1-3 元・大魔王テイマー
おれをむりやり仲間モンスターにした女は、リーヌという名前の自称テイマーだった。
リーヌはゴブリン村からちょっと行ったところにあるサイゴノ町という町に住んでいた。
リーヌの家は、その町はずれにある、ぼろ家の一室だ。キッチンとかは、大家さんと共同。ちなみに、大家さんはそこそこ若い女性だ。
大家さんはゴブリンが大嫌いらしく、おれが到着した時に、ひと悶着起きた。大家さんはおれを見るなりすごいしかめ面で言ったのだ。
「そんな薄汚いゴブリン、庭につないでおいてください。家にいれないでください」
いきなり庭に放り出されそうになったおれは、「おれは、病弱だから、夜露にあたったら、朝には冷たくなってるっす! マッチ売りの少女みたいなことになってるっす!」と必死に主張して、なんとか家のなかに住むことを認めてもらった。
でも、家の中とはいっても、おれの部屋はリーヌの部屋のとなりにある物置部屋だ。この部屋はゴブリン村の粗末な小屋以下だ。
リーヌは顔とスタイル以外には恐ろしいほどにいいところがない。特に生活力がゼロ。
リーヌは家事のすべてをおれに押しつけて、一日中ぐうたら寝ながらお菓子を食っているだけだ。
おまけに、リーヌはちょっと怒鳴るだけでなぜか爆風を巻き起こすので、家の中は常にぐちゃぐちゃだ。
だから実はリーヌは、そもそも家事を押しつけるモンスターを探して、ゴブリン村に行ったらしい。
リーヌは家事をまったくやらずに部屋を汚しまくっていたので、大家さんから文句を言われた。
そしてその時に、大家さんからゴブリンは家政婦として働くことがある、と聞いてしまったらしい。
そこで、リーヌは家政婦ゴブリンをリクルートするために、ゴブリン村に行
って、なぜか家事スキルゼロのおれが仲間にされてしまった。というわけだ。
さて、今日もおれは庭で、リーヌの衣類をていねいに手洗いしながら、ため息をついていた。
この家に洗濯機はないのだ。不便すぎる!
「あぁ、もとの世界に帰りたいー。家事も仕事もなにもしなくていい、あの生活に帰りたいー。仕事でつかれて家に帰ってきた母ちゃんに夕飯つくらせて、『夕飯まーだ~』とか言ってたいー。美女とひとつ屋根の下とか、ムフフでいいなーとか思ってた、現実を知らないあの頃のおれに、もどりたいー」
近くのノラ犬がすすぎ用の水が入ったタライに顔をつっこもうとするのを止めながら、おれはもう一度ため息をついた。
「あーあ。せめて、やさしくて大金もちで甘やかしてくれるテイマーに捕まりたかったなぁ。ついてないなー。魔王みたいなのに捕まっちゃって」
おれは、背後に当のテイマー様がいらっしゃることに気がつかずに、そうつぶやいた。
気配を感じてふりかえると、リーヌが仁王立ちして、怖い顔でおれをにらんでいた。
おれは、大慌てで言いわけをした。
「ギャーー! 誤解っす! ほめ言葉っす! リーヌさんがむちゃくちゃ強いから、魔王みたいって言ってただけっす! だんじてけっして、超怖くて性格悪いから魔王みたいって、言ったわけじゃないっす!」
おれは言い訳どころか墓穴を掘っていたけど、リーヌはそのへんはスルーして、おれにたずねた。
「なんで、おまえ、アタイが魔王だったことを知ってんだ?」
(本当に魔王だったの!?)
おどろきながら、おれは納得した。
「やっぱ、そうだったんすか……。怒鳴れば爆風おこすし、ちょっとぶつかれば何でも粉砕するから、変だと思ってたんすけど。やっぱ、ふつうの人間じゃなかったんすね」
「でも、昔のことだぜ。いつのまにか最恐の魔女とか言われてて、ケンカ売ってくる勇者とか倒してたら、大魔王とかいわれちゃってただけだ。アタイはふわふわもこもこのかわいいモンスターと、平和にほのぼの暮らしたかったんだ。だから、アタイはテイマーになったんだ。なのに……」
そこでリーヌは叫んだ。
「なのに、なんで、こんなブサブサゴブリンと、いらいらライフなんだぁー!」
リーヌの叫び声で、なぜか竜巻みたいな風巻き起こり、庭の木から葉っぱがふきとんでいった。
周囲の木にいた小鳥や猫や、タライから水を飲んでいた野良犬が慌てて庭から逃げていった。
こんな現象はいつものことなので、おれは気にせず謝った。
「いやー、すんません。こんなブッサブサゴブリンで」
おれはふつうに謝っていた。
なぜなら、思わず謝りたくなるほど、おれはブサイクなのだ。
いや、ほんと、ブサイクとかブサブサとかいう言葉じゃかわいすぎるくらいに、おれもびっくりするほど、醜いのだ。
(最弱だったとしても、ハーレムはあるかも)
そう思っていたおれの希望は、リーヌの部屋でなにげなーく鏡を見た時に、打ち砕かれたのだ。
「ギャー! むちゃくちゃブサイクな緑の怪物がいるー!」
おれは思わず叫んでしまい、「自分の顔みて、何いってんだよ」と、リーヌに言われてしまった。
もうゴブリンでいいからイケメンに。イケメンゴブリンにしてくれよ!
