2-3 おれTUEEE?
少しだけ開いた扉のあいだからそっと顔をのぞかせて、ゴブリンは震える声で言った。
「魔王さまに、城壁工事についてお知らせいたしまゴブ。城壁工事は難航してゴブります。一週間の遅れが出る予定でゴブります」
「魔王なんていねぇぞ」
と、リーヌが返事をした。
「魔王様はどちらゴブ?」
そうゴブリンがたずねたので、おれが答えておいた。
「お空のかなたっす」
すると、扉がすーっと開いて、そのゴブリンはおどろいた顔で中に入ってきた。
「おめ、まさか!」
ゴブリンはおれを凝視している。
おれもゴーグルをつけたゴブリンを見た。
あの顔、見たことあるような、ないような……。
いや、無理だ。おれはゴブリン顔の見分けがつかない。てか、人の顔の見分けがあんまりつかない。よっぽど特徴的じゃないと。
ゴブリンはおれを凝視したまま叫んだ。
「おめ、まさか、いきなり誘拐された新入りゴブ!?」
それを聞いて、おれはこのゴブリンが誰か理解した。
「まさか、ゴブリン先輩っすか? 生きてたんすか? てっきり村が壊滅したときに亡くなったと思ってたっす」
「それはこっちのセリフだゴブ。あのおそろしい……」
ゴブリン先輩は言いかけて、部屋の中央に仁王立ちしている人物に気がついた。
「……あのおそろしく美しい女性に、誘拐されて生きているとは、おもわなかったゴブ」
ゴブリン先輩は、おれと違って処世術にたけているな。おれだったら、思わず本音を言って、リーヌに瞬殺されているところだ。
おれも先輩にあわせといた。
「そうっすよねー。むっちゃくちゃ、おそろしーく美しいっすからねー。もうイチコロっすよねー」
「そんなにほめるなよぉ」
リーヌはなにも気づかず、照れている。
まぁ、リーヌの美しさにウソはないんだけど。
「それはそうと、ゴブリン先輩は、ここで何を?」
おれがたずねると、ゴブリン先輩は額の汗をぬぐいながら言った。
「魔王様に工事遅延の報告だゴブ。まず生きては帰れない任務だゴブ。魔王様が外出中で助かったゴブ」
「それは、よかったっす。そういえば、よかったついでに、おれのレベルがあがったんす。先輩、おれのステータスを見てくれっす。あ、そうだ。装備補正でわかんなくなっちゃわないように、この腕輪ははずしてっと」
おれは魔王がくれたチート装備っぽい、あらゆるステータスを2乗にする腕輪を外した。
ゴブリン先輩はうなずいた。
「たしかに、おめ、以前より自信に満ちた風格がただよっているゴブ。前は生きていてごめんなさいみたいなオーラを出していたのに。じゃ、ステータスを確認するゴブ」
ゴーグルを装着したゴブリン先輩は感嘆の声をあげた。
「ゴブ!? びっくりだゴブ!」
「そ、そんなにすごいんすか!」
「すごすぎるゴブ! 信じられないゴブ! この短期間でレベル66にあがっているゴブ! しかもレベル66で……」
「どうなったんすか?」
おれがウキウキ気分でたずねると、ゴブリン先輩は恐ろしいものでもみるように首をふりながら言った。
「なんと、なんと、体力10だゴブ!」
「え? ……百十?」
「それに、攻撃力は2だゴブ!」
「え? 百二?」
「体力10で、攻撃力2だゴブ!」
聞き間違いじゃなかったらしい。
ゴブリン先輩は、とどめのセリフを述べた。
「他の数値も信じられないくらいに低いゴブ! レベル66でこんなにステータスが低いゴブリンなんて、見たことも聞いたこともないゴブ! 奇跡だゴブ! 脅威だゴブ!」
おれはすべてを理解した。
「どういうことだぁー! なんで強くなってないんだぁーーー!!! レベル66で攻撃力2とかありえないだろ! この世界はおれになんの恨みがあるんだぁー!!!」
おれが叫んだその時。青い妖精の声が聞こえた。
「あら、最低でも2倍には、なってるじゃない」
青い光が、ちらちらゆれている。
おれはリーヌもゴブリン先輩も無視して、青い妖精にむかって叫んだ。
「2倍って、1が2になってるだけだろ!? レベルは66倍だぞ? なんでステータスがあがらないんだよ!」
青い妖精はあっさり言った。
「そういう成長曲線なんじゃない?」
「成長曲線!? なにそれ? レベルが上がったら、みんな、強くなれるんじゃないの? 現実ではいくら努力しても成長できなくても、ゲームの世界では努力して時間とお金をそそぎこめば、誰でも平等に強くなれるんじゃないの? だからこその、ネトゲ廃人じゃないの?」
