3-3 ミッションコンプリート
おれは次のバイト募集のお店に行くことにした。他のバイト募集中のお店もすぐそばにある。
「他の2つのバイト募集は、ゲームセンターと本屋です。そこの」
真城さんはおれに文句を言った。
「あんだよ。他にもあんのかよ。先に言えよ。マジであすこでいっしょに働くのかって考えちまったぜ」
ゲームセンターと本屋は、通路をへだててとなりあっている。
真城さんは、そっちをちらっと見て即座に言った。
「本屋は、ねぇな」
これには、おどろかない。
真城さんが読書をしている姿は想像がつかなかった。
「ゲーセン行こうぜ」
おれたちはゲームセンターに向かって歩き出した。
ゲームセンターと本屋の前の通路で、もめている人たちがいた。
「はなしてください」
そう女性が言っている。メガネをかけた、小柄で地味な女性だ。
年齢は十代半ばくらいにも見えるけど、たぶん、おれと同じくらい、20歳前後な気がする。
おとなしそうだけど、知的でしっかりしてそうなオーラが出ている。
「なんでだよ。ホナミちゃん。なんで別れるなんていうんだよ」
なんとなくチャラい男がそう言った。
流行りの髪型で流行りの服装の、どこにでもいそうな雰囲気イケメンだ。
どこかで見たことあるような気もする顔だけど、思い出せない。どこにでもいそうだから。
それはそうと、おれはその様子を見て思った。
(うわー。別れ話のもつれってやつか。関わりたくないな。……このリア充どもめ!)
おれなんて、別れる前につきあったことがないんだから。
そうだ。誰かと別れるためには、まず、つきあわないといけないのだ。
ちくしょー!
1回でもいいから、「彼女と別れてショックなんだぁ」とか言ってみたい!
そして、相談相手の女の子の同情をかって、つきあっちゃったりしてみたい!
ちくしょー! おれには相談相手の友だちすら一人もいないんだぞ! 異性同性問わず!
このリア充どもめ!
おれが心の中で叫んでいる間に。
「あなたとは、もう関わりたくないの。二度とこないで」
地味なメガネっ娘はそう言った。
「そんなこと言って、ホナミちゃーん。本当は、俺のことがほしくて、ほしくて、しかたがないんだろ?」
「気色わるいっ。もうやめて!」
「うん、気色悪いな」
おれは心の中でつぶやいた。……つもりだったけど、声に出てしまっていた。
「マジ、きめぇな」
真城さんが同意した。
「なんだ、おまえら。俺とホナミちゃんの間を引き裂こうっていうのか!?」
男がこっちにつっかかってきた。
「あ、いや……」
おれは、後ろにあとずさった。でも。
「あ? やろってのか?」
真城さんは前に一歩出た。
(なに、やってんの!? 真城さん! ……でもなんの不思議もないけど。この人どう見ても『喧嘩上等』だし。売られたケンカどころか、売られてないケンカでも買いそうだし!)
チャラい男はそこで叫んだ。
「あ! 金髪女! おまえは、この前つっかかってきた不良女だろ!」
「ぬわに? てめぇ、この前モフ太をいじめていたやろうかぁ!」
なにやら、このふたりには因縁もあったようだ。
こりゃ、もうケンカはとまりそうにない。
おれはさらに数歩後ろに下がった。
その間に、メガネの女性が小走りにおれの後ろに移動してきた。
「助けてください。あの人、ストーカーなんです」
真城さんは、こぶしと手の平を打ち合わせた。
「まかせろ。女とモフモフの敵は、あたしがぶちのめしてやる」
「ああん? 女のくせに。男の力を思い知らせてやる!」
キモいチャラ男はケンカが強そうには見えないけど、たしかに、普通は男の方が女より力は強い……真城さんは、間違いなく、おれより圧倒的に強いけど。
キモいチャラ男が一歩、真城さんの方に近づいた。
そのとたん、チャラ男はショッピングセンターの床に崩れ落ちた。
「あれ? 今、なにが……?」
おれは首をかしげた。おれには、見えなかったのだ。
真城さんのパンチが。
おれは倒れたチャラ男と真城さんのファイティングポーズから、なにが起きたか推測した。
1発KOしたらしい。
一度真城さんのパンチで死にかけた経験があるおれは、思わずたずねてしまった。
「だ、だいじょうぶかな? そいつ」
ここは、異世界じゃなくて、法治国家日本だから。殺しちゃったりしてたら、とっても、まずいことになる。
真城さんは、うるさそうに言った。
「だいじょうぶだ。ケガしねぇように手加減したからな。ちょっと脳を揺らしただけだ」
(おれには、手加減してくれなかったのに……)
真城さんの言う通り、キモいチャラ男は、すぐに、ふらふらと立ち上がった。
