2-5 なんだじゃないよパンダだよ
翌日、リーヌは町へ、旅に必要なものを買いに行った。
おれは留守番をして部屋を片付けることになった。
というのも、朝、これから旅に出ると大家さんに告げると。
「部屋をきれいにしてから出かけてください。あの部屋、おそろしい害虫がわんさか、わきそうじゃないですか。巨大ブリブリムシなんてでてきたら、末代まで呪い殺しますよ? あのまま放置するなら、部屋においてあるもの、ぜーんぶきれいさっぱり処分します。当然、処分にかかった手数料をいただきますからね。わたしの時給は高いんですから」
そう言われてしまったのだ。
あの守銭奴の大家さんのことだ。いったい、いくらふっかけられるか、わかったものじゃない。
だから、この部屋をきれいに片づけないといけないんだけど。
「これ、どこから手をつければいいんだろ」
おれはドアの前に立って、リーヌの部屋をみわたした。
人の住む部屋というより、ごみ山にしか見えない。
というか、実際、部屋の中に大きなごみ山がそびえたっている。もともと汚い上に、リーヌがおれのために集めてきてくれちゃった中古装備の山があるのだ。
(これ、いわゆる、ごみ屋敷だよな)
おれはいまさらながら現状を認識した。
その時、ゴミの間をなにかが動いていくのが見えた。
「な、なんだって!?」
おれは目を疑った。
動いているのは、なんと、女性用下着、パンティーだ! ……リーヌが80才越えのおばあさんからもらってきたとても色っぽい下着だ。
そのお婆さん秘蔵のパンティーが、散乱した装備やゴミの間を動いている。
ひとりボケつっこみをしてしまったおれは、その時、気がついた。
パンティーから、なにかがはみでている。
パンティーの下に、何かがいるみたいだ。
白と黒のちょっともこもこした……。
「あ、あれは、……なんだ?」
なんだか、わからないけど、このごみ山の生物ってことは、かなりやばそうだ……。大家さんが言ってた害虫……!?
「ギャーー! あんなでかくて毛の生えた虫、絶対むりぃーーー!」
おれは部屋から逃げ出そうとした。でも、その時、変な声が聞こえた。
「ナンダじゃないよ、パンダだよ」
おっさんの声だ。
しかも、さっきの動く女性用下着の下から聞こえたような……。
おれは、動く下着の方をよく見た。
「パンダ!?」
パンティーの下に見えているもこもこしたものは、パンダのぬいぐるみのようだ。
床の上に散らばったいろんなもので、全体が見えなかったからよくわからなかったけど。
いつもリーヌのベッドの上にある、そして、昨夜、おれが風呂場で見かけたような気がする、あのパンダのぬいぐるみだ。
(パンダのぬいぐるみに下着がひっかかってたのか……)
おれはそう考えて、ほっとした。
毛がもじゃもじゃ生えた巨大ゴキブリみたいな生物じゃなくてよかった……。
でも、おれが安心しかけたその時。
パンティーをかぶったパンダは、たちあがり、おれをぎろりとにらみつけた。
「ちっ、見つかってしまったか」
「パンダのぬいぐるみが、しゃべった!? さっきの声もこいつか? ……じゃあ、『ちっ』じゃないよな。自分でしゃべって、バレたんだよな」
パンダはもう一度、舌打ちした。
「うるさいな。パンダにナンダとか言うなよ。プフッ」
うわ……。にしても、このパンダ、頭にパンティーをかぶってる……変態だ。
いや、というか、下着ドロボウ?
