3-7 宿屋1
夕方には、おれたちはサンサ村の宿屋についた。
サンサ村は山の中の小さな村で、住んでいる人もとても少ない。ほとんど何もない村だ。だけど、冒険者の往来の多い場所にあるので、宿屋はけっこう混んでいた。
さて、おれたちは、宿の一室にいる。
「うーん」
おれはうなった。
「どした? ブヒブヒゴブヒコ」
「いや、当たり前のことなんすけど。おれの目には、シングルベッドがひとつしか見えないんすよね」
「そりゃ、そーだろ。シングルルームだぜ? このベッドはアタイがもらうぜ」
リーヌはそう言って、小さなベッドにどかんと倒れこんだ。
おれたちがいる部屋は、屋根裏のシングルルームなのだ。
宿屋がこんでいたこともあるけど、そもそもリーヌはお金がないので、この部屋の代金しか払えなかった。
「うーん」
おれはうなった。
RPGゲームとかで、あるよな。
宿屋で、パーティーメンバーが少なくとも4人はいるのに、ベッドが1つか2つしかない部屋に通されてる状況。
おれ、ゲームをしながら思ったことがあるんだよな。
このパーティー、どうやって寝てんの? ひょっとして同じベッドで?
ムフフな状態???
だけど、これが現実に起きると、ほんとに困る!
リーヌと同じベッドになんて絶対に寝れないし。物理的に粉砕されるし!
床に寝るにしても、布団も何もない。
とりあえず、おれは1階の受付カウンターに行って、宿屋のおやじに寝具の提供をお願いしてみた。
「布団とか毛布を貸してくれっす」
ところが、宿屋のおやじは愛想のかけらもなく言った。
「今日は貸し出す余裕はねぇ。あったとしても、ゴブリンに貸す布団はねぇ」
「ひどすぎる! ゴブリン差別はんたーい!」
抗議したおれに、おやじは言った。
「文句はおまえの宿代払ってから言え! ったく。ゴブリンはテイマーの荷物みてーなもんだから無料にしろって主張したのは、どこのどいつだ」
「……おれっす」
たしかに、おれはチェックインの時にそう主張して、テイマーのお供モンスターとして無料で宿泊させてもらっているのだ。じゃないと、リーヌは宿代払えなかったから。
おれはすごすごと部屋に戻った。
「リーヌさん。つーわけで、毛布も借りられなかったっす。だから、せめて掛け布団をくれっす。リーヌさんはどうせ寝ぐせで布団なんて蹴っとばしちゃうんだし」
おれが部屋に入りながらそう言うと、なぜかホブミがいきなり怒鳴ってきた。
「ゴブヒコ先輩! 先輩、まさか、まさか、この部屋で寝ようなんて考えてるのですかー!」
「え? 1部屋しかないんだから、ここで寝るに決まってるだろ?」
「キャーーーー! スケベ! 変態! 性犯罪者! 夜中に何度も何度もホブミを襲おうなんて!」
「どうしてそうなるんだよ! おれは、これっぽっちも、おまえになんて興味がないぞ!」
いくらホブミがメスだと言っても、この世界のゴブリンは萌え要素ゼロでブサイクな、伝統的ビジュアルのゴブリンなのだ。
「なにさわいでんだ? おまえら」
ベッドの上でごろごろしていたリーヌが話に加わってきた。
ホブミは叫んだ。
「この変態ゴブリンがこのお部屋に泊まって、夜中にわいせつ行為を働こうとしているんですー!」
「してないっつーの!」
「キャー! リーヌ様! こんなオスゴブリンと同じ部屋に泊まるなんて言語道断です! 夜、寝ている間にーーーー! キャーーーー!」
「勝手になにを想像してるんだよ! 勝手におれを性犯罪者にしたてあげるな!」
「キャーーーーー! この性犯罪者―――!」
ホブミは耳をつんざくような声で叫び、リーヌは耳をふさぎながら言った。
「うっせぇ。うっせぇなぁ。しかたねぇ。ゴブヒコ、部屋の外で寝ろ」
「えー! だって、ここ、リーヌさん家とちがって、おれ用の物置部屋とかないっすよ? おれ、けっこう、からだ弱いんすから。廊下とか寒いところで布団もなしに寝たら、風邪ひいちゃうっす」
だけど、おれがそう言っている間もホブミは叫び続けていて、おれの声はホブミの叫び声にかき消されてしまっていた。
「キャーーーー! キャーーーー!」
「うるせー! ゴブヒコ、とにかく、早く出てけ!」
どうしようもないので、おれは部屋から出た。
こうして、おれは廊下に追い出されてしまった。




