3-4 忘れ物
おれは、本屋のカウンターで、ぼーっと通路を眺めていた。
ゲームセンターと本屋の間の通路では、ちょうど仕事を終えた歩武さんと真城さんが、お話ししている。
おれがこの本屋でバイトをはじめてから、約1か月がたった。
おれのバイトのシフトと、ゲームセンターで働いている真城さんのバイトのシフトは、けっこう重なっている。
だけど、この一か月、おれと真城さんが会話した回数は、ほぼゼロだ。
いったいおれは、なにをやっているんだろう……。
いや、働いているんだけど。でも、おれ、別に働きたいわけじゃないから。
おれのバイトは、意外にも順調だった。いや、前回もおれは順調だと思っていたのに、クビになったけど。でも、今回は、たぶん本当に。
この本屋は、おれみたいなやつにとって、とても働きやすい。
なにしろ、今時、本屋で本を買う人なんて、めったにいないから。……少なくとも、この本屋で買う人は、めったにいない。
本屋の店員にあいさつをしてほしい客も、いない。あいさつなんて、立ち読みの邪魔だから。
おれは、なるべく、本を運んだり本の整理をしたりしているふりをして、レジの仕事は、他の人にやってもらう。
すると、おれは一日、ほとんどしゃべらずにバイトを終えることができる。
特に、歩武さんと一緒に店番をしているときは、歩武さんは力仕事が大っ嫌いなので、ちょうどいい。
そうそう、歩武さんというのは、おれと真城さんがバイト探しに来た時に、キモイチャラ男にからまれていた小柄なメガネっ娘のことだ。
歩武さんは、おれと同じ年で、おれとちがって大学生らしい。
この一月で、歩武さんと真城さんは、すっかり仲良しになっていた。だから、おれは、二人の会話を聞くことで、真城さんについても、少しだけ、詳しくなった。……盗み聞きじゃないぞ。本の整理をしていたら、聞こえてきただけだ。
真城さん情報その1。真城さんは、おれより年下だった。歩武さんより、年下らしいから。もちろん、真城さんのオーラは、完全におれより年上というか格上で、身長も上だし、戦闘力と威圧感は、ずーっと上だ。
ちなみに、おれは、実年齢より若く見られる。
歩武さんには、最初、高校生だと思われていた。……いや、正確には、「老け顔の中学生かと思ったけど、アルバイトできるはずないから、高校生だと思ってた。同じ年だったの? びっくり」らしい。
しかも。
「おれって、そんなに童顔かな?」
と、おれがたずねたら。
「だいじょうぶ。見た目の問題じゃないから。ちょっと、言動が幼すぎて、かん違いしちゃっただけだから」
と、言われた。
えーと、真城さん情報についてだった。
真城さん情報は、以上。
おれより年下らしいってことだけだ。
情報1つだけだったけど。ゼロよりはいいもんな。
だって、親密度の上昇はゼロだし。
むしろ、まったく会話してないから、下がってるかも?
おれ、ここでバイトをはじめてから、1回も真城さんに話しかけてないからなぁ。
だけど、おれは、用事もないのに、人に話しかけるなんてできない。
だって、用事がなかったら、なにも話すことないんだぞ? 「あのぉ」と言ったっきり、おれは、なにも言えなくなるぞ?
だから、おれは、バイト中、むかいのゲーセンを、ぼーっと眺めてすごしているのだ。
さて、今日もおれは、いっしょに帰ろうとする真城さんと歩武さんの姿を眺めていた。
(いーなぁ。歩武さんは、真城さんと仲良くなって)と、思いながら。
そこで、ふと、おれはレジの横に本が置いてあるのに気がついた。
売り物ではなさそうだ。ブックカバーがかかっていて、Honamiと名前が書かれている。
歩武さんの忘れ物のようだ。
(届けてあげよう)
おれは、本を手に取って、歩武さんと真城さんにむかって歩いて行った。
「あの、忘れ物……」
と言って、おれが、その本を手渡そうとしたとき。
ちょうど振り返った歩武さんがおれの手にぶつかって、本がおれの手から落ちた。……だけではなかった。
本の間から、パラパラひらひらと、なにかが落ちて、ショッピングセンターの床に散らばった。ちらばったのは、写真のようだった。
おれは、ちらばった写真を見た。
女性の裸や、着替えなどなどが映っている。
一瞬、時がとまったかのようだった。
(なんだこれ? なんで歩武さんの本からヌード写真? あれ? これ、うつってるの歩武さん? 歩武さんのヌード写真? あれー? 歩武さんって、脱ぐとすごい……。いや、そんなことより、なんで? なんで歩武さんの本の中に歩武さんの裸の写真? にしてもエロい体……。じゃなくて、なんで?)
怒鳴り声が響いた。
「この変態盗撮野郎ぉ―――――!!!」
そして、次の瞬間、おれの顔の右側で何かが爆発し、一瞬だけ鬼の形相の真城さんが見え、おれの右ほおと耳に燃えるような痛みが走り、おれの全身がなにかに、たぶん床に、強く打ちつけられた。
たぶん、おれは、真城さんに、ぶん殴られたかビンタされ、一撃KOとなった……。
意識を失いゆく暗闇の中で、おれは叫んだ。
またか! またかよ!?
どうしてこうなんの!?
おれ、なんかやった!?
せっかくおれの人生が順調に進みそうだったのに……。
終わったし。おれの人生が、終わったし。盗撮犯だと思われて社会的に終了だし。
もうしょうがないから、異世界プリーズ、プリーズ、プリーズ……。
そして、もう失うもののない無敵なおれのために、今度は、無敵モードでお願いします!