「この変態パンティーパンダめ! 洗濯担当ゴブリンとして、下着ドロボウは許さないぞ!」
おれはとりあえず下着を奪い返そうと、パンティーパンダにとびかかった。
パンダはひらりと身をかわし、おれはバランスをくずしてゴミだらけの床に顔からつっこんだ。
「ぐわっ、強い……」
「おれさまは、カンフーマスターなのだよ」
パンティーパンダはニタニタ笑いながら、カンフーのポーズをとった。
「やめろ、やめろー! そんな格好で、カンフーマスターのパンダなんて、言うなー! 子ども達の夢を汚すなぁ!」
おれは、叫びながらパンティーパンダに手をのばした。だけど、パンダはひらりと身をかわし、おれはふたたびゴミの中につっぷした。
「くっ、勝てる気がしない」
(もうあきらめようかな。別に、ちょっと変態で下着ドロボウなパンダのぬいぐるみがいたって、実害はないんだし。……いや、あるけど。下着が減るけど。でも、世界はこのまま平和なわけだし)
おれが思いかけた時。おれの顔のすぐちかくで、小さな声が聞こえた。
「あきらめないで、ゴブヒコさん」
小学生くらいの男の子の声だった。
おれが、たおれたまま声の主を探そうとすると、もう一度声が聞こえた。
「ここだよ」
おれは左手で、声が聞こえたあたりの、ごみ山をかきわけた。
「はじめまして、ゴブヒコさん」
そこにいたのは、あちこち欠けて壊れた羊のめざまし時計だった。
おどろいて、おれは思わずつぶやいた。
「この世界に、めざまし時計ってあったんだ……」
「そこじゃなくない? おどろくところ」
羊のめざまし時計は的確なつっこみをいれてくれた。
「あ、そうだな」
「ゴブヒコさん。リーヌちゃんをたすけてあげて。あの悪いパンダから」
「そうしたいのは、やまやまなんだけど……。てか、羊のめざまし時計って、どう? よく眠れそうだけど、起きれるのかな?」
おれはついつい、気になってたずねてしまった。
「ぼくは、ずっとリーヌちゃんのベッドの上にいたんだ。朝には、『羊が一匹、メェー、羊が二匹、メェー、メェー、羊が三匹、メェー、メェー、メェー、』って鳴いて起こしてあげたんだ」
「それ、起こすっていうか、寝るやつじゃないの?」
おれが思わずたずねると、羊のめざまし時計はかわいい声で言った。
「いい二度寝ができるってひょうばんだったんだよ」
「だよね。やっぱ、そうなるよね」
羊のめざまし時計はそこで悲しそうな声で言った。
「でも、昨日、あの悪いパンダにけっとばされて、こんなことになっちゃったんだ」
「そうだったの。おれはてっきり、リーヌの寝相がわるくて壊されたんだと思ったよ」
「それもあるけど」
「やっぱり」
リーヌの寝相の悪さは破壊力抜群だから。普通に朝には壁に穴とかあいているから。
「でも、あのパンダのせいだよ。ぼくが、こんなになっちゃったのは。リーヌちゃんが家にいないすきに、悪いパンダがほんものといれかわっちゃったんだ。ぼく、あいつを追い出そうとしたんだけど、だめだったんだ。おねがい、ゴブヒコさん。あの悪いパンダをたおして、リーヌちゃんを守ってあげて」
「うーん……」
おれだってパンダを倒したい。だけど、あのパンダ、すばやいんだよな。
おれがそう考えていると、羊のめざまし時計は言った。
「ゴブヒコさんしかいないんだ。リーヌちゃんを守れるのは」
その言葉に、おれは衝撃を受けた。
「おれしかいない……!?」
いまだかつて、おれが、こんなにも、だれかから期待されたことがあっただろうか!
これくらい熱心に懇願されたことはあったけど。それは、「お願いだから、これ以上事件をおこなさないで」(母ちゃん談)とか、「お願いだから、こっちこないで」(クラスの女子談)とかだった。
いまだかつて、おれは誰かからポジティブな期待をされたことがない。
それが、まさか、「おまえしかいないんだ。世界を救えるのは」的なセリフを言われる日がくるとは!