チクショー! 転生にくらい夢を見させろー!
なにはともあれ、おれはリーヌに言った。
「だけど、じゃあ、リーヌさん。かわいいモンスターを仲間にすりゃいいじゃないっすか。テイマーになったんだから」
リーヌは、ふきげんそうな声で言った。
「それができりゃ、苦労しねーんだよ」
「え? どういうことっすか?」
リーヌはやたらと強いし、テイマーなんだからモンスターを仲間にし放題だろうに。
でも、そういえば、この家におれ以外のモンスターはいない。
リーヌは、ぶすっとした声で説明した。
「この世界で、モンスターを仲間にするには、残りえっちぴーとかいうのを、すんげー少なくした状態で『仲間にする』ってのをやらねーといけねーらしーんだよ」
今の話のどこに苦労するポイントがあるんだろう?
おれはわからなかったので、なにげなく言った。
「じゃ、HPけずって、『仲間にする』ってのを使えばいいじゃないっすか。リーヌさんの強さがあれば、どんなモンスターにだって、ダメージを与えられるっすよね?」
リーヌは頭の上にクエスチョンマークがうかんでそうな表情で聞き返してきた。
「えっちびーけずって? 鉛筆けずればいいのか?」
「鉛筆? いや、HBじゃないっす。HP。だから、モンスターにダメージを与えて残りHPをへらして、瀕死状態にすればいいんすよね? だったら、そうすればいいじゃないっすか」
リーヌは首をかしげた。
「なにを言っているかわからないが、モンスターを瀕死にしろってことか?」
「そうっす」
「んなことできねーぞ」
「なんでできないんすか? 適当に攻撃してダメージ与えていけば瀕死になるはずっす」
リーヌはあっさり断言した。
「だって、アタイの一撃を受けて生き残れるモンスター、いねーもん」
おれの脳裏に、ふっとんでいくゴブリン達とゴブリン村がうかんできた。
たしかに、一撃というか触れる間もなく一瞬であらゆるものが破壊されていた。
リーヌは言った。
「なんかしらねーけどさ、アタイが攻撃すっと、みんな一撃でぶっ倒れるかぶっ飛んでいくんだよ」
「手加減しろって!」
おれがつっこむと、リーヌは叫んだ。
「手加減してんだよ! アタイは全力で脱力してんだよ! でも、みんな、ふきとんでいくんだよ!」
おれは首をひねった。
うーん。モンスターを仲間にできるゲームでも、強くなってからスタート地点近くの弱いモンスターを捕まえようとしたら、自分たちが強すぎて苦労することがある……あの状態?
でも、あらゆるモンスターがその状態って、おかしくない?
「だから、一度も、モンスターを仲間にできなかったんだ……」
リーヌはうつむいて悲しそうに言った。
おれはなんだかちょっとリーヌがかわいそうになった。
ほんとうは同情してやる必要ないんだけど。だって、一番かわいそうなのは、ぶっ倒されたモンスター達のほうだから。
だけど、つい、かわいそうに思ってしまったおれは、リーヌをなぐさめようとした。
「でも、ほら、今はおれがいるから。仲間モンスター、いるじゃないっすか」
リーヌは顔をあげて、おれを見た。
リーヌの顔はかがやいていた。
その顔はとってもかわいかったけど、いやな予感がした。
「そうだ。おまえが攻撃すりゃいいじゃねーか。そうだろ? おまえなら、ちょっとだけのダメージ与えられるだろ?」
リーヌは顔をかがやかせておれにたずねた。
でも、おれはきっぱりと言った。
「え? いや、無理っすよ。戦闘とか、おれには無理っす」
おれはスライムに殺されかけた後、決心したのだ。
おれはこの異世界で、もう二度と戦闘なんてしない、と。
「おれ、激弱っすから。まさかの、おれYOEEE! 転生しちゃったんすから。だから、おれはもうだれにもダメージとか与えない平和なゴブリンとして、町から一歩も出ないで引きこもって生きていくつもりなんす。スマートなシティ・ゴブリンとして。これがおれの生きる道っす」
だけど、リーヌは、おれの意思を無視して力強く宣言した。
「弱いなら強くなればいいじゃねーか。よし! おまえを鍛えよう。テイマーとして、アタイは、おまえをバッチリ育ててやるぜ!」
「えー……いやっす」
モンスター図鑑
1 ヒト: 創世神の姿に似せてつくられたという生き物。元々の肉体はたいして強くないが、知識・技術を伝達する能力に優れているため、学習や装備によって高い戦闘能力を得ることができる。集団で敵を襲うことが多い。この世界で一番の勢力を誇っている恐ろしいモンスター。
5 ゴブリン:人間よりやや小柄な亜人。ゴブリンの多くは緑色の皮膚をもつ。地域によって人間と敵対していることも共存していることもある。仲間思いで共同生活を好む傾向にあり、ゴブリンは各地に共同体(ゴブリン村)を形成している。ゴブリンにはホブゴブリン等いくつかの亜種が存在し、種族によって性格や外見に多少の違いがある。