3-5 めざめるとそこは
ゆらゆらと、なにかがゆれている。うっすら開いたおれの目には、なにか、ベージュ色の山のようなものが見えている。
連なるふたつの山が見える。
山頂は、白い布のような雪でおおわれている。
(あの、雪山に、おれは行くのか……?)
おれの意識は、まだ混濁している。
ベージュ色の山は、ゆれている。
どこからか、いい匂いもしている。
なんだか、しあわせな気分になれる匂いだ。
(ここは、天国? あぁ、なんだか、あの山に行けば、しあわせになれそうな気がする……。もういいや、おれは、生きることにつかれた。あの山でやすらかに眠ろう……)
だけど、天国に飛んでいくにしては、ずいぶん、おれの身体はゆさぶられている。おれの全身が大きく上下にゆすられるように動いている。頭なんて、がくんがくん、首がぬけそうだ。
そして、視界いっぱいにひろがる、ふたつの山も揺れている。まるで、とてもやわらかい土でできているように、山がゆれている。
「いったい、ここは……」
おれは、つぶやいた。
そのとたん、ゆれがとまり、おれの身体が地面にたたきつけられた。
「ぐふっ! いてっ! 死ぬ!」
「ああ? そっとおろしただろ」
(真城さんの声!?)
と思ったけど、そっと目をあけると、そこにいたのはリーヌだった。たぶん。
あいかわらず、真城さんとリーヌはそっくりだ。
「リーヌさん? うん、まちがいないな。今気づいたけど、顔もちょっとちがうのかも。こっちは怖さよりアホさがにじみ出ているもんな。……あ、顔が怖くなった。やっぱ、かんちがいか」
なにはともあれ、おれは無事、異世界に帰ってこれたみたいだ。
いままでと同じパターンだけど、実は今度こそ本当にお陀仏しちゃったらどうしようと心配していたので、おれはほっとした。
おれは周囲をみわたした。
見たことのない場所だ。林の中のようだ。だけど、異世界には違いない。
そこの木に、ブタみたいな顔の鳥がとまっていて、木の匂いを嗅いでいるから。あんな生物、現代日本にはいない。
「よっしゃー! 異世界にきたどー! おれはゴブリンだー! 醜い醜いゴブリンだー!」
リーヌはなぜだか、ため息をついた。
「めざめるなり、ブヒブヒしてるな。ブヒヒコよ」
「もう、どんな名前でよばれようと、どうでもいいと思えるほど、おれは、今、とてもしあわせっす。ところで、ここは、いったい……? それに、さっきの幻想的な山はなんだったんだ?」
たしか、おれは、この世界では、リーヌの部屋でパンディーに化けていた変態魔法使いハンダと戦って、その後、リーヌの怒鳴り声で、部屋のすみまでふっとんだところだったはず。
ちょうど、そこで、青い妖精にむりやりあっちの世界に送られてしまった。だから、あのままの状況なら、おれは、リーヌの部屋の中にいるはずだ。
だけど、おれは見たことのない林の中にいる。あいかわらず、セーブポイントには戻れない仕様らしい。
「おれの無敵モードは発動……してないか。いま、地面に落とされただけで、やたらと全身痛いし。なんだか、おれのHP、残りわずかな感じだし。まぁ、いいや。じゃ、リーヌさん、おれが気絶した後のことを説明してくれっす」
リーヌは、元気なく言った。
「アタイの心は、ズタボロだ。だから、旅に出たんだよ」
「よくわからないっすけど、傷心旅行っすか?」
リーヌは難しい顔をして、おれにたずねた。
「昇進? アタイはえらくなったのか?」
「傷心なのにポジティブ思考!? おれが言ったのは傷ついた心の話っす。なんで急に旅に出ることにしたんすか?」
「大家が怒ったんだよ。おっさん蹴っ飛ばして、窓ガラスが割れただろ?」
「ああ、大家さん、怒るとこわいっすからねぇ。にこやかな笑みをうかべたまま、心を切り裂く言葉の弾丸をマシンガンのように撃ちまくるっす」
「おう。アタイの心はズタボロだ」
リーヌはしょげている。
「しかも、窓なんてわったら、大家さんに修理代だのなんだのって有り金全部むしり取られるっすからね。あれ? そういえば、たしか今、リーヌさんの所持金は、ほとんど底をついていたような……」
リーヌは大きなため息をついて言った。
「だから、金稼ぐまで帰ってくんなって、家、追い出されたんだよ」
ようやく、おれは事態を理解した。
「てことは、おれたちはホームレス……!? 異世界に来てまでホームレスかぁ。いきなり、へこむぅー」
「へこむとかいうな。アタイがもっとへこむじゃねぇか。ちくしょー、どうせ、アタイに帰る家なんてないんだ……。アタイには家なんて……」
リーヌが落ちこむと面倒なので、おれは慌てて言った。
「じゃ、それで旅に出たんすね? 楽しい旅行に? そういえば、おれ達って、どうせ勇者の盾をゲットするために旅に出ようとしていたから、予定通りといえば、予定どおりっす。家を追い出されたって問題ないっす。そういえば、おれはどうたってここまできたんすか?」
「おまえは起きねぇから、アタイがかついでここまできたんだぞ」
「へー。じゃ、さっきまで、おれはリーヌさんの肩の上にいたんすか? どうりで、すんごいゆれると思ったっす。あれ? じゃあ、目の前でゆれていた、あの山は?」
あの極楽に近そうな、もう、そこに埋められて永眠してもいいと思えるような場所は、おれの夢か何かだったのか……?
「あの山……」
リーヌの白いシャツと胸元を見たおれは気づいた。
肌色でやわらかそうにゆれていて、そして、リーヌにかつがれていたおれの目の前にあった二つの山。
あれは、あれは、あの山じゃないか!
おれは思わず叫んでしまった。
「この山だ!」
「あの山田? この山田? どの山田?」
リーヌは何にも気が付かず、意味不明なセリフを言いながら踊っていたけど。
[モンスター図鑑]
10 ブタクボク: クチバシがブタの鼻みたいな形の小型の鳥モンスター。嗅覚がすぐれていて、臭いで虫を見つけて食べている。鼻呼吸が得意。鼻から吸う力で木の幹に吸い付くこともできる。戦闘力は小鳥並みなので、人を襲うことはない。バードウォッチングをしていると、たまに見かけることがある。




