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3-1 電話

 おれはベッドに座ったまま、スマホをにらんでいた。

 今日は朝ごはんを食べ終わってから、かれこれ1時間くらい、こうして、おれはスマホの画面上の、真城さんの電話番号をにらんでいる。

 おれがこっちの世界に戻ってから、もう1週間以上たった。

 おれが異世界に帰れる気配はない。


 そして、リーヌがいないと、なんか寂しい。

 いるといないとじゃ、世界が大違いだ。いや、実際、世界がちがうんだけど。

 ともかく、こっちの世界にはリーヌはいないけど、リーヌにそっくりな真城さんならいる。

 というわけで、おれは真城さんと会いたいのだ。


 だけど、おれは電話が超苦手だ。

 電話ってなんでこう、緊張するんだろうな。電話はコミュ障には、ほんときつい。

 だけど、真城さんは、メールもLINEもだめだと言ってた。


 バイトの情報は、おれの情報網を駆使してちゃんとゲットしておいた。近くのショッピングセンターで数件、アルバイト募集の貼り紙をしている店があるらしい。

 情報源は、トップシークレットだ。……そのとおり、母ちゃんだ。なにが悪い。マザコンとか言うな。


 バイト情報をゲットしたのは7日前のことだ。

 それから毎日、おれはこうしてスマホとにらめっこしている。

 おれはそんな自分自身に絶望して嘆いた。


「ああ。きっと、おれは母ちゃんが死んでもどこにも電話がかけられなくて、しばらくたってから発見されて、おれは死体遺棄罪で逮捕されちゃうんだ。コミュ障すぎて電話がかけられなかっただけなのに。母ちゃんが死んだらショックで何もできなくなりそうだし。うぅ。おそろしい。絶望的な未来。たかが電話、されど電話……」


 その日、さらに4時間電話をにらんでいたおれは、ついに真城さんに電話をかけた。

 電話の呼び出し音が鳴っている。おれの心臓がバクバク鳴っている。

 そして、真城さんの不機嫌そうな声が聞こえた。


「もしもし?」


 おれは緊張のあまり数秒間しゃべりだすことができなかった。

 すると、真城さんの舌打ちが聞こえた。


「イタズラ電話か」


 通話は切れた。

 切られてしまった。


 やってしまったぁーー! 

 だから、電話は嫌いなんだぁーーーー! 

 

 目の前にいないから、身振り手振りで伝えることもできないし。

 でも、おれはあきらめずにもう一度、電話をかけた。

 すると、すぐに真城さんのさっきよりもさらに不機嫌そうな声が聞こえた。


「もしもし?」


 今度は、おれは即座にしゃべりだした。テンパってどもりながら。


「あ、あ、あの、山、あの、山、田、です」

 

 真城さんは、ドスの聞いた声でおれに聞き返した。


「あん? あのヤマだと? なんのヤマだ?」


「なんの山田? え? おれの山田?」


「てめぇのヤマはなんだって聞いてんだよ?」


 震えあがりながら、おれは言った。


「山? 山じゃなくて、山田です。名前の山田です」


「なんだ、名前の山田かよ」


 真城さんは怖さの減少した声で、ふたたびおれに聞き返した。


「で、山田って、どこの山田だ? となりの山田か?」


「となり? ち、ちがいます。え、いや、ちがうよね? うちのとなりには、真城さんて家はないはず……。あ、でも、こないだ、隣の家、新しく、ひっこしてきたんだった……。おれ、隣がなんていう人か、知らない……」


 おれがひとりでぶつぶつそう言っている内に、真城さんは、苛ついた声でぼそっと言った。


「……やっぱ、イタ電か」


 電話がきれた。


 やってしまったぁあああああーーーーーー! 

 またやってしまったぁあーーーーー!

 だから、電話は嫌いなんだぁあーーーー!


 電話でちゃんと用件を伝える、それはなんて難しいミッションなんだ。

 おれには、やっぱり電話なんて無理だったんだ。

 面と向かって会話したって話が通じないのに。


 くそっ、おれにゴブリンの時の言語コミュニケーション能力があれば。

 おれはなぜか異世界でゴブリンの時は、電話口で漫談をくりひろげることだってできそうなおしゃべり力を発揮できたのに。

 なんで、こっちに戻ってくるととたんに、こうなっちゃうんだよ……。


 青い妖精、実はなんやかんやいって、異世界ではおれにおしゃべりスキルというスキルを与えてくれていたのかも。

 もしそうなら、チートスキルじゃないけど、ありがたいスキルだったかも。


 あきらめきれないので、おれはもう一度、電話をかけた。


「も、もしもし、真城さん?」


 真城さんは、もはや不機嫌を超えて戦闘モードの声で返事をした。


「あんだ、おまえ。イタ電なんどもかけてきやがって。いい度胸してやがるな。どこの誰だ、名のれ」


「ちがっ、ちがうんです。いたずらじゃなくて……。それに、おれ、さっき名のったし……。おれは、コンビニの、バイトだった、山田です」


 おれはそこでふと思った。

 ていうか、おれの情報、画面に出てないの? おれの番号、登録してなかったの?

 真城さんはあきれたような声で言った。


「あー、いたな。コンビニでいっしょにクビになったやつ。おまえ、山田っていうのか」


 名前すら、おぼえてもらっていなかった……。

 心の中でショックを受けながらも、おれは平静をよそおって、消え入りそうな声で会話を続けた。


「……そ、そうです。山田です。おれ、バイト募集の情報を見つけたから、真城さんにも……」


「なに? いっしょにバイトに募集しようって?」


「ええ、まぁ……」


 そういうことになるのか?

 実はそこまで考えていなかったんだけど。

 おれはバイト情報が手に入ったから真城さんに教えようと思っただけだ。

 だって、おれ、別に働きたくはないから。


「バイト先はどこだ?」


「近くのショッピングセンターのお店です。あのコンビニから東に2キロくらいのとこにあるんですけど」


「おう。知ってるぞ。あの、ちょっとさびれたショッピングセンターだろ。よし、いこう」


 真城さんの声がからはすっかり不機嫌そうな感じが消えて、むしろ上機嫌な声になっていた。


「え? 今?」


「おう。今行くぞ。おまえは用事があるのか? 忙しいのか?」


「お、おれは、特に用事はないですけど」


 おれに用事があるはずがない。


「じゃ、30分後にショッピングセンターの駅側の入り口だ」


「は、はい」


 電話は切れた。おれはスマホの画面を見つめて、首をかしげた。

 なんだか不思議な感覚がしていた。

 真城さんはリーヌではない。

 だけど、しゃべってみると、なんかリーヌっぽい。


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