2-2 ロード
うぅ、まさか八つ当たりの右ストレートで人生終了、になるとは……。
おれは、青黒い闇の中を落下しながら深く後悔していた。
変なスケベ心なんて出さずに、平和に引きこもっていればよかった。
だいたい、真城さんはあのリーヌに似ている時点で、近づいちゃいけない人だったんだ。
リーヌに似てるんだから、「触れるな危険!」に決まっている。
おれはどうして、わざわざストーカーまがいの努力までして、あんな危険な人に近づいてしまったんだろう……。
でも、おれ、どうしても気になってしかたがなかったんだよな。
そんなことを考えていると。いつの間にか落下は終わり、おれは固い地面の上に寝ているような感覚を感じた。
でもまだおれの体は動かない。目も見えない。
声が聞こえた。
「起きろ!」
誰かがおれを呼んでいる。そして、誰かがおれの耳や頬に熱い息を吹きかけているような感じがする。
「起きろ! 起きろ!」
誰だろう。この声は女の声。
そして、熱い息……。
腹の上もなんか重くてあったかいし。
ひょっとしてこれって、異世界への召喚かな?
そして、目覚めたら、なんだか美少女とムフフな状況になっていたりするのかな!?
それに今度こそチート能力をもってたりして。
うひひひひ。むひひひひ。
そうだ。
きっと、今度こそチートとハーレムが、おれを待っている!
おれは目をつぶったまま、叫んだ。
「よし、新たな異世界で冒険だ!」
おれの頭の上から声がふってきた。
「おう! 早く起きろ! ゴブヒコブヒブヒブヒヒコ!」
(な、ななななんだ、この変な呪文は!? なんか、これ、ろくでもない召喚かも……)
そう思いながら、おれは目を開けた。
そこには、おれを見下ろしているリーヌっぽい人がいた。
そして、熱い息をふきかけながら、おれのほっぺたをなめているノライヌ1号っぽい犬が。
あと、おれの腹の上では、ノラネコ1世が寝ていた。
おれはあたりをみわたした。
ここは魔王城の魔王の間っぽい。
おれが勇者を倒した、あの場所だ。
どうやら、おれは以前の異世界に戻ってきたらしい。
真城さんに殺されかけていたおれの危機は去った。……いや、むしろ、おれ、すでに死んだの?
どっちにしろ、おれは異世界で生きればよし!
「よかった、よかった。だけど、そうだ。たしかめておこう」
おれは念のため確認しておくことにした。
「リーヌさん、ひとつ確認しておきたいことがあるんすけど。リーヌさんは、こことは違う世界にいたこと、あるっすか? ここより科学技術が発達していて魔法がない世界とかに?」
リーヌと真城さんは性格は違うけど、見た目はそっくりだ。ありえないとは思うけど、異世界に転移した同一人物の可能性がある。
「なんだそりゃ。んな世界は知らねーぞ」
リーヌは口笛を吹いてうろうろしながら、そう言った。
「いや、知らないなら、それでいいんす」
やっぱり、この世界のリーヌとあっちの世界の真城さんは、顔が似ているだけで完全に別人のようだ。
それはそうと、今はあの青い妖精がセーブポイントとか言って、おれを強制的にあっちの世界に飛ばした、あのすぐ後のはずだ。
ということは、おれはあの勇者の盾を手に入れて、今ここに、おれ最強伝説の開幕! ……のはず。
(さぁて、勇者の盾はどこだろう)
おれはウハウハ気分で盾を探した。だけど、見つからない。
そもそも、おれが倒したはずの勇者の姿がない。
おれはリーヌにたずねてみた。
「勇者はどこっすか?」
リーヌはつまらなさそうに言った。
「逃げちまったぞ。おまえがぶったおれて寝てるあいだに」
「え? 逃げた? てか、おれ、倒れてたんすか?」
そういえば、おれ、今さっきリーヌに起こされていたな。
「おう。勇者が倒れたと思ったら、ゴブヒコも倒れたんだ」
「じゃ、勇者の盾は? 勇者が落としていかなかったっすか?」
「なにも落としてねーな」
「そんなぁー。倒したのに何もアイテムをゲットできないなんて! あーあ。あの盾があれば、おれの最強伝説の幕開けだったのにぃー」
「あん? ゴブヒコが最強? ブサリンコンテストで最強ってことか?」
リーヌはあの盾の有用性に気がついていなかったらしい。
「ブサリンコンテスト? ブサイクなゴブリンのコンテスト? そんなのあるんすか? そうじゃなくて、あの盾は持ってる人が受けるダメージをはね返す盾だから、おれみたいに防御力が低いやつが持てば、ものすごいダメージを相手に与えることができるはずなんす」
「ほう、ほう、ほほーう」
リーヌはおおげさな相槌をうった。絶対にわかってなさそうな顔で。
そこで、おれはふと気がついた。
「あれ? だけど、おれ、レベルあがったから、ひょっとしたら強くなっているかも? あの盾がなくても強いかも? たしか、おれが聞いたアナウンスでは、おれはレベル66にあがっていたはずだよな? てことは……」
リーヌはおおげさに、何もわかってなさそうに、うなずいている。
「ほう、ほう、ほほーう。ほうほう」
「いや、わかったふりの相槌とか、しなくていいっすから。リーヌさんがレベルとからステータスとかゲーム的知識……ていうか、この世界の常識っぽいものを何も知らないことは、おれはもうよくわかってるっすから」
「そうか? じゃ、アタイはおどってるぞ?」
そう言って、リーヌはおれに背を向けてフラダンスを踊りだした。
「いやいや、いちおう聞いてるふりだけでもしてくれっす。それじゃ、おれの独り言になっちゃうじゃないっすか」
「あんだよ。やっぱ、『ほうほうほほーう』って、言ってほしいんじゃねぇか」
リーヌに言われて、おれは納得した。
「そうっすね。おれがまちがってたっす。『ほうほうほほーう』は、心理的にだいじっす。とにかく、おれが勇者を倒したときに、レベルがあがったはずなんす。聞き間違いじゃなかったらレベル66に。ということは、おれは、そのへんのモンスターに勝てる強さになってるかもしれないっす」
しかも……。
おれは自分の腕を見た。
そこには、あの魔王からもらった、すべてのステータスが2乗になるかなりチートな効果をもつ腕輪があった。
レベルが上がって、この腕輪の効果があれば、おれはもうすでに最強のゴブリンになっているんじゃないか?
だけど、今ここでおれの強さを確認する方法がない。
なにしろ、リーヌは自分のモンスターのステータスを見ることができない。しかも、おれも自分のステータスの見方を知らない。前に「ステータスオープン」とか言ってみたけど、何も起こらなかった。
その時、魔王の間の扉がそーっと開いた。
「失礼いたしまゴブ」
少しだけ開かれた扉から顔をのぞかせているのは、ゴーグルを額につけたゴブリンだった。