おれは羊のめざまし時計の、そして全世界の期待にこたえるべく、かっこよくセリフを決めた。
「そこまで言われたら、Noとは言えないな。ひつじくん。いくらおれが、空気を読めないからふつうとちがっていくらでもNoと言える日本人であっても」
だけど、おれは激弱。勝てる気がしない。相手がぬいぐるみであっても。
「どうしたらいいんだろ? ふつうに勝負をいどんでも、勝てそうにないぞ?」
羊のめざまし時計は、そこで、おれに重要な情報を教えてくれた。
「あのパンダを倒すには、パンダの魔法を、とかないといけないんだよ」
「魔法?」
「うん。あのパンダは、本当はパンダじゃないんだって。昨日、パンダがぼくをけっとばしながら言ってたよ。『おれさまは魔法でパンダに変身しているのだよ』って」
「そうか。この世界、いちおう魔法あるんだもんな。しかし、ひどいやつだな。カンフーの腕前を、弱いものいじめに使うなんて。格闘家失格だな」
羊のめざまし時計は冷静な声で言った。
「ううん。あのパンダは、カンフーポーズをとってるだけで、カンフーができるわけじゃないとおもうよ。かってにパンダだからカンフーできるはずって思ってるだけだよ。小さな子がアニメやマンガを見て、なんだか強くなった気分になるのとおなじだよ」
「そ、そうか。お、お、おとなげないパンダだな」
おれの声は、思わずうらがえってしまった。
でも、別に、おれはいまだにアニメや漫画を見るたびに超能力を手にいれられる気分になったり超強い格闘家になった気がしたりしているわけじゃない。
羊のめざまし時計は言った。
「ちゃんと魔法をとくヒントもあるんだよ」
「そうなの?」
「うん。ヒントは、二分の一」
そう羊のめざまし時計は言った。おれは聞き返した。
「二分の一? 半分ってこと?」
「うん。二分の一」
「それだけ?」
「うん」
「それじゃ、わかんないんだけど。なんのヒント? どういう意味?」
「ぼくには、わからないよ。でも、わかるひとにはわかるんだって。パンダはそう言っていたよ」
「わかる人にはわかる?」
ますますわからない。
「ふぉーっふぉっふぉーっ」
おれが考えこんでいると、パンティーパンダが奇妙な笑い声をあげた。
「もうあきらめちゃったのかなー? ブヒヒンコくん」
「ちくしょー。とりあえず、えいっ」
おれはなにも思いつかなかったので、とりあえずパンダを追いかけまわすことにした。
パンダは、ひらりとよけた。
「くそっ。なんて身のこなしだ!」
おれが悔しがると、パンティーパンダはうれしそうに言った。
「そうだろそうだろー」
「このパンダ、まるで変●仮面みたいだ!」
変●仮面とは、おれが元いた世界の古いマンガで、コアなファンがいて映画化もされていたギャグマンガだ。たぶん、おれの親世代が一番よく知っているマンガだ。
パンダは焦ったように言った。
「ちょっ、ブヒヒンコ、なに言っているんだ。おれさまは変態ではなく、カンフーマスターだ!」
おれはそこで不思議に思った。
このパンダは変●仮面のことを知っているらしい。
このなんちゃって中世ヨーロッパ風世界に同じマンガがあるとは思えないんだけど……。
ともかく、おれはパンダに言った。
「いや、変●仮面も拳法つかいだし。そもそも、おまえ、パンティーかぶってるんだから、どっからどう見ても変●仮面のコスプレパンダだろ」
パンダは激高して叫んだ。
「愚弄する気か! おれさまの無差別格闘……」
その時、おれの脳内でなにかがつながった。
「ま、まさか! 二分の一って、アレのことか? 変●仮面を知っているなら、ありえる……」
おれはリーヌの部屋をとびだした。
5分後、おれがもどると、パンティーパンダはまだそこにいた。
ひまそうに尻をかいていたパンティーパンダは、おれが入ってくるのを見ると、抗議してきた。
「おいブヒヒンコ! 戦闘中にひとさまを置いて出ていくとはどういうことだ?」
おれは冷静に返した。
「おまえ、人じゃなくて、パンダのぬいぐるみだろ?」
「あ、そうだったパンダ」
「パンダは語尾にパンダなんてつけないぞ! 正体を見せろ!」
おれはかくしもっていた鍋のお湯をパンダめがけてぶっかけた。
運動音痴のおれにしてはめずらしく成功。
パンダはみごとにお湯をかぶった。
その瞬間、パンティーをかぶったパンダのぬいぐるみは姿を消した。
「やっぱり、ヒントはあのマンガだった!」
パンダがいた場所には、パンティーを坊主頭にかぶったおっさんが出現した。
そして、おれは驚きのあまり叫んでしまった。
「な、あ、あんたは!」
なんと、そこにいたのは、おれが知っているあの男だった。