おれの必死のうったえは、青い妖精に冷たくあしらわれた。
「だって、これはゲームじゃないんだから。ゲームっぽい世界観なだけで。いいじゃない。みんな違うからこそ、いいのよ。個性と特性をいかして活躍すれば。だいじょうぶ、だいじょうぶ。レベルは上がりやすいから。経験値ちょっとでぐーんと上がるから」
「へぇ、そうなのかー。だから、勇者をたおしただけでレベル66になったんだな。なら、レベルあげは楽だから……」
おれはつい、青い妖精の口車にのって納得しかけてしまった。だけど、ゲーム的な知識が豊富なおれはすぐに気がついた。
「いや、それって……むしろ不利じゃない? レベル上限に早く達してステータスの伸びがとまっちゃうような……? それとも、レベル上限はないの? 上限ないなら、いいんだけど」
青い妖精は、あっさり言った。
「レベルの上限も決まっているわよ。あんたの上限は、レベル99よ」
「じゃ、むしろ不利じゃん! 残りレベル33しか上がらないじゃん! 今のペースだったら、上限まであげても、おれの攻撃力は最大で3になるかならないかじゃん! どうやって活躍するんだよ! このステータスで!」
そこで、おれはもう一つ大事なことを思い出した。
「そうだ、青い妖精……こないだおまえの顔を見たぞ? なんでおまえ、母ちゃんの顔してんだよ。……まさか、まさか、おまえ、母ちゃんじゃないよな?」
「ちょっとー! こんなプリプリのギャルをつかまえて、なに言ってくれちゃってるのよー。プンプン」
「うわっ、言葉づかいが古っ。絶対、母ちゃん世代だ!」
「ひどいわー。わたしの見た目は、あんたの心の中にある存在をもとに合成されちゃっているんですぅー。あんたを導いてくれる存在の姿をしているだけなのよ。つまり、あんたはマザコンってことね。さぁて、仕事、仕事」
青い妖精は消えていった。
「なんてこったぁー……」
おれが、絶望していると。
ふと気がつくと、ゴブリン先輩がおれを変なものでも見るような目で見ていた。
ゴブリン先輩はおずおずと、おれにたずねた。
「だいじょうぶゴブ? おめ、ひとりで叫びまくってたゴブ。そんなにショックだったゴブ?」
それを聞いて、おれは気がついた。
「え? いや、おれは、青い妖精と話をしてただけっすよ?」
ゴブリン先輩は、ぶきみなものを見るような目で、おれを見た。
「なに言ってるゴブ?」
「ひょっとして、ゴブリン先輩は、あの青い妖精というか青い光、見えないんすか?」
「なにもいなかったゴブ」
どうやら青い妖精の声はおれにしか聞こえていなかったようだ。
ゴブリン先輩は、おれをなぐさめるように言った。
「元気を出すゴブ。たしかに、レベルがこれだけ上がってこんなに弱いゴブリンの話は、見たことも聞いたこともないゴブ。しかも、おめ、普通のゴブリンが習得できるスキルも何もおぼえてないゴブ。けど、ここまでくれば、もう伝説だゴブ。ゴブリン村の七不思議に新たに加わる伝説になるゴブ! 最弱伝説だゴブ!」
力強くおれをはげますゴブリン先輩にむかって、おれは必死で叫んだ。
「そんな伝説になりたくないっ! おねがいだから先輩、おれの話は誰にもしないでくれっす!」
ゴブリン先輩は、吹き出しそうなのをこらえながら言った。
「いや、無理だゴブー。村に帰ったら話したく話したくて仕方がないゴブフゥッ!」
ゴブリン先輩はついにふき出し、一度ふきだすと笑いをとめられず、笑い転げた。
「うぅ。おれの弱さがゴブリン村の伝説に……。まぁ、いいや。まだ残された手はある!」
おれは、気を取り直してリーヌに頼んだ。
「リーヌさん、こうなったら、なんとしてでも、あのダメージをはね返す盾を勇者から奪ってくれっす!」
おれは悟ったのだ。
おれが強くなるには、あの勇者の盾を手にいれるしかない。
弱ければ弱いほど強くなれるあの盾で一発逆転を目指すしかない。
「あ? なんでだ?」
リーヌは興味なさそうにきき返した。
「あの盾があれば、リーヌさんはかわいいモンスターを捕まえ放題っす」
「マジでか!?」
予想通り、リーヌは食いついた。
「マジっす。おれがあの盾を装備したら、どんなモンスターも、どんとこいっすから」
ウソではないはず。おれがダメージを与えられるようになるんだから。
「よし、じゃあ、あのキモい勇者を追いかけるぞ!」
リーヌは元気よく言った。