「く、くそぉ。俺は、あきらめないぞ、ホナミ!」
捨て台詞を残し、キモチャラ男は逃げていった。
「ありがとうございました」
エプロンをしたメガネの地味な女性は、真城さんに頭を下げた。
「礼なんていらねぇよ」
「本当にありがとうございました。それでは、わたしは仕事に戻りますので」
もう一度、真城さんに頭をさげて、エプロン姿のメガネっ娘は本屋に戻っていった。あの人は本屋の店員さんだったようだ。
「よし、バイト探しにゲーセン行くか」
真城さんは言った。
「あ、バイト募集の張り紙だ」
おれはゲームセンターの柱に貼ってあるバイト募集の張り紙に近づいた。
すると、おれの後ろから女性の声がした。
「なーんだ。あなたたちアルバイト希望だったの?」
おれは声の聞こえた方を振り返った。ゲームセンターのスタッフっぽい茶髪の女性がいた。
たぶん、この人は30才前後。もう若くはないけど、おばさん、と言ったらきっとものすごく怒るだろう。
「いい右フックだったね」
そうアラサー女性は言った。
「たいしたことねぇよ」
真城さんは謙遜した。……いや、謙遜じゃないかも。真城さんのことだから、正直に言っただけかも。手加減してたんだもんな。
「じゃ、あなた採用」
アラサー女性は真城さんにそう言った。
「え? いいのか?」
真城さんは顔を輝かせた。
「ええ。うちは、ちょっとヤンチャな子がくることもあるから、それくらいの腕っぷしがある方がいいわ」
どうやら、この女性はゲームセンターの責任者だったようだ。
そしてたった今、真城さんはゲーセンのアルバイトに採用されたようだ。……お客さんをぶん殴ること前提でスタッフを採用するゲームセンターってどうなのかと思うけど。
そこで、ゲーセンのアラサー店長はおれの方を見て言った。
「でも、残念だけど、募集しているアルバイトは1人だけなのよ」
つまり、おれは雇ってもらえないらしい。
まぁ、おれは働きたくないから、ちょうどいいけど。
おれがバイト探しをしているのは、真城さんと会えるからだけなのだ。
真城さんが、このゲーセンで働くなら、おれはここに遊びにくれば良い。
バイト仲間になってもお近づきになれないのは、コンビニでの経験でわかってるし。
むしろおれは常連客のスーパーゲーマーにでもなった方が仲良くなれそうだ。
(よし、ミッションコンプリート。おれは帰ろう)
おれが達成感にひたりながら思ったとき。
真城さんは残念そうに言った。
「山田はだめなのか? じゃあ、働けないな」
「え?」
おれは耳を疑った。
「こいつ、あたしのせいで前のバイト、クビになったんだ。だから、あたしだけってわけにはいかねぇよ」
な、なんて義理がたい! これがヤンキー魂なのか?
おれには理解できない。
「そんなこと言わずに、真城さんだけでどうぞ」と、おれは言おうとした。だけど、おれが何かを言う前に、ゲーセンの責任者が解決策を提案してしまった。
「じゃあ、彼のことは、そっちの本屋さんにお願いしとくわ。むこうもアルバイト募集中だから」
「あ、いや、お構いなく。おれはそんなに働きたくないので」と、おれは言いたかった。
だけど、こっちの世界ではコミュニケーション能力がだだ下がりなおれは、とっさに言うことができなかった。
だから、その後おれは流されるまま、本屋でバイト面接を受けることになった。
おれは落ちても全然OKとリラックスして面接に挑み、いつもの自然体のおれを存分にアピールした。
以下、面接における本屋店長とおれの応答だ。
「本屋でのアルバイト経験は?」
「ないです。バイトは、すぐクビになったコンビニだけです」
「本は好き?」
「むずかしい本は嫌いだけど、ラノベとマンガなら読むっす。でも、本屋で買って読むことはないっす。ネットで全部手に入るから」
「……志望動機は?」
「偶然と成り行きです。というか、そんなに志望してないです」
「うーん。えーっと。採用された場合の抱負とモットーを言ってください。……もし、君に、そんなものがあれば」
「がんばりすぎずに、最低限の仕事だけをやりたいと思います。おれのモットーは、『働いたら負けだ』です」
「ふぅーーーー。……最後に。履歴書の君の名前だけど、これが正式な漢字なの?」
「え? あれ? 羊彦になってる。まちがえますた。おれは義彦です」
こんな感じだ。まさしく、いつもの、おれだ。
こうやって見ると、完全にアウトだけど。
だけど、おれはなぜか採用されてしまったのだ。
本屋の店長はあんなに深く長いため息をついて頭を抱えていたのになぁ。
というわけで、おれは本屋で、真城さんはゲーセンで、働くことになった。




