3-8 宿屋2
「うぅ、なんでこんなことに……。せっかくリーヌと楽しく二人旅できると思ったのにぃ……。なんなんだよ、あのメスゴブリン」
部屋から追い出されたおれが嘆きながらさびしく廊下にすわっていると、隣の部屋の中から若い女の声が聞こえてきた。
「ねぇ。……そっちにいっても、いい?」
(うぉーーーーー! なんてリア充イベントが進行中なんだぁ! おれなんて、部屋を追い出されて廊下にさびしくひとりで座っているのにぃ!)
ここでイチャイチャな会話を聞くのは、耐えられない!
おれは場所を移すことにした。
おれは階段を降りて1階にむかった。
1階の廊下でボーっとしていると。
おれの前を、高貴そうな女性をお姫様だっこした勇者っぽい冒険者が通過していった。
ちなみに、この世界では勇者協会に勇者だと認定された冒険者が勇者をなのるらしい。だから、勇者は世界に沢山いる。
おれは、勇者認定バッジをつけたイケメンを睨みながら、心の中で叫んだ。
(ちくしょーーー! どいつもこいつも!)
なんだか知らないけど、この宿屋、やたらとイチャイチャなカップルが多い。
なんなの? ボロい宿屋のくせに。ここ、人気のデートスポットの近くとかなの?
「うぅ、さむいし。孤独だぁ。こんなに寒いと、おれ、風邪ひいちゃうよ……」
このぼろい宿屋の廊下はやたらと寒い。たぶん、外より寒い。
そんなことを思っていると、か細い高い声が聞こえてきた。
「シュゥー。しゃむいよぉー。人肌恋しゅいよぉー」
音のした方を見ると、廊下に半透明のものが漂っていた。
「ギャー! 幽霊ー!」
おれが恐怖で叫ぶと、半透明のものから声が聞こえた。
「ゴーシュトですよぉー。幽霊じゃなくてモンスターでしゅよぉー」
「あ、おれと同じモンスターなのか。びっくりしたぁー」
おれはほっと胸をなでおろした。
「そうでしゅよー。同じでしゅよー。恋人に振られたショックで宿屋で自殺してモンスターになっちゃったんでしゅよー」
おれはそれを聞きながらなんどもうなずいた。
「なんかまるで幽霊みたいな経験談だけど、そんなモンスターがいてもおかしくないよな。ないない」
「そうでしゅよー。モンスターでしゅよぉー」
ゴーシュトは危険なモンスターじゃなさそうなので、おれは気にせず独り言を言った。
「それにしても寒いなぁ」
「あっちに温かい部屋がありましゅよー」
おれがゴーシュトに教えられた方に行くと、大きなストーブのある部屋があった。ストーブの上にたくさんの鍋やヤカンが置いてあって、大量のお湯を沸かしているようだった。
おれはこの部屋で温まることにした。
部屋の隅に薄汚い毛布を発見したので、おれは毛布の中にもぐりこんだ。
(ふぅー。あったかいなぁ。毛布あるなら貸してくれよー。まー、これ、洗濯してなさそうだけど)
おれはのんびり温まりながら考えた。
(あーあ。なんでこんなことに。ぜんぶ、あのへんなホブゴブリンのホブミのせいだ。ちくしょー。あいつなんなんだよ。いきなり、かってに仲間になりやがって。だいたい、あいつ、なんであんなへんなやつらに、あんなところで襲われてたんだよ……)
おれは、ちょっと、なにか大事なことを見落としているような気がした。
(ホブミって、なんかあやしくないか? あんな場所で冒険者たちに襲われていて、かつ、倒されていなかったなんて。弱そうだから、瞬殺されてたってふしぎじゃないのに……)
そこで、おれは気がついた。
(あれ? 気のせいかな。ホブミのやつ、最初からリーヌのことを知っていたような……)
おれはよく思いだせなかったけど、一度、あやしいと思いだすと、疑惑がふくらんでいく。
(まさか、あいつ、なにか悪いたくらみがあっておれたちに近づいたんじゃ……)
リーヌは少なくとも町内では悪名高かったし、恨みをかっている数も半端ない。
むしろ、あの町でリーヌに恨みがない人なんていないんじゃないか?
(まさか、ホブミはリーヌに恨みをもつ人間にやとわれた刺客? 天誅!?)
ホブミはおれを部屋から追い出して、リーヌと二人きりになったところでリーヌを暗殺する気だったのでは!?
おれが部屋に戻ろうと思った、その時。
宿屋のおやじが廊下で不機嫌そうに「ゴブリン!」と怒鳴る声が聞こえた。
おれは宿屋のおやじに見つからないように、慌てて毛布の中にかくれた。
[モンスター図鑑]
54 ゴーシュト:人間の怨念から生まれたオバケモンスター。姿を隠すのが得意で、通常、目には見えない。カップルをおびき寄せては吸収や呪い攻撃を繰り出すため、凶悪なモンスターとして知られている。でも、長期間恋人がいない人や孤独な人にはけっこう優しいらしい。20年以上未経験だとゴーシュトの姿が見えるとかいう噂もある。




