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2-7 おわかれ

「それにしても、こんなおっさんがリーヌのぬいぐるみに化けていたなんて……」


 おれの心は不快感でいっぱいになった。


「ふっふーん。なにを言っても、もう、おそいよ~。おじさんはねー、おじさんはねー、リーヌちゃんの着替えもお風呂も、こっそりのぞいちゃったよ~」


 このおっさんがリーヌの裸を見たなんて!

 母ちゃんをねらっていた以上に、許せない!

 魔法使いハンダと名乗るコンビニ店長そっくりさんは、気色の悪いにやにや顔で話し続けた。


「おまえには一生見れないものを、たーくさん見てきたのだ~。昨夜は角度がむずかしくて、だいじなとこは見えなかったけど~。そうこうしている内に服を投げつけられた衝撃で気絶しちゃったけど~」


 ノゾキのおっさんは、にやにや笑いながら、話しつづけた。


「そして、昨夜は、リーヌちゃんと同じベッドの上で、もうちょっとでパフパフ祭りだったよ~。パフパフ寸前に締め殺されかけてぶん投げられて、さっきまで気絶してたけど~。今夜こそは、がんばるぞ~」


「ちくしょー!」


 おれは気がついたら、店長? にむかって、なぐりかかっていた。

 パンティーをかぶった店長? は、ふたたび、ひらりと身をかわし、おれに足をひっかけた。

 おれは床に、ぶったおれた。床にたおれたまま、おれは叫んだ。


「くそっ、どうして、一発もあたらないんだ! 相手が強そうな勇者ならともかく。こいつは格闘家でもない、メタボはいってるただの中年おやじなのに!」


「フォッフォー。おまえ、マジで弱いね。おれさま、得意なのは変身魔法と誘惑魔法だけなんだけど。こんなに弱いやつ、はじめて見たよ」


 店長? は、おれをおちょくるような踊りをおどった。


 強くなりたい。

 おれはこの世界に来てから、たぶんはじめて、心からそう思った。

 強くなって、このパンティーをかぶった店長? を、ぶん殴りたい。

 だけど、「強くなりたいか?」なんてたずねてくる声は、どこからも聞こえてこない。

 マンガやアニメでおなじみの、おれの中に眠っていた秘めた力が尋ねてくる、あの声だ。


「くそ、おれの中には秘められた力がないのか!? おれには、いつか、あの声が聞こえると信じていたのに!」


「ゴブヒコさん……」


 羊のめざまし時計の声は、あわれみと何かがまじったなんとも言えない声だった。


「わかってる! わかってるから! この年まで信じてちゃだめだって、わかってるから! だから、ひつじくん。そんな目で見ないで!」 


 おれは手で顔をかくした。

 わかっている。

 おれもなんやかんやいって、実年齢21歳だ。

 おれに今一瞬で強くなるすべなんてない。

 おれは今まで努力をしてこなかったことを後悔した。

 ああ、ラスボス直前でストーリーに飽きてレベル上げに走っていたあの時間を、いや、エンディング後が本番のやりこみゲームで費やしたあの時間を、筋トレにでも当てていたら。


「くそぉ、おれには、何もできないのか。こいつをどうにか……」


 おれの目から悔し涙が落ちてきた。


「プファーッファッファー」


 パンティーをかぶったおっさんが勝ち誇った声をあげていた。

 その時、ドアが開いた。


「おーい、ゴブヒコ、なに変な声だしてんだぁ?」


「リ、リーヌさん?」


 おれがふりかえると、ドアのところに、買い物から帰ってきたリーヌが立っていた。

 一瞬の静寂の後、リーヌの叫び声が響いた。


「なんだこの変態おやじはーーーー!!!」


 即座に、リーヌは飛び蹴りを放ち、その飛び蹴りで、パンティーをかぶったコンビニ店長? は、窓をつきやぶって、空の彼方に消えて行った。

 その風圧に巻き込まれて吹っ飛びながら、おれはつぶやいた。


「うぅ、そうか。ひつじくんが魔法をとけって言ったのは、こういうことだったのか……」


 考えてみれば、あたりまえだ。

 変身魔法を解いた段階で、店長? の運命は決まっていたのだ。

 パンティーを被ったおっさんを部屋で目撃して、リーヌが許すはずがない。


 吹き飛ばされたおれが床に落ちた時、辺りは妙に暗くなっていた。


「ありがとう。ゴブヒコさん」


 羊のめざまし時計の声が響いた。

 羊のめざまし時計が、青い光につつまれて宙に浮かんでいた。


「これで、ぼくも安心して天国に行けるよ」


「ひつじくん!? 天国? なんでいきなり!?」


「ゴブヒコさん。これからもリーヌちゃんを守ってあげて。リーヌちゃんは、本当は、やさしくて、傷つきやすい子なんだ。やくそくだよ?」


 そう言って、羊のめざまし時計は青い光とともに消えていった。

 そして、羊のめざまし時計が消えると同時に、あたりはすっかり暗くなって、俺は意識を失った。



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