

 というわけで、おれ達は看板の矢印に従って、牧場へ向かった。


 ところが、牧場は相当に遠い所にあった。

 山道を進んでいくと、道はどんどん細くなり、獣道のようになっていった。

 やがて、おれは立ち止った。


「ついたのか!?」


 リーヌは喜んだ。が、おれは残念な報告をした。


「ついてません。すんません。おれの体力がついてけません。限界っす。おれのスタミナ、低いので。2乗されてもなお、とても低いので。もう歩けないっす」


 というか、到着してないのは、見ればわかる。周囲には藪があるだけだ。


「しかたねぇなぁ。ホブミ、ゴブヒコを背負ってくれ」


「いやーーーー!」


 ホブミが叫んだ。


「こんな変態オスゴブリンと密着するなんて、ホブミには、ホブミには、とてもできませんー! これをチャンスにと、あんなものをこすりつけたり、こんなとこをなでまわしたり、してくるにきまってますー!」


「勝手に犯罪者にするな! だいたい、おまえにはミジンコほども、そういう気がおきないから!」


 でも、ホブミは聞いていない。


「キャーーーー! 痴漢ですぅ! 痴漢ですーーーー!」


「やってません! おれはなにもやってません! これは、えん罪だぁ!」


「うっせぇなぁ」


 リーヌは、おれたちのやりとりに、耳をふさいでいた。ところが、そこに、なにかがやってきた。


「チカンはどこだわん! チカンはどこだわん!」


「え?」


 あらわれたのは、犬だ。

 ただし、渋谷のハチ公並みのメタルボディをもつ、犬? だ。

 しかも、このメタルボディの犬は、おまわりさんっぽい服をきている。


「こいつか! 逮捕するわん!」


 動く犬の銅像みたいなおまわりさんは、おれに手錠をかけた。

 手錠にはロープがつながっていて、そのロープは犬のおまわりさんの首輪につながっていた。


「えええええええ! えん罪だから! ほんとうに! ちょっと、ホブミ、おまえの冗談でとんでもないことになってるぞ!」


「連行ーだわん!」


 そう吠えると、メタルボディの犬のおまわりさんは、すごい勢いで走り出した。おれは両手をひっぱられ、ずっこけたが、おまわりさんは、とまることなく、走り続ける。


「はなせーーー! おれは本当になにもしてないんだぁ!」


 犬のおまわりさんは、おれを引きずって山道をかけあがっていった。


「ギャーーー―! 痛い痛い! おれのHPは少ないんだから、引きずらないでくれぇーー!」


 こうして、おれは金属製の犬のおまわりさんに、連れ去られた。


[モンスター図鑑]


26 ブーヒーモス:成獣は家なみの大きさになる。巨大な豚みたいな見た目。太りすぎてあまり動けない。ずっと動かないので体に苔が生えている。骨以外は全身を余すことなく食べることができ、巨大なので食糧難を一気に解決してくれる、飢餓の時にはありがたい生き物。ただし、分厚い脂肪によって半端ない防御力と体力を誇るため、倒すのは簡単ではない。


66 メタルアニマル:金属製の銅像のような体を持ち、動物のような形をしている。知能は人間並みに高い。防御力がずば抜けて高い。倒すと経験値がたくさんもらえるために冒険者に乱獲され、今では絶滅が心配されるモンスターになってしまった。どこかにメタルアニマルの隠れ里があるという。



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