2-8 オートセーブ
おれの視界は、すっかり青黒い闇におおわれていた。
おれの耳に、いつものあの声が聞こえてきた。
「ハーイ! おひさー!」
「あ、青い妖精。『おひさー』って、昨日会ったばかりだし。あいかわらず、言葉づかいが、びみょうに古めだし。それに、なんか今日はテンション高めで元気だな?」
青い妖精は、ウキウキした様子で言った。
「そんなことないわよー。もうすぐ休暇でワイハなんてことは~。セーブするー?」
「この世界にハワイとかあるの? まぁ、いいや。とにかく、気軽な調子で、なにセーブとかいってんの?」
「セーブはこまめに、が鉄則でしょ? ノーセーブしばりプレイでもする気?」
「だって、セーブとかいって、おまえ、またおれをあっちの世界に送りかえすつもりだろ? もうだまされないぞ」
青い妖精は、明るい声で言った。
「だましてないわよ~。そういう仕様なの」
「仕様です、といえばなんでも許されると思うなよ。だいたい、今回、おれ、リーヌと家に帰っただけじゃん。前回とくらべて、セーブポイント早すぎだろ! バランス考えろよ~。これから冒険に出るってとこなんだからさ」
「冒険に出る前にセーブが定石でしょ?」
「ふつうのゲームなら、そうだけど。とにかく、セーブポイントなんて、ながーい冒険に出て、中ボスっぽいの十匹くらいたおして、ラスボスっぽいの倒したと思ったら、また裏ボスっぽいのが出てきて、それを倒したと思ったら、神クラスの究極の敵がでてきて、それを倒しちゃった後、たくさんの女の子に囲まれて、いちゃいちゃハーレムほのぼの生活を飽きるまでした後で、いいよ」
青い妖精は、信じられない、というような声で、きき返した。
「ハーレム? あんたにハーレム?」
「だって、最強に成り上がったおれが、ラスボスを倒す頃には、ハーレムもできてるだろ?」
異世界って、そういうものだよな。
でも、青い妖精はおれに賛成してくれなかった。
「そもそも最強にならないと思うけど。ハーレムは、もっとないわ」
「いやいや、あの下着泥棒店長だってモテるなら、おれだって、こっちの世界なら美しい女騎士とか聖女様とかドジっ子魔法使いとか、色んな女の子にモテてムフフな経験しそうじゃん?」
青い妖精はきっぱりはっきり断言した。
「ありえないわよ。そんなの、神々が許すわけないじゃない」
「なんで神様がおれの恋をじゃまするの!? おれ、どんだけ神様に嫌われてんの? なんか罰当たりなことした!?」
「さぁーねぇ~。とにかく、あんたが女の子といい感じになる確率は限りなくゼロに近いんだから。だから、出会いを大事にしなさい。一生のうちに1人でも両想いになれる彼女ができたら奇跡よ? それで、セーブするの? しないの?」
おれは断言した。
「セーブなんてしないよ」
「え? 聞こえなかったんだけど? する? しない?」
聞こえなかったふりをする青い妖精に、おれは言った。
「しない、って。だって、セーブとかいって、おまえ、おれをあっちの世界に強制送還するつもりだろ? おれ、あっちの世界で真城さんに殺されかけていたんだぞ? もう脊髄損傷で寝たきりかもしれないぞ? それに、この世界で彼女ができそうになくても、おれは、このままがいいの」
彼女がいなくても、リーヌとバカ騒ぎしながら元気に暮らしていけるこっちの世界の方が、おれはずっと幸せだ。
青い妖精はあきれたように言った。
「女の子に殴られたぐらいで、大げさなこといってんじゃないわよ」
「青い妖精、おまえは知らないんだ。あの右ストレートの威力を。一発で首の骨が折れるレベルだった」
「またまたぁ。顔に青あざができるていどよ。運が悪くても、顔面と頭蓋骨骨折よ」
「顔面と頭蓋骨骨折ってけっこうひどくない? とにかくさぁ、おれ、あっちの世界では、なんかうまくいかないんだもん。こないだだって、こっちの世界でゴブリンの時はたくさんおしゃべりしてたのに、あっちの世界にもどったら、すっかり無口なシャイボーイに戻ってたじゃん? ここ、すんごい変な異世界だけど、けっこう楽しいし。だったら、こっちでリーヌと楽しく暮らしてた方がいいじゃん?」
そして、おれはさわやかに断言した。
「だから、おれ、もうこの世界に永住することに決めた!」
おれの人生ではじめての前向きな決断だ。
そんなおれの決断を青い妖精は応援してくれると、おれは信じていた。
おれが祝福の声を待っていると。青い妖精は、わざとらしい大きなため息をついた。
「しかたがないわね。オートセーブモードにするわ」
「は? なに? なに言ってんの? オートセーブってなに? おれ、この世界で永遠に幸せに暮らす予定なんだけど?」
おれの頭の中がぐるぐるしてきた。青い妖精の声が響く。
「じゃーね。あんたがこっちにいると、わたしが休暇とれないの。アー・フィ・ホウ!」
「やめろぉーーーーーーーー!」
おれは暗闇の中に落っこちていった。




